第3話 ミスターマダム
太陽が昇った。朝飯を食っていると、給仕の女が耳元で「ゆうべは」と言った。私はそのとき初めてこの女の顔を明るみに見たが、たいしたものではなかった。急に股が痒くなった気がした。少しして、また馬の背に揺られるべき時間になった。平原に馬を走らせたり歩かせたりして、何体かの魔物を土に還し、夕方ごろにバルバドに着いた。
「ここまでありがとう。楽しかったよ」ジーナが言った。
「武運を祈るよ」私が言った。「ジーナならやれる」
ジーナが笑った。意味のある笑いだったので、その意味を目で聞いた。
「初めて名前を呼んだね。ずっとそっちとか君だった」
「そういえば、そうかもしれないな。でもいい名前だと思ってたよ」
「ありがとう。その名前がバルバドに轟くようにするよ」
笑えたのは、こんないかにもな別れをしたのに、三十分後に宿で再会したことだった。今度は同じ部屋ではなかったが、お互い変なふうに笑った。
私は冒険者協会併設の酒場でゴリラみたいな男を見つけて、彼と組んで討伐依頼を二つやった。旅の資金を稼ぐためだ。せっかくこんな世界にいるのだから、いろいろと見て回りたい。ゴリラは僧侶としての私の腕を買ってくれた。
「あんたならミスターマダムに紹介できるかもな」彼は言った。
「誰だ?」
「この町じゃ有名さ。表にも裏にも通じてる。ちっとばかし神経を使う仕事をやるのに相応しい仕事人を、いつでも探している人だよ」
「金払いがいいのか?」
「そりゃあね。マダムの歩くところには金貨のこぼれる音が鳴る」
ミスターマダムの邸は町の西側にあった。呼び鈴を鳴らすと使用人の男が出てきた。ゴリラの紹介状を渡して、ふかふかの絨毯が敷かれた応接室に入った。十二分待った。ミスターマダムはダイナミックなレディーだった。この女(?)にまつわるすべてのものがでかかった。特注としか思えない椅子に腰掛けると、とても大きな軋みが鳴った。
「あんたがビーブルの紹介で来た男だね」
「ジローです」
「ジョブは?」
「僧侶」
「仲間の傷によく気づけるかい?」
「ええ。傷を舐め合うのは好きなんです」
マダムはハハと笑った。「あたしの前で冗談を言う男はなかなかいないよ」
「おきれいだからでしょう」
「あたしは空世辞がこの世で何より嫌いなんだ」
「おれもです」
マダムは肉に埋もれそうな、それでいて力強い目で、私のことをじっくり見た。額のあたりを見ていた。そこから何もかも見通せるというふうだった。私はわざとおまんこのことを考えた。マダムは白すぎる歯をにっと見せた。
「なかなかいい目をしてるね。実直な男だってことがわかるよ」
「ありがとう」
「今晩働けるかい?」
「ええ」
「十一時、ダストス広場だ。仮眠を取っておくんだね」
宿のわきではジーナが案山子みたいな人形を相手に間合いを取っていた。だが、切りかかったりはしない。しばらくしてこっちを向いたとき、彼女の目は、薄い紙なら見るだけで切れそうなほど真剣だった。
「戦わないの?」私は聞いた。
「どこで対戦相手が見てるかわからないからね。ただ頭の中ではやり合ったよ」
そこに同じ宿の男が来て、ジーナを嘲るように笑った。
「あんたみたいなお嬢ちゃんと初戦で当たりたいもんだぜ」
ジーナは相手にしなかった。男の腰にある真新しい剣は、この男がわざわざ相手をしてやるのに相応しくないことを示していた。使いつけない剣で大会に出ようとするのは、技能ではなく剣に頼るやつがやりがちなことだ。
少し仮眠をし、ジーナとディナーをともにした。十時半に宿を出て、十一時五分にダストス広場に着いた。ガス灯が六人の黒マントを照らしていた。
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