第42話 和平への道
王宮内はがらんとしていた。
わたしたちが回廊から襲撃したせいで、王宮内の兵士達は回廊の援護に向かったためだろう。それにしても手薄だったので、逃げ失せてしまった人間も多くいるのかもしれない。
足早に王宮の奥へと廊下を進み、豪勢な観音扉の前までやってきた。
「ベル、あそこが玉座の間だ。急ごう」
門番の兵士二人が槍を掲げ行く手を阻む。勇ましい行動とは裏腹に手足はカタカタと震えていた。
「悪いが、どいてもらおう」
ベルファレスは片手それぞれで兵士の首を捕まえると、床に放り投げた。あっけなく門番がわたし達の視界から消える。
重い扉を開いて玉座の前に進入すると、口ひげを生やした小太りの男が出迎えた。
「……お、お前らは何者だ!」
玉座に目をやると、わたしよりも年下の、若者が怯えていた。腕で顔を隠し、半身で玉座に座っている。
わたしは王に直接会ったことがなかったが、彼こそが王であるとすぐにわかった。目の前の小太り男は気品のかけらも感じられず、格下であるのは一目瞭然だった。
ぎゃんぎゃんと騒いでいる小太りの男を無視し、玉座の前へ進み出る。
「ヘスティア王、こちら竜人族の王であるベルファレスです」
へスティア王はちらっと一瞬ベルファレスを見やるがすぐに顔を隠してしまう。
「ベルファレスだ。そなたの国の礼儀を知らぬゆえ、不躾かもしれないが、お許しいただきたい。……私が大柄で恐ろしいのであれば、そなたの目線で話をしよう」
ベルファレスは跪き、隠れているヘスティア王の顔を見つめて話を続けた。
「王よ。そなたに申し入れがある。率直に言おう。我々はそなたの国と和平交渉を結びたい。わが民族、土地は我々にとって財産だ。そなたが欲している鉱石も同様だ。すべてをヘスティア王国の物にすることはできない。資源が欲しければ、わずかであるが譲ることができる。侵略はやめて頂きたい」
「……」
ヘスティア王は黙ったままだ。小太りの男が割って入り、口を挟んだ。
「ヘスティア王国の大臣を無視して勝手に話を進めてもらっては困るな。……和平だと? 意味がわかっていっているのか? 和平は対等関係の国同士のみで成り立つ。下等な竜人族無勢が何を偉そうに。貴様らなど淘汰されるべき民族なのだ!」
「なんだとっ⁉」
ベルファレスよりも先にわたしが怒り出し、大臣に剣先を向けた。
「レラ! やめろ」
わたしを制止しようとベルファレスが立ち上がる。鼻から荒い息を出し、怒りを押し殺している。
それでもわたしの怒りはおさまらず、捲し立てた。
剣を構えたまま一歩前に出ると、「おい……やめろ……」と、大臣は顔を青ざめながら後ずさりした。
「お前らはドラクの何を知っている? 知ろうともせず、よく下等生物と決めつけられるな? ……下等生物はお前らだ! 愚か者め! ドラクがその気になれば人間なんて簡単にひねりつぶせる。強靭な肉体と長命を持つ生物が人間より劣っているわけはないだろう⁉ 今すぐ訂正しろ‼」
「ひっ、やめるんだ」
ついに大臣を壁に追い詰めた。動くことができずに両手を上げている。
「訂正しろ。訂正しないなら……」
怒りに支配され、剣を振り下ろした……!
「ひぃっ」
大臣が体を小さくして悲鳴を上げた瞬間、強い力で剣を止められた。
血が白刃を伝って床に落ちる。
「ベルッ⁉」
ベルファレスが振りかぶった剣先を握って、制止させていた。
「剣を持たぬものに剣を向けるな……。お前がやろうとしていることはランティスの脅しと変わらない。……ふんっ!」
力を込め、剣先をねじ曲げた。ベルファレスの血がぼとぼとと床に落ちた。
「ベル……わかったから‼ ……もう離してくれ‼ 酷い怪我だ」
悲鳴にも似た声で訴え、わたしは剣を放り投げた。
「なに、傷はすぐに塞がる。侵略によりこの先流れたかもしれない血に比べれば大したことはない」
血だらけの手を隠すことなく、向き直り大臣に問いかけた。
「我々と戦っても無意味であることは理解して頂けたか?」
「ひぃっ……、化け物、だ……」
大臣は腰を抜かし、そのまま気絶してしまった。
「……ベル……ファレス、と言ったか」
ずっと黙っていたヘスティア王が顔を上げ、初めて口を開いた。
「余を相手にしてくれた異国人は初めてだ」
「そなたがヘスティアの王なのであろう? 当然のことだ」
「恥ずかしながら、余は傀儡の王だ。若年という理由で大臣が全ての実権を握っている。大臣の言葉を繰り返すだけの無能な振りをしていた。それがせめてもの抵抗だった」
口調には若年らしからぬ気品と落ち着きが表れている。無能なふりをするくらいだから、きっと賢い人間に違いない。
「大臣の非礼を詫びる。許してくれ。……暴言にも関わらず、身を挺して大臣を庇った。『竜人族は野蛮』というのは我々の勝手な思い込みだったようだ。……なんて心優しい異国人だ」
ヘスティア王は警戒心を解いて真っ直ぐにベルファレスを見つめていた。その瞳は星が瞬くようにキラキラとしていた…
「……和平に応じてくれるか?」
ベルファレスは怪我をしてない左手を王に差し出した。この国では左手を指し出すのは喜ばれない。しかし、事情を察した王はためらいもなく左手を出し固く握手を交わした。
「もちろんだ。侵略は大臣が決めたこと。余の本意ではない」
王は握手の後、肩をすくませ、お手上げの態度を取った。
「それに……守備兵を一掃し、ひとりで玉座までたどり着いた強者と戦っても無意味だ」
「ひとりではない。ふたりだ」
ベルファレスはわたしに視線を送る。
わたしは胸に手を当て、騎士団式の敬礼の姿勢をとり、俯いた。感情的になり手を上げてしまったことを恥じて、国王の顔を見ることができなかった。
「気にするな。余も大臣には良い感情を抱いていなかった。せいせいしたところだ。……和平のために架け橋となってくれたことに感謝する……。そなたの名は?」
「レラと申します。元、王国騎士団の……」
しどろもどろで素性を伝えると、ヘスティア王は声を出して笑った。
「ははは……驚いた。離反されてしまうとは王国騎士団もまだまだだな。レラ。そなたのおかげだ。感謝する」
「……そのようなお言葉、恐縮です」
屈託ない笑いは年相応の青年と変わらない。ヘスティア王の言葉と笑顔にわたしは救われた気がした。
「だが、どうしたものか……」
ヘスティア王は難しい顔をして首を傾けた。
「大臣をどうやって言いくるめるか……」
聡明であるものの、大臣の言いなりになっている若年の王が権力を取り戻すには大勢の味方が必要だ。
ヘスティア王は手を叩いた。
「そうだ。力だ! 言うことを聞かせてしまえばいい! ……どうだ? 余の傍に遣えてもらえぬか?」
ベルファレスが渋い顔をした。
「武力の代償は大きい。結局王がやろうとしていることは大臣と変わらない」
「そうか……。それもそうだな」
率直な物言いにも関わらず、王は腹を立てずに頷いた。
「……王様、簡単なことです。王様に加勢した方がお得だと思わせればいいのです。……ベル」
「ああ」
ベルファレスはヘスティア王の前に進み出て、自身が身につけていた冥界の石をすべて手渡した。
「これは……もしや!」
「そなたらが所望していた鉱石だ」
「暖かい。不思議な石だな」
「その石にはエネルギーが秘められている。我々よりも優れた文明を持っているヘスティア王国ではきっと役に立とう」
「いいのか?」
「ああ、友好の証として受け取って欲しい。直接王国の人間が発掘に来ても構わない」
「戦わずして鉱石を手に入れられるなら、王様の味方も増えましょう」
ヘスティア王は目を丸くし、驚いた。
「それは素晴らしい。資源を手に入れるかわりに、余ができることはないだろうか? 何か望みのものはないか?」
「ええ、それは……」
わたしはベルファレスと顔を見合わせ、望みを伝えた。
この世界でドラクと人間が共栄共存する未来像と直近の望みだ。
王は『お安い御用』と、わたし達の些細な望みをすべて受け入れてくれた。
和平交渉は無事に終わり、わたし達の戦いも真の終結を迎えた。
* * *
広大な麦畑の畦道をガタガタ揺れながら馬車が行く。
王が手配してくれた馬車に乗り、ひとまずヨークシュアを目指して帰るところだ。事情があって往路と同じ経路では帰ることができない。
「本当に全部あげてよかったのか?」
揺れる荷台の中でわたしの膝に寝転ぶベルファレスの髪を撫でた。
ベルファレスにとって客車は小さかったので、荷台付きの馬車が手配された。
命を繋ぐため冥界の石の数個を手元に残し、残りはヘスティア王に授けてしまったため、ベルファレスはドラゴンになることはできない。起き上がることすら億劫らしい。
わたしよりも体の大きいベルファレスが小さく横になっている様は子供のように愛おしい。再び、彼の髪と頭を撫でる。
「ただで帰るくらいならレラが持っている量で十分。今の俺は木偶だ。レラに守ってもらわないと困る」
わたしの膝で頭をゴロゴロとさせる。
「何を偉そうに! さっきから重いったら……」
手をバタバタさせて膨れ面をすると、ベルファレスが手を伸ばしてわたしの頬に触れた。
「わざと不満そうな顔をしているな? 本当は嬉しいのに素直になれないのではないか?」
「違うっ」
気持ちを見透かされ、恥ずかしさから顔が熱くなる。
「何が違うのだ。むきになるところも可愛いな」
何も言い返せず見つめ合っていると、ベルファレスがゆっくりと目蓋を閉じた。
「……温存するために、しばらく寝る」
カタカタと馬車が揺れる音だけが響き、静かな時間が流れた。
ベルファレスの頬に手を添え、眠っていることを確認すると、ゆっくりと唇を落とした。しばらくベルファレスの唇に重ねる。
わたしはやはり素直じゃないし、可愛げもない。
でも今だったら素直に言える。
「愛している」
「ありがとう」
「ベルファレスと出会えてよかった」
「これからも傍にいさせてくれ」
面と向かっては言えない言葉を唇に乗せて、口付ける。
これがわたしからの彼に初めてした接吻だったかもしれない。
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