聖なる乙女の生存戦略
イガラシサイキ
はじまり
「バチルダ、前へ」
「はい」
短く顎のラインで切られたカラメル色のボブの髪が揺れる。草黄色の目で前を見据え、修復が繰り返された古ぼけた教会の祭壇にある水晶に向かって、バチルダは一歩ずつ動きだした。
今日は、地の式。
七歳までは神の子と言われるこの国では、七歳になる子供は初春の月に地に足がつくということで健康を祈ることと神から離れこの世に地に足をつけて生きるために神から与えられた適性を測るための検査が祭り事として各地で行われている。この式は貴族からも注目されており、その年の子供がいない貴族もちかくの教会に現れて見学に参加するほどこの国には重要な祭り事だった。
バチルダも、今年七歳となるためこの式に参加している。
バチルダ。ただの家名もない孤児だ。このサイハタ村の村はずれの教会で育てられている孤児。孤児であっても、この国の民は必ずこの式が行われている。どこに才能が眠っているかわからないためだ。
彼女は、自分を育ててくれているシスターと神父を一瞥し、二人の頷きを見てからおそるおそる不安そうに水晶に触れた。
「これは──」
水晶が輝く。純度の高い白。雲の切れ間から除く太陽の光のように天使が登るような光が教会に満ちて、周りから彼女、バチルダへと拍手が巻き起こった。今ここに、国の未来すらも変えられる魔法師の素質が、生まれたのだ。
「……わたし、殺されるじゃん」
正反対に、光に包まれた少女バチルダは絶望したかのように小さな声で呟く。彼女の脳内にはある悪役だった少女がヒロインであった彼女の悪事を暴き追い詰め殺す物語が走馬灯のように降り注ぐ。現実か夢かもわからなくなって、バチルダは水晶から離れた己の小さな柔らかい、けれども傷だらけの手を見つめて──そして、バタンと大きな音を立てて倒れた。
周りから悲鳴が上がり、どよめく声が広がる中草黄色の瞳は閉じられる。今ここに、彼女の生存戦略が幕を上げようとしていた。
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