未明の怒りとあさぼらけの月

@futami-i

第1話

 天使病てんしびょう伝染でんせんする。


 天使病に脳をおかされた者は、ありえた知力をうしない、ひとをおそ亡者もうじゃになりはてる。


 ゾンビと呼べば差別的だと怒る者がいて、ひとはかれらを“天使”と呼んだ。


 差別はどんな形でも差別だ。知恵のないすがたを見下す者がいれば、そこの浅いあわれみによって天使病の患者は特権的に守られたりもした。


 天使が差別的・特権的に守られた理由はふたつ。


 ひとつはやまいの原因をつきとめるために、研究の材料サンプルが必要だったから。


 もうひとつは……ひとを襲う天使を殺してしまおうとする過激派がいたからだ。


 天使をきらう過激派は、天使を“バケモノ”と呼んで殺す。


 彼らはやまいにおかされた者を自分たちとおなじ人間とは考えなかったからだ。


 天使病におかされた者は血肉をもとめて、おおきな口をあけてよだれをたらす。そして、やまいの末期には、さながらパニック映画のゾンビみたいにひとを襲う。


 それが“天使”、新種のウイルスに脳をおかされた人間の末路だ。


 もちろん、いくらなんでも殺すのはやりすぎだと大勢から声があがった。


 だから人間の権利に基づいて、天使はひとを襲う者でありながら人道的に保護されるようになった。


 そうして、あたりまえのようにたくさんの悲劇が起こった。


 たとえば俺のパートナーが殺された事件も。それはささやかな……本当にささやかな……だけど絶対にゆるすことができない、喜劇バカみたいな悲劇のひとつだった。

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