回転寿司の話 前編
楽屋に女が二人。
もう仕事も終わって、あとは着替えて撤収するところなのだけれども。
一人は真剣な顔で、もう一人は戸惑っている。
「今の時期に、こういうことしちゃダメってわかりますよね?」
「…………今の時期って」
「決まりましたよね、映画の主演。それも超有名監督」
「……決まったね」
「そういう時期に、マネージャーの
担当アイドルの
写っているのは、私が八百万……数絵とは別に担当しているアイドルの
「……その写真、なにか問題があるわけ?」
「ここ、見てください。この手! テーブルの上にちょっと写っているやつ!」
数絵がそう言って、写真の端で見切れている手……? を指でさす。
「えっと、なに? ……たしかに手みたいのが写ってるけど」
「これ、可乃さんの手ですよね!?」
「……そうかな? 手だけじゃわかんないでしょ」
「いいえ、この綺麗でしゃぶりたくなる指は間違いなく可乃さんのものです! わたしが愛するマネージャーの手を見間違えるはずありませんっ!」
「……なにかもっと大きな部分を間違えていると思うけど」
しゃぶりたくなるってなに。
ただ、しらばっくれたけど写真には見覚えがあった。たしかに、私といるときに喜沢が撮った写真だと思う。あいつ、SNSにもあげていたのか。……まあ、問題ない写真ならいろいろあげていいってのは言ってあるけれど。
「こんな匂わせして……いいと思っているんですか?!」
「匂わせって……え?」
担当アイドルがSNSにあげた写真に、マネージャーの手が写っていることのなにが匂わせなんだ。
いるよ、マネージャーは。普段はファンの目にはつかないけど、仕事があったら付き添いしてるんだって。いないほうがおかしいだろ。
「だいたい……喜沢ちゃん、いくつがか知っているんですか!?」
「十三……いや、この前誕生日イベントやったな……十四歳かな?」
「そうです、まだ中学生です!」
「……うん?」
なにが言いたいのかよくわからない。
マネージャーになって数年、よくわかったことがある。
担当するアイドルの大半は中学生か高校生。同性というのを差し引いても、下手したら一回りも違う相手の考えていることなんてさっぱりわからないということだ。
数絵のマネージャーになってからもう二年くらいだろうか。
しかし数日前、数絵から突然告白を受けた。
マネージャーで、同性で、人気アイドルの八百万数絵と比べたらなんの魅力もないくたびれた二十代前半の私が好きらしい。
(※二十代前半がくたびれた年齢ということではなく、ブラックな労働環境で私が二十代前半なのにくたびれてしまっているという意)
ま、数絵は十九歳。
普通に生きていれば恋だなんだと浮ついく年頃ではあるから、身近な人間に向ける感情を勘違いすることもある。……どうも彼女の気持ちは本気らしいけれど、それでも時間が経てば気持ちなんてのはいくらでも変わるものだ。
それくらいの心持ちで、マネージャーの私としてはどうにか数絵のモチベーションを下げないように、さりとて当然守るべき一線は守って……と対応していくつもりだった。
「うんってなんですか、大問題ですよ! 中学生相手なんて!」
「えっと、待って。数絵は……何を言っているんだ? 大問題って?」
「……びっくりしました。可乃さんってもっと常識ある人だとばかり」
「それ……私の知っている常識の話?」
「いいですか可乃さん、手を出して言い担当アイドルは十九歳以上からです! 未成年、それも中学生なんて言語道断です!」
「……いや、あの色々と訂正したいんだけど……まあ、肝心の所からやろうか」
頭を抱えながら、私は一度ため息をついた。
聞き分けがよく、賢くて従順な数絵が懐かしいよ。数日前まではあんなに素直でおとなしい可愛い子だったのに。……今も、可愛いのは可愛いんだよ。ルックスは、人気アイドルだから。
「手を出すってなに? お昼ご飯食べに行っただけだよね。これ」
数絵のスマホ画面に表示された写真は、私と喜沢(担当アイドルで中学生)が仕事の合間のお昼休みに一緒にランチへ行ったときの写真だ。
問題なんてなにもないし、匂うものもなにもない。
「だけって、そんな! 可乃さんは誰とでもすぐ回転寿司に行くんですか!?」
「行くよ……回転寿司くらい……」
「そんな……そんなの……それならわたしも行きたいですっ!!」
数絵とだって一緒に食事に行ったことくらいあるはず……と思い出すが、なかったかも知れない。
なんかんだマネージャーも現場でやることは多い。楽屋にはお弁当が用意されていれば、私もアイドルにもそれを空いている時間に食べてもらって済ますことがほとんどだ。
昼休憩があるからとわざわざ外に食事を取りに行くのは、担当アイドルに「どうしても」と駄々をこねられたときくらいだ。
現に喜沢も、弁当がないならコンビニで適当に買ってきて済ませてかったのに「せっかくなら外で食べてこうよー」と言われて渋々だった。
告白されるまでの数絵は素直な良い子だったから、ずっとなかったのか。
「わかった、回転寿司くらい今度行ってやるよ……」
「いいんですか!? いんですか!! それって……それってつまり、わたしと可乃さんの初デートですか!?」
「いや、初デートって……」
「だってだって二人きりで出かけるんですよ!! ご飯ですよ!! すぐ行きたいです!! これからとか!!」
「……すぐって……ほら、今だって別に二人きりじゃないか」
「今してもいいんですか!?」
なにをする気なんだ、と確認するのも面倒なので無視する。
全てに確認と訂正をしていると時間が……今日は、事務所に戻って面倒な雑用を片付けたいんだよ。だから当然今なにがあるかは関係なく――。
「今日は忙しいから、また今度な」
「むぅ……わかりました……でも約束ですよ」
頬を膨らませながらも、聞き分け自体は前みたいに悪くない。
よかった。また告白のときみたいに分からず屋になられたらと困る。
「ふふふ、楽しみだな。可乃さんと二人でお皿の上に乗って回転するの……」
「ん? 数絵は回転寿司をなんだか知っているのか……? たしかに皿は回転するけど人間は乗らないぞ」
「あ、そうでした。乗って回転するのはベッドですよね。ふふ、楽しみですね、二人で回転するベッドの上に乗るの」
「おい、話が変わってないか……」
だいたいなんだ。回転するベッドって……。
いや、そういう意味じゃないよな? そういえばこの前もラブホがどうとか言っていたような。
「はぁ、まあ今度な。今度」
「はいっ! 約束ですっ!!」
回転寿司くらいな構わないし、私は適当に話を終わらせてしまった。
この判断自体が間違っていたとは思わない。ただ私はまだ、数絵という担当アイドルのことを全然わかっていなかったと言うことである。
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