偽りのホウセンカ
RioRio
第1話
春の陽気と大人達の長い話で眠ってしまいそうになる、私立薺高等学校の入学式。
中高一貫の学校なのだが、偏差値が高く、有名大学への進学率もそこそこ高いため、外部からの受験生も多い人気校だ。
ブレザータイプで、グレーをベースにした制服も可愛らしく、多少学費が高くても我が子を通わせたいという親が多いらしい。
かくいう私は、地元から離れて都会に住みたいがためにここを受験した外進生である。
最初はお父さんに猛反対されていたのだが、受験が難しいこの高校に合格した努力を認められ、最終的には許しを貰えた。
皆将来のことを考えてここにいるのに、私の動機は少し不純な気がする。
周りの生徒を軽く見回しても、当然知っている子は誰一人いない。これでいい、これが私の望んだ環境だ。
もう既に出来上がっている輪の中に入るのは苦労しそうでもあるが、それすらも楽しみだと思うことにした。
「皆様ご入学おめでとうございます……」
校長先生が話し終えたと思ったら、今度はステージ上でPTAの会長が話をしだした。
皆思っていることは同じなのか、小さくあくびをしたり、眠そうに目をこすったりしている。
(長いよねぇ……)
このままだと私も眠ってしまいそうなため、退屈しのぎに斜め前に座る綺麗な男の子へ視線を向けた。
黒い髪に、透き通るような白い肌。髪が長ければ女の子と言われても信じてしまいそうな、かっこよさの中に可愛さを兼ね備えたクール系のイケメンさんだ。
今朝、初めて教室で見かけた時も思わず目を奪われてしまった。人気者のようで、沢山のクラスメイトから声をかけられており、明るく話していたのを覚えている。
(少女漫画の王子様って、あんな感じかなぁ……?)
過去に見た少女漫画の男の子を思い浮かべた後、イケメンと恋をする恋愛ゲーム、いわゆる乙女ゲーを連想した。こういうタイプのキャラが出てくる作品もあったような気がする。
(少女漫画よりこっちかな……?)
ぼーっと邪なことを考えていると、生徒達が一斉に起立し始めた。
慌てて私も立ち上がり、礼をする。妄想に耽っていたせいで指示を聴き逃してしまったらしい。
(危ない危ない……)
入学早々、危うく注意されるところだった。
どうやら入学式は終わってしまったみたいで、皆友達と談笑をしながら教室へ帰っていく。
私もその後を追うように教室へと歩き出した。当然、私には話してくれる生徒も、隣を歩いてくれる友達もいない。
(ま、まあ、初日だからね……)
仕方ないと自分を励ましつつも、楽しそうに並んで歩く子達を羨みながら1年1組の教室へ戻った。
後ろから2列目の窓側の席に座り、一息つく。
名前の知らないイケメンさんは、前から2列目のドア側の席に座り、男女共に囲まれて楽しそうに笑っている。
私も話しかけてみたいのだが、中々タイミングが無さそうだ。
他に話しかけられそうな子はいないかと右隣の席に目をやると、綺麗な黒い髪を腰にまで伸ばした女の子が、イケメンさんの方へ視線を向けていた。
その瞳は真剣そのもので、まるで見惚れているかのようだ。
片思い中なのだろうかと勝手な推測をしながら、その子のことを見つめた。
私より小柄な体型に、パッチリとした二重のタレ目。そして小さな鼻と口。綺麗と言うよりは、ふんわりとした可愛いタイプの女の子だ。
(このクラスレベル高……)
都会だからなのだろうか、容姿の良い子が多い。途端に自分が浮いているのではないかと、少し不安になった。
「……」
他の子がわいわいと談笑する中、この子は誰とも話さずに1人で座っている。
思えば、今朝見かけた時から誰かと話しているところを1度も見ていない上に、先程も1人で歩いていた。
もしや、私と同じ外進生なのだろうか。
(声かけてみようかな……?)
そう思っていると、流石にじっと見過ぎていたのか、視線に気づいた彼女がこちらへ振り向いた。
だが、目を合わせてくれたのは一瞬で、すぐ気まずそうに逸らされてしまった。人見知りなのだろう、もじもじしている姿が実に可愛らしい。
いい機会だと思い、私は驚かせないようにゆっくりと、声のボリュームを抑えながら話しかけた。
「はじめまして、私は美琴 零。良かったら名前を教えて欲しいな」
彼女は驚いたように顔を上げ、恥ずかしそうにしながら応答してくれた。
「は、はじめまして、久遠 明菜……です。こちらこそ、えっと、何卒、よろしくお願いします……」
小さな声ではあるが、見た目の印象通り柔らかく可愛らしい声をしていた。
お辞儀をする動作と言い、丁寧な言葉使いと言い、どことなく上品な雰囲気が滲み出ている。
一応私立の有名校ではあるため、いい所の子が来ていてもおかしくはない。
「久遠さんって言うんだ、よろしくね。久遠さんは中学もここなのかな?」
「は、はい。そうですね」
「そっか。私は中学ここじゃないから、知ってる人全然いないんだ」
「それは……大変ですね。えっと、私なんかで良ければ、分からないことがあったら言ってくださいね……?」
心優しい子なのだろう。相変わらず弱々しい声ではあるものの、歩み寄ろうとしてくれているのを感じた。
「ありがとう。助かるなぁ」
「い、いえ……。私も唯一の友達と離れてしまって……不安なのわかります……から……」
寂しそうな表情を浮かべている彼女を見ていると、なんとなく過去の自分と重なった。
友達のいない寂しさは、楽しそうにしている子達をただ眺めている苦しさは、私もよく知っている。
彼女が私を気遣ってくれたように、私も彼女を元気づけたくなり、少しの勇気を持って口を開いた。
「……じゃあ……久遠さんが嫌じゃなければ、私と友達になってくれないかな?」
「え……?」
久遠さんが目を丸くしてこちらを見ている。出会って早々、いきなり過ぎただろうかと心配していると、彼女は恐る恐る口を開いた。
「……友達になって、くれるのですか……?」
弱々しく尋ねる久遠さんに、私は力強く頷いた。
「うん、是非なってほしいな……!」
すると、彼女はパッと目を輝かせ、初めて笑顔を私に見せてくれた。
「嬉しい、です……!ありがとう、美琴さん」
「えへへ、私の方こそ嬉しい!改めてよろしくね!」
「はい……!ふふっ……」
緊張が解けてくれたのか、久遠さんは安心したように声を出して笑う。思わず見惚れてしまうほど可愛らしい笑顔だ。
「久遠さんって、やっぱり笑うと可愛いね……!」
「え……?と、とんでもないです。美琴さんのほうが可愛いです、絶対」
顔を真っ赤にしながら、これでもかと言うくらい首を振って否定されてしまった。
(そういうところが可愛いんだけどなぁ……)
危うく口に出かけたが、これ以上言うと困らせてしまいそうなため、必死に抑えこんだ。
とにかく、彼女を笑顔にさせることが出来たのがとても嬉しい。
(少しはあの人に近づけたかな……?)
やがて4時間目が終わり、帰宅時間になった。
今日は授業という授業がなく、本格的に始まるのは明日かららしい。スクールバッグを持ち、久遠さんに声をかけた。
「久遠さん、一緒に帰ろう?」
「……」
私の声に気づかないほど、イケメンさんに見入っている。やはり片思い中なのだろうか。私も目を奪われたため、その気持ちはとてもよくわかる。
申し訳ないと思いながらも、もう一度だけ久遠さんの名前を呼んだ。
「久遠さん……?」
「……え?あ、ごめんなさい美琴さん。どうかしましたか?」
今度は気づいてくれたようで、彼女はこちらを向いてくれた。
「うん、一緒に帰ろうと思って。あの子のことを見てたの?」
「ええ。まあ……」
「綺麗だよね。でもまだ名前知らないや」
そう言うと、久遠さんは少し悲しそうにあの子の名前を口にする。
「時雨 由希くんっていうんですよ」
名前まで美しい。益々どんな子なのか気になってしまう。
「時雨くんか……」
「はい。中学の時から人気者で、先生からも、先輩や後輩からも慕われていて、運動も成績も良い。そんな人ですよ」
「す、すごいね」
本当に万能王子だ。少女漫画や乙女ゲームから引っ張り出してきたと言われても驚かない。
「ええ、昨年は生徒会長もやっていらっしゃいましたし、いつも誰かから頼りにされています」
「えぇ……」
そこまでくるとすごいを通り越して、異次元の存在だ。私には到底真似出来ない。
「本当にすごい人です。羨ましい……」
久遠さんは目を伏せてそう呟く。
確かに、今のを聞くと萎縮してしまうのも分かるのだが、それ以外にもなにかあるのだろうか。落ち込んでいるようにも見える。
「久遠さん……?」
「あ、ごめんなさい。勝手に話してしまって……」
「ううん。むしろ話してくれてありがとう。でも大丈夫?なにかあった……?」
「え……?いえ。大丈夫です。帰りましょうか」
久遠さんは首を振って微笑み、何事もないように歩き出す。彼女のこの反応はなんなのだろうか。
教室を出る直前、ちらっと時雨くんの方を見た。すると偶然にも目が合ってしまい、彼は私に微笑みを向ける。
「……!……?」
天使のような表情を向けられて心臓が跳ねるも、言いようの無い違和感が頭を走った。
(なんだろう……?)
分からないままこちらも笑顔を返し、久遠さんの後を追った。
先程の違和感の正体と、久遠さんの反応が気になって話の続きを振った。
「時雨くんって、性格はどんな感じなの?」
「私もそこまで話したことがないので、詳しくは分からないのですが……見ている限りでは、誰にでも優しい人ですよ」
「け、欠点とかないの……?」
「私が知っている限りでは……」
久遠さんはそう言いながらふるふると首を横に振る。
「そ、そうなんだ。そこまですごい子だと彼女とかもいるんだろうね……」
当たり前のことを口にしたつもりだったが、久遠さんは再度首を横に振った。
「いえ、恐らくいないと思いますよ。いたら騒ぎになっていそうですし……隠されていたら分かりませんが」
「へぇ、そうなんだね」
まだ確定した訳ではないものの、かなり意外な話だ。人気者ではあるが、高嶺の花すぎるのだろうか。それとも、時雨くん自身が断っているのだろうか。
「美琴さんも、時雨くんに興味おありなんですか?」
だいぶ打ち解けてくれたみたいで、久遠さんは私の目を見ながらいたずらっぽく笑う。
「綺麗な子だし、話してみたい気はするんだけど……タイミングがね」
「そうですね、いつも人に囲まれていますからね……」
「うん。そう言う久遠さんは?」
仕返すように問うと、久遠さんは少し慌てたようにふるふると全力で首を振った。
「ありえないです。恐れ多いですし……」
(この反応はどっちだろうなぁ……)
先程の時雨くんへ向けていた視線のこともあり、久遠さんが時雨くんのことを好きでもおかしくは無い。
が、これ以上からかうわけにもいかず、とりあえずは納得したように頷いた。
久遠さんと楽しくおしゃべりをしていると、あっという間に校門の前へ来てしまっていた。
「久遠さんは家どっち?」
「私はあっちです」
どうやら久遠さんとは家が逆方向みたいだ。
「そっかぁ。私はこっちなんだ。また明日だね」
「はい。……今日はありがとうございました。美琴さんに声をかけてもらえて、友達にまでなってもらえて、とても嬉しかったです」
「私も久遠さんと仲良くなれて嬉しい!また明日も沢山話そうね!」
「もちろんです」
お互いに手を振って別れる。少し寂しいが、明日も会えると思うと学校が楽しみで仕方ない。気になることは多いものの、それはこれからゆっくりと知っていくことにしよう。
偽りのホウセンカ RioRio @inourara
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