第4話 二人の女
「ジローというのはお前か?」黒マントの一人が言った。
「そうです」
「遅刻だ。このことはミスターマダムに伝えさせてもらう」
「するとどうなるんです?」
「仕事の結果次第だ。不首尾に終わればマダムはお前を許しはしないだろう」
「で、仕事っていうのは」
「ついてこい。戦う準備はしておけ」
私はボロの民家に連れていかれた。戸の鍵すらなかった。地下へ下りる階段の前で、六人の男たちが止まった。
「武闘大会で違反行為を働こうとするやつらがいる。その証拠品を押さえにいくぞ。あやしい薬品があったらこの袋に入れろ」
地下は思いのほか広かった。薄暗い中を奥へ進むと、何人かの話し声がする。壁のふちからのぞくと、相手は四人で、そのうち一人がいままさに薬品を飲もうとしているところだった。黒マントのリーダーが先陣を切った。私が仕事をするまでもなく、そこにいた連中は切先の前におとなしくなった。薬師らしい老人が言い訳していたが、武闘大会で薬物違反をしようとしていたことは、そこに並ぶ瓶の中身からして明らかだった。全員表に引っ張り出した。私は四人のうちの一人があのときジーナを挑発した男だと気づいた。
ふいに一人が奇声を上げて暴れ出した。その隙に二人が闇に散った。一人は捕まえたが、一人取り逃した。逃したのは例の男だ。
「遅刻の件、ミスターマダムに報告させてもらう」リーダーが言った。
「取り逃したのもそのせいですか?」
「マダムの判断次第だな。仕事は完璧ではない。最後にいい食事でもしておけ」
翌日は寝て過ごした。勧められた通りに何か食べに行こうかと思ったが、前日の騒動で疲れていた。報酬をもらっていないことを思い出し、夕方ごろにマダムの邸を訪ねた。マダムは留守だった。使用人から伝言を伝えられる。次の仕事は明日の十三時、この邸でということだ。
その晩もジーナと食事を取った。夜はあまり食わないというジーナもこの日は肉を食った。
「明日は応援に来てくれるか?」
「明日なの?」
「十二時半に試合が組まれた。第五試合だよ」
「へえ」
「ちょうどいい」
「なにが」
「相手はあのとき私をお嬢ちゃんと呼んだやつだ」
私は嫌な予感がしたが、ジーナの気を削ぎたくなくて何も言わなかった。
日が変わった。昼過ぎに宿を出て、闘技場には向かわずに、マダムの邸へ足を向けた。使用人が私を通したのはマダムの寝室だった。マダムはその巨体を、それが容易く収まるほどの巨大なベッドに横たえていた。
「遅刻したそうだね」マダムが言った。
「しました」
「一人取り逃したとか」
「逃しました」
「こっちへ来な」
私はベッドに近寄った。マダムがベッドわきの棚からワインボトルを取って、栓は抜けていたので、そのままグラスに注いだ。私に渡す。一気にあおると、高すぎるワインで、私にはまずかった。マダムがいつになく潤った目で私を見た。そして私を引き寄せると、唇に接吻した。舌が入ってきたが、舌は太らないということがわかった。
「なんです、マダム」私が言った。
「マギーと呼んで」
「なんです、マギー」
「ひと目見たときからあなたのこと、気になってたわ」
「ああ、マギー、困るな」
「服を脱いで」
「ただの男として返事をしてもいいのか? それとも、あなたに雇われている男として返事をしなくちゃならないのか?」
「ただの男として、言ってちょうだい。何もしないわ」
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