第7話 魔王城ジャック! おばちゃんが巻き起こす大騒動
幸子が飴ちゃんをちらつかせながら、にこやかに魔王ディアスを見上げる。
玉座に座るはずのディアスは、なぜか腰のあたりにタオルを挟んでいる。
「ほら、そっちのほうがちょっと楽ちゃう? ウチもそうやけど、腰痛いときはタオルやクッションが一番やで。」
不本意そうな表情を浮かべるディアスだが、どうやら効果はあるのか、さっきよりは姿勢が安定している。
アンネリーゼは「魔王様の尊厳が…」とばかりに黙り込んでいるが、幸子の勢いに飲まれてしまい、その場に立ち尽くすしかない。
一方、ジェードは完全に剣をしまい込み、マーヴィンは腕を組んで「商機」を探るように城内を見回していた。
「この城、せっかくの立派な建物やのに、埃たまってるやん。 どれだけ掃除してへんの?」
幸子がそうつぶやき、辺りを見回すと、魔王軍の兵士たちが少し緊張した面持ちで固まっている。
「ええやんか。 ちょっと掃除したるわ。 そのほうがアンタらも気持ちようなるやろ?」
「勝手に掃除とは何事だ。 これは魔王城…」とアンネリーゼが声を張り上げようとしたが、幸子はお構いなしに廊下へ飛び出す。
「ウチは汚れ放っとくの嫌なんよ。 ついでに換気もしとくわ。 ちょっと窓開けてええ?」
「待ちなさい。 勝手な行動は許さ…」
「ええやんか。 あんたも手伝ったら、早終わるで?」
アンネリーゼが食い下がろうとするが、幸子は持ち前のノリで周囲の兵士を巻き込む。
「そこにおる兄ちゃんたち、ホウキかモップある? 部屋ん中の床、めっちゃ汚れてるやろ。 こんだけ魔力高そうな城なら、きれいにしたらもっとカッコよくなるはずや。 な?」
困惑しながらも、兵士たちはなぜか断りきれず、城の片隅から掃除道具を持ってくる。
「そっちは廊下な。 ウチは大広間をやるし。」
その頃、ディアスは玉座でタオルを調整しつつ、あまりの展開に唖然としていた。
「私の城だぞ。 なぜ人間の女に模様替えされねばならんのだ…」
小声でそう漏らすが、アンネリーゼは「申し訳ありません。 ですが、兵士たちが次々巻き込まれて…」と答えるしかない。
すると、幸子の声が廊下から響く。
「アンタら、そこ適当に掃いてもホコリ舞うだけやで。 ちゃんと水拭きせなあかんて。 ほら、マーヴィンさん、こっち手伝うて!」
呼ばれたマーヴィンは「しゃあないな…商人が掃除なんて本来せぇへんのやけど…」とぼやきながらも、何やら楽しそうにモップを手に取っている。
ジェードは戸惑い半分、興味半分で「おばちゃん、俺は何をすれば?」と聞くと、幸子は即答する。
「せやな、そこの甲冑置いてるスペースとか、防具にホコリついとるやろ。 あれ、きれいにしたらめっちゃ映えると思うで。 やってみる?」
「勇者なのに清掃か…まあ、しゃあないですね。 よし、やりますよ!」
こうして魔王城は、前代未聞の“大掃除タイム”に突入する。
豪華なシャンデリアや壁飾りがほどよく拭き上げられ、重々しい廊下には何やら爽やかな風が流れ始める。
あちこちに積もっていた埃やクモの巣が取り払われ、兵士たちまで一緒になって「こ、こんなに明るかったのか…」と驚くほどだ。
「ちょっと、一部の部屋がらくたでパンパンやん。 あかんあかん。 使わん物は片づけるか処分せな。」
幸子がダンボール…もとい、木箱の山を見つけて首を振る。
「アンタら、これ何入ってんの?」
「え、古い武器や防具…修理するかどうかも決まっていない在庫で…」
兵士が申し訳なさそうに答えると、幸子はニヤリと笑う。
「なら、マーヴィンさんに相談して売り払ったら? こんなもん転がしとくよりお金に変えたほうが良くない?」
兵士は一瞬「いいのか?」という表情を浮かべるが、マーヴィンは商人の目を光らせる。
「うちが安く買い取りますわ。 使えそうなパーツをバラして、転売すれば儲けが出るかもしれへんし。 ははは、ウチも商魂燃えてきたで!」
やがて、廊下の一部や使われていない部屋が片づき、気づけば空きスペースができ始める。
すると幸子は唐突に言い出す。
「こんなに広いなら、セールやったらええんちゃう? 名付けて“魔王城セール”! マーヴィンさんの商品も並べて、人を呼んで盛り上げようや。」
「セール…って、人間界の商店街みたいな催しやろ? ここ魔王城やで?」とジェードが驚くが、幸子は気にしない。
「人間も魔物も、一緒に買い物できたらええやんか。 そしたら揉め事も減るかもしれへんやろ?」
兵士たちは唖然とし、アンネリーゼは「こんな突飛なこと…」と硬い表情で呆れるしかない。
だが、どこか乗りかかった船感が漂い始めているのか、反対の声はさほど上がらない。
「魔王様、いかがいたしましょう。 もしこんな行動を許せば、我々の…」
アンネリーゼがディアスを振り返ると、ディアスは腰の痛みと精神的な疲労に耐えながらも、なぜか大きく反発できないまま頭を抱えている。
「…こんなはずではなかった。 しかし、ここまで城内が明るくなったのは初めてだ。 部下たちの顔が活気づいているのも事実…」
そのぼんやりとした言葉を聞き逃さなかった幸子は、パッと顔を輝かせる。
「ほら、魔王さんも悪い気してへんやろ? もう開き直って、みんなで楽しくやったらええねん。 腰も痛めとるし、空気が澄んだら体調もマシなるかもやで。」
こうして、魔王城はにわかに“セール会場”へと変貌を遂げはじめる。
飴ちゃん片手に、幸子が魔王軍をまとめ上げ、マーヴィンが看板や商品を並べ、ジェードはなぜかポスター作りを命じられている。
アンネリーゼが戸惑いながら見ている中、兵士たちは「あれ? こっちのほうが楽しそうだぞ…」と次々に笑顔になっていく。
「ほんま、大阪のおばちゃん恐るべしやわ。」
ジェードはポスターに筆を走らせながら、思わずつぶやく。
ディアスは相変わらず玉座に座ったままだが、タオルを敷き直したせいか、少しだけ表情が和らいでいる。
アンネリーゼは「これはいったい何が起こっているの…」と頭を抱えていたが、城内の空気が軽くなっていくのを感じているようだった。
まさか魔王城でセールが開かれ、人や魔物が談笑しながら品物を売り買いするようになるとは、誰も想像していなかった。
幸子の独断で始まったこの“大騒動”は、まだまだ収まりそうにない。
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