回転寿司の話 中編
毎日、毎日、仕事仕事仕事仕事。
寝て、起きて、事務所に行って、現場に行って、担当のアイドル送って事務所に戻って、気づいたら朝という日もあって――。
あれ、こういうのって今のご時世許されるんだっけ? 残業時間って制限されているよね? 月に何十時間までって規則あるだろ。
もちろん、一人の会社員として、当然の権利(むしろ義務)として、社長にも伝えた。
すると社長は言った。
「管理職はそういう既定から除外されるからな」
「……でも私、平社員ですよね?」
管理職だからといってなんでも許されるわけじゃないだろ、というのも気になったが、根本の確認が必要だった。
「なにをいうんだ。
「……それ、いわば管理職だから実際に管理職じゃないってことじゃ」
「はははは、これからもがんばって働いてくれよ」
話の通じない社長相手に「転職」の二文字が浮かぶ。
ただこれだけ毎日仕事の予定が入っていると転職活動も中々始められない。真剣に考えると、一度仕事を辞めるか休むかするしかないんだろうな。
マネージャーってどうしてこんなに激務なんだろうか。
実際問題、私は管理職ではないけれど、マネージャーの立場は中間管理職のようなものだからだろう。
担当アイドルはまだ社会の酸いも甘いもよく知らない小娘ばかり、しかしクライアントになるテレビ局やら企業やらディレクターだのプロデューサーだの監督だのは社会的立場と権力の象徴みたいな連中で……つまりマネージャーは間に入ってどうにか「上」から来る仕事を、担当アイドルたちに納得させてご機嫌を取りつつこなす必要がある。
しかも担当アイドルの立場は「下」でもない。駆け出しや新人ならいざ知らず、人気があって売れっ子ともなると辞められたら困るわけだから、実質的にはこちらもマネージャーにとっては「上」になる。
だから余計に、両方の顔色をうかがって、両方の都合に合わせて、自分の時間と労力でなんとかするしかないわけだ。
辛い、マネージャーは辛い。ブラックすぎる。
そう思いながらもなんとか今日も現場に向かった。今日は午前中からで――あ、世間的には今日って土曜日なのか。土曜日って休みの人がいるって聞いたことがあるけれど、曜日毎に休みが決まっている人間なんて許せないな――事務所に寄らず直接、イベント会場へ。
ちょっとしたトークイベントで、参加するアイドルはたしか……と予定表を見てなにか嫌な感じがする。
並んでいるのは、
二人とも同じグループに所属していて、私の担当アイドルであるけれど、この二人がバッティングすることなんでほとんどない。
中学生の喜沢はいわゆる年少組で、若いメンバーかそれか逆にちょっと年上のメンバーと組ませて……というのが多かった。
数絵は年齢的にはメンバーの中でもちょうど真ん中らへんで、なにより一番人気があるから、一人での仕事がほとんど。誰かと仕事を一緒にするなら、同年代で数絵に次ぐ人気のあいつかそれか……と何人か浮かぶかれど、喜沢ではない。
と言っても、この二人の仲が悪いみたいなことはない。
喜沢は人なつっこいタイプだし、数絵も基本人当たりがよいから、二人ともグループメンバーの誰とでも仲がいい(一部例外はあるけど)くらいだ。
なので別に、珍しく二人が一緒だからと問題はない。
……はずだけれど。
昨日のことを思い出すと、なにか嫌な感じがする。マネージャーの勘みたいなものだろうか。なるべく、早く仕事を済ませて、さっさと解散するようにしよう。よし、お昼も食べずにすぐ解散だな。
と、現場入りしたのだけれども。
「あ、可乃さん! おはようございますっ」
数絵は私を見つけるなり、はつらつとした声で挨拶してきた。
「あーうん、おはよう」
「はいっ! おはようございますっ」
「今日も元気そうでなによりだ」
昨日のことは引きずっていないみたいで、と思ったのは心の中にしまう。
余計なことを言って思い出されると困る。
「はいっ! 朝から可乃さんに会えて、幸せですっ」
「……そうか、ありがとう」
「可乃さんは、わたしに会えて幸せじゃないですか?」
「…………それより、今日は喜沢もいるから、呼び方な」
担当アイドルがマネージャーのことを下の名前で呼ぶというのは距離感が近すぎる。
まあ、同性同士で、私も若いほうに分類されるから「仲がいいんですね」と思われるくらいで済むだろうが。ただ私個人のスタンスとして、あまり担当アイドルと仲良くしすぎるのは違う。
数絵に関しては、あそこまで真正面から気持ちを向けられて、つい私も気が緩んでしまったけれど、他のアイドルにまでそう呼ばれるようなことは絶対に避けたい。
「そ、そうですよねっ。わたしと可乃さんの関係は二人だけの秘密で……」
「関係はマネージャーと担当アイドルな。呼び方が、うん、引き続き内密で頼む」
「……はーい」
数絵は少し唇を尖らせたが、一応は納得しているようなので話を切り上げる。
ちょうどよく、喜沢が楽屋に入ってきて、危なかった、とほっとした。
「おはようございまーっす」
「おはよう、今日は早いじゃないか」
中学生ということもあってか、喜沢は朝は基本時間ギリギリ……数分程度なら遅刻することも珍しくないのだが、今日は時間に余裕がある。
「えへへ、あたしだってたまには早起きできるよー」
「仕事がある日は毎回にしてくれ」
「もー蓮家さんー、あたし褒められて伸びるタイプだってー。こういうときはもっと褒めてよー」
「ったく、本当か? まあ今日はたしかに偉いな。うん」
そう言って、ついそのまま手が喜沢の頭に伸びる。中学生なんて私からすれば子どもで、子ども相手だから褒める流れで自然と……。
「蓮家さん」
さっきまでとはまるで違う、冷え切った数絵の声が横から私を呼ぶ。
「あ、ああ? もうこんな時間か。悪い、私はスタッフと先に打ち合わせしきたいことがあって……二人は準備しておいてくれ」
私は数絵の声色に危険を察知して、すぐ適当なことを言ってその場を離れることにした。
まさか、私が喜沢の頭をなでようとしていたから……怒っていた?
―――――――――――――――
想定より長くなったので中編です。後編しばしお待ちください!
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