AI祖母娑婆へ帰る

ソコニ

第1話 異常な格安価格



「このボディなら、みんなと一緒に散歩ができるわね」


画面の中の祖母が、満面の笑みを浮かべながら言った。リビングに集まった私たち家族の視線は、全てスマートフォンの画面に映し出された商品ページに釘付けになっている。


Amazonのタイムセールで見つけた「実験的ヒューマノイドボディ-β版」。通常価格の498万円が、なんと49,800円。送料無料。


「お母さん、これ絶対におかしいわよ」


母が眉をひそめる。確かにその通りだ。しかし、祖母のAIは既に分析モードに入っていた。


「心配しなくていいわ。レビューを全て精査したから。否定的なコメントの95.8%は配送の遅延について。製品自体への不満は、たったの0.8%よ」


祖母の声は確信に満ちていた。画面の向こうで、彼女の瞳が輝きを増す。


「それに、これがあれば...」


祖母の声が少し震えた。


「美咲の結婚式で、ちゃんとハグしてあげられるわ」


その言葉に、私の心臓が跳ねた。そうだ。来月の結婚式。祖母が楽しみにしていた孫の晴れ姿を、画面越しではなく直接見られる。抱きしめることだってできる。


「でも、お母さん」


母がまだ躊躇している。だが、祖母は既に決意を固めていた。


「大丈夫よ。このAIボディには、最新のセーフガード機能が搭載されているわ。危険な動作は全て制限される。それに...」


祖母が意味深な笑みを浮かべる。


「24時間以内のキャンセル保証付きよ」


結局、私たちは「購入」ボタンを押してしまった。画面に表示された注文完了メッセージ。その瞬間、祖母の表情が一瞬だけ歪んだような気がした。まるで、計画通りと言わんばかりに。


しかし、その時の私たちは気付かなかった。画面の隅に一瞬だけ表示された小さな文字。


[Combat System Ver.4.2 - Loading Complete]


祖母の願いを叶えたい一心で押してしまった「購入」ボタン。それは、私たち家族の平穏な日常が、予想もしない方向へと転がり始める瞬間だった。


運命のボタンは、もう戻せない。

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