第9話 おばちゃん流・世界平和計画

玉座の前に、幸子とディアス、ジェード、そしてアンネリーゼが四人並ぶ。

いまや魔王城は掃除とセール騒動でごった返し、兵士や魔物たちもすっかり浮き足立っている。

そんな中、幸子が軽く咳ばらいをして口を開く。


「なあ、魔王さん。 こんだけ城を開放して盛り上がったら、いずれ人間界からも客が来るやんか。

そしたら、魔物と人間が仲良く買い物して、お金回るようになるんちゃう?」

ディアスはまだ少し困惑した表情で、玉座の肘掛けに指をかける。

「私の目的は世界征服だ。 それに、もともと人間と関わりを深めるつもりなどなかったはずだが…」


すると幸子が身振りを交えつつ声を張り上げる。

「世界征服かもしれへんけど、ほんまは無駄な争いは好かんのやろ? 部下のことも大事にしとるし、なんや人情家っぽいもん。

やったら、人間と共存して、ええ感じの商売やってもうたほうが幸せやと思うで。」


ディアスは返す言葉を探すように唇をかむ。

一方で、アンネリーゼが青い顔をして割り込む。

「魔王様、これまでの方針と真っ向から反するかもしれません。 ですが、魔物と人間が互いに利益を得る形で接点を持てば、兵士たちの士気にもプラス面があるやもしれません。」

彼女の声はいつになく柔らかい。

クールな表情の奥には、なぜか不思議な納得がにじんでいる。


ジェードは腕を組み、難しい顔でうなっている。

「でも、俺の立場はどうなん。 俺、勇者やのに…。

魔王を倒すんやとみんなに言ってきたのに、今さら『仲良くしました』ってなったら、逆に人間サイドが納得せえへんで。」

そう嘆く彼に、幸子はやれやれとため息をつく。

「そやけど、実際ここで戦う理由あらへんやろ? もしアンタが魔王を倒しても、いろんなとこが荒れてまうだけで得する人あんまりおらんのちゃう?」


「それは…まあ、そうやけど。 俺、勇者としては結果を出さな…」

ジェードはいつものように声を張り上げる気にもなれず、歯がゆい様子だ。

ディアスも小さく苦笑する。

「私のほうも、世界征服を掲げながら実際に人間との全面戦争は避けてきた面がある。

腰を痛めながらもな。 つまり、騒ぎの割に本気で侵略を仕掛けてこなかったのは…私も争いを望んでいないのかもしれん。」


その言葉にアンネリーゼも動揺を隠せない。

「魔王様…そこまでの本心を認められるとは。」

「まあ、実際に兵士たちを見てみろ。 セールの準備に勤しんで、人間を倒すどころか、楽しそうにコミュニケーションを取っているではないか。」

ディアスが視線をやる先には、マーヴィンの掛け声に合わせて屋台を組み立てる魔物の姿がある。


幸子は勢いよく手を叩いて笑う。

「ほら、世界征服って看板だけ残して、中身は平和にしたらええんちゃう? 表向きは征服やって言うときゃ、立場も保てるし。 ほんで実質は共存やん。

これでみんなハッピーやと思わへん?」


ジェードは苦い顔をしながらも、「そんな正攻法があるんかいな…」とつぶやく。

ディアスは少し考え込み、重々しく口を開く。

「私の名目を失わないまま、世界との衝突も避ける。 それは狡猾かもしれないが、悪くない方法だ。

だが、それには人間サイドとの協力体制が必要だな。 勇者とやら、お前はどう動く?」


声をかけられたジェードは「え、俺?」と目を丸くする。

幸子が「アンタ、人間のほうとパイプあるやろ? ギルドの人とか、王国の人とか。 うまいこと話してくれたら、魔王軍と人間がぶつからんで済むやん。」と言い添える。

ジェードは戸惑いつつも、どこか誇らしげだ。

「せやな。 俺が両方まとめる架け橋になれたら、勇者としての力を示せるかもしれへん。

ほんまに魔王を倒すしか道がないわけやないんやな…。」


アンネリーゼも腕を組んで思案顔になる。

「魔王軍としても、必要な物資を安定して手に入れたい気持ちはあります。

人間界の技術や品物には興味がある兵士も多い。 うまく連携できれば、城の補修もはかどるかもしれません。」

ディアスはうなずき、少しだけ微笑する。

「私の部下たちも、まんざら捨てたもんじゃないな。」


そこへマーヴィンが小走りでやって来て、大きなカバンを提げながら声をかける。

「おばちゃん、魔王様、ええ話がありましてな。 近隣の街から『ちょっと遊びに行ってみたい』という問い合わせが早くも来とるんですよ。

今やったら商売のネットワーク広げ放題でっせ。 どうします?」

幸子は即答する。

「やるに決まってるやん。 人が集まれば、さらにいろんな商売もできるし、魔物と人間が一緒に楽しめるイベントも考えられるで。」


ディアスは呆れたようにため息をつくが、その口元はわずかにほころんでいる。

「では、私も表向きは世界を手中に収めるべく、“征服”と銘打っておこう。 しかし実際には、彼らがこちらに足を運ぶような仕掛けを用意すれば、争わずとも目標を達成できるだろう。

うまくやれば、人間界を取り込む形での共存が可能になる。」


ジェードは「な、なんかすごい話になってるな…」と戸惑いつつも、どこかワクワクしているように見える。

「これが上手くいったら、俺も勇者としての活躍が認められるかもしれん。 魔王を倒して平和にするんやなくて、共闘して平和にするって感じやな。」


アンネリーゼはそんな彼らの会話を聞きながら、ひそかに考えを巡らせる。

「もし、この世界平和計画とやらが進んだら、魔王軍内部はどう変わるのか。

新たな体制づくりや、兵士の訓練内容も見直さなければいけない。 でも、まるで世界が違って見えそう…」

頭を抱えたまま、なぜか心が躍る感覚も否めない。


幸子はそんなアンネリーゼの様子を見逃さず、にこりと笑う。

「あんたもシリアスに悩んどるけど、ほんまは心の中で『楽しいかも』思ってるやろ?

しゃあないで。 うちの梅田魂が伝染してもうたんや。 ええやん、みんなハッピーになったら。」


アンネリーゼは言葉に詰まりながらも目を逸らせない。

「私は軍幹部として規律を守らねば…でも、確かに、無用な戦いが減るなら悪くないかも。

この城が各地と交流できるようになれば、物資の補給や情報のやり取りもスムーズになるでしょうし。」


幸子は飴ちゃんを取り出して、ひらひら振ってみせる。

「そうそう。 みんなで手ぇ組んでやったら、世界がもっとハッピーになるやろ。 大阪のおばちゃんが保証するわ。

ほな、世界平和計画スタートやな!」


ディアスは最後まで難しい顔をしているが、意外にも背筋を伸ばし、深くうなずく。

「よかろう。 表向きは私が“征服”の旗を掲げるが、実際は世界を巻き込む協力体制を確立する方針でいこう。

これで腰痛が治れば言うことなしだが…まあ、体操でもしてどうにかするさ。」


こうして、魔王軍と冒険者ギルド、さらには人間界との交流が本格的に動き出す。

マーヴィンを起点に各地との商談が飛び交い、ジェードは勇者としての立場を活かして情報を収集する。

アンネリーゼは魔王軍を統率しながら、新たな世界の姿を模索していく。

そして、その真ん中で幸子が飴ちゃん片手に大きく笑う。


「なんや知らんけど、ええ雰囲気になってきたやん。 ほら、腰痛めてる魔王さん、紅茶でも飲みながら作戦会議しよ。

世界平和って、めっちゃロマンあるやろ?」


ディアスは、もはやツッコミを入れたいのか感謝を述べたいのか分からない曖昧な表情を浮かべる。

かつて夢見た“世界征服”が、こんな形で訪れるとは想像もしなかった。

だが、そこにあるのは確かに新しい可能性と、一筋の温かい光。


互いに手を組んでみんながハッピーになる未来図。

大阪のおばちゃん流に言えば、「うまいことやったらなんとかなるで!」というシンプルな理屈。

それが意外と世界の真理なのかもしれないと、ディアスやアンネリーゼ、そしてジェードまでもが感じ始めていた。

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