孤独と酒と灰色の世界

宮梶霧

孤独と酒と灰色の世界


 教室の隅にいる私は、このクラスできっと空気として扱われているのだろう。

 クラスメイトはきっと、私の顔を見ても名前を思い出すことができないほど忘れているのではないかと思う。

 それと同様に先生も私の顔と名前が一致しないようで、時折戸惑っているようにすら感じる。

 

 私の名前――影村洋子かげむらようこは、名前の通り影が薄くて、平凡な名前をしている。

 親だってきっと私のことを忘れている。いや、現に忘れているのだろう。

 私よりも、弟の陽太の方に期待を寄せている。私を反面教師にしたかのような弟なのだから、私よりも圧倒的に優れている。

 劣等感なんて抱くはずがない。抱けるほど私は強くない。

 

 いつからこんなに生き辛くなってしまったんだろうか。

 小学生のころはまだ、知らないクラスメイトに話しかけて友達を作ることができた。

 移動教室の時も、友達と廊下を話しながら歩いていたし給食も机を合わせて食べることもできていた。

 

 中学生に上がってからきっと一人になったのだろう。

 ほかの小学校と合併して、そこの人たちと小学生の頃の私の友達は仲良くなって私の価値はなくなってしまった。

 当時はすごく寂しいと思ったけど、今だったらなんとなくわかる。だって私と絡んでいるよりも、その人たちと絡んでいる方が圧倒的に楽しいんだもん。

 現にあの人たちとしゃべっていた私の元友達は、私といる時よりも笑顔が多くものすごく楽しそうだった。

 悔しいとも思わない。それが事実なのだから。

 

 今現在高校に上がっても、同じような有様だ。

 中学生以降、孤独だったから中学に上がったときみたいに友達を失ったことはないけど作ることもできない。

 それでも当時よりも私の精神状態は悪くなったように感じる。どうやら人と接しないと心は満たされないらしい。


 両親や親せきとかかわっても孤独を埋めることはできない。

 多分、この病は同年代と関わらないと治すことができないんだと思う。

 大人になってから同年代と絡むことになっても、青春というものがない私は話の輪に入ることができない。

 だから成長して大人にになったとしても、孤独を貫くことになるんだと思う。

 

 他人に好かれたいという承認欲求からだったのだろうか。

 それともあまりの孤独に耐えきれなかったのだろうか。

 私は心身ともに壊れてしまった。

 

 百均でカッターを買っては、自分の肌を傷つけることは厭わなくなってしまった。

 自分を切り裂いても、ストレスの発散にはならないし、それがなんも生まないことはわかっている。

 でもほかにやることはないからついやってしまう。いわば癖みたいなものだ。

 

 切った後はもちろん血は流れるし、切り裂けば切り裂くほどかさぶたまみれになって身体がかゆくて仕方がない。

「かゆい、かゆい」と言ってただ駆られるがままにかさぶたをはがせば、また同じことの繰り返し。

 でもやめられなかった。よくあるいつしかそれが快感になっていたってやつではない。やることがなかったからそれをやるしかなかった。

 

 壊れてしまった身体は、余ってしまった時間を埋めるので必死で仕方なかった。

 脳が暇を持て余している状態だった。孤独を、埋めるので精いっぱいだった。

 

 誰も私を見ていないから、止めるものはいなかった。

 血だらけになるワイシャツを見ても、それが乾いて赤茶色になったワイシャツを見ても誰もそれを気にしなかった。

 ここで私の孤独は事実になってしまった。空気となってしまった私に存在価値はないとすら思った。

 

 高校二年生に上がったころだろうか。

 私は父親の影響を受けて、酒にハマってしまった。

 未成年飲酒はもちろん違法だ。そんなことわかっている。

 でも、この日本でもどこかで私みたいにやっている人はいる。

 それを見て見ぬふりをしている人がたくさんいるだろう。

 

 冷蔵庫に入ってあるストロング缶を初めて飲んだときは、まずくてしょうがなかった。

 炭酸に近いような喉がしびれる感覚と飲み込んだ後のさっぱりとしたレモンの風味があったがおいしいと感じたのは最初の一口だけだった。

 あとは飲むたびに苦痛を感じるようになっていた。飲めば体がうっと拒絶反応を示すし、吐きそうになる。

 世の中の大人は、こんなまずいものを飲んでいるのかと疑ったぐらいだ。

 

 それでも容器の半分ぐらいまで行くと、頭がだんだん回らなくなってくるのを感じた。

 体が熱いし、動悸が激しい。興味本位で心拍数を計ってみると運動した時ぐらいの心拍数になっていてさすがに笑った。

 頬や体の感覚は酔いが回るほど、失われていきそれと同時に睡魔も襲ってくる。

 

 苦痛と不可解な感覚を味わいながら、全部飲みストロング缶を潰すと不思議と達成感が湧いた。

 頭はまったく回っていないし、体はフラフラしている。顔も真っ赤だ。

 そんな状態でありながらも、私はいつもと感覚が変わらなかった。

 今まで感じてきたどうしようもない孤独を拭い去ることはできなかった。

 

 犯罪に手を染めても、私の心は満たされなかった。

 最後には苦痛だけが残り、生き辛さを抱えている。

 体と心を壊したところで、私は何も生み出すことはできなかった。

 どうしようもない虚しさとともに睡魔に負けて眠りにつくことしかできなかった。

 

 今思い返してみても、あまりに自分がみじめでしょうがない。

 何か行動をしたところで誰の記憶にも、記録にも残らないような自分がどうしても憎くてしょうがなかった。

 しょうもない自己嫌悪を抱く日々にうんざりする。

 

 灰色で満ちた世界。生きている気力すらわかなかったある日、私は死ぬことを決めた。

 正直、覚悟というものはいらなかった。思うがままに縄を首にかけて締め付ける。

 その行為に私は何の価値も感じなかった。私という存在自体がこの世界に価値がないのだから当然のことだろう。

 死んだあとはきっと誰かしらには迷惑をかけるだろう。特殊清掃だって金はかかるし、この家が事故物件だとか言われるかもしれない。

 でもそんなことはとうの昔に考え抜いたことで、今の私の死を止めるほどの理由にはならない。

 

 それほど、惰性で苦しくて生きにくくてつらい。

 誰にこれを相談したところで私は報われることはなく、私を生かすほどの説得力を持つ者はいない。

 こんな苦しい現実に生きている私よりも若い人たちは、もっとこれから苦しい思いをするのだろうと思う。

 高校三年生という進路を決めることすらいやになった私は、死んで来世に願うのだろう。世界がもっと生きやすいものになるといいなって。

 私は同情と憐れみを向け、首を吊った。

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孤独と酒と灰色の世界 宮梶霧 @kirito100717

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