第67話 公務員、オークと戦う

 水は生活魔法でなんとかなるし、食料もまだ残ってる。最悪、食いっぱぐれることはない。道が間違っていても、長期で生存は可能だろう。


……直近の問題は、魔物だ。


 ミノタウロスみたいな化け物級の強敵には遭遇してないが、代わりにやたらと豚型の魔物、オークの姿を目にする。


「オーク……こいつらの強さはどんなもんだ?」


 数はそこそこ多いが、俺の直感では、そこまで強大な脅威には思えない。とはいえ、舐めてかかるのは危険だし、一度試しに戦ってみたほうがいい。


 ただ、慎重にやるなら、まずは鑑定からだな。


 俺は隠密をきり、離れたところ視界の端にいるオークを見つめ、集中する。


 ――鑑定。


 視界の端にぼんやりとしたステータス情報が浮かび上がる。


――――――――――――――――

 オーク

 二足歩行の豚型魔物。単純な力押しの戦いを好み、動きは鈍重。

 火属性が弱点。

――――――――――――――――


「……なるほど、火が効きやすいのか」


 俺は再び隠密を意識し、そっと背後の茂みへと身を潜め、戦いの準備を整える。鑑定を同時に使うことがスムーズにできればよいのだが、以前試してみて、かなり難しい。


 まずは、エンチャント火で奇襲攻撃を試すべきだな。

 足元に転がっていた手頃な石を拾い、そっと魔法を込める。


「《エンチャント火》……っと」


 指先から赤い光が流れ込み、石がぼんやりと赤く染まる。


「さて、試してみるか」


 狙いを定め、力を込めてアイテム投げ――!

 バシュッ!

 直撃。

 オークの顔面に命中すると、ゴオォッ!と火花が散り、オークがのけ反る。


「おっ、効いてるな!」


 オークがよろめいている間に、俺は次の攻撃を準備する。

 今度は、もう一つの石をポーチから素早く取り出しエンチャントして間髪入れずに投げつける!


「これで、どうだ――!」


 ズドンッ!

 今度の一撃は、オークの頭部にさらにダメージを与える。

 オークは低い呻き声をあげると、そのままドサッと地面に崩れ落ちる。慎重に近づき生存を確認するが、どうやら倒せたようだ。


 エンチャント火はファイアーボールよりも多少強いことがわかっている。弱点属性ということも大きいのだろうが、頭部二発で倒すことが可能とわかったのは大きい。


「……ふぅ、なんとかなったな」


 戦利品として、魔石を回収する。

 その瞬間――俺の身体がじんわりと熱を帯びた。


「……ん?」


 レベルアップの感覚だ。


「おお、レベル上がったな!18か」


 レベル上昇に伴って、何か新しいスキルを覚えていないかをパッと確認しつつ、俺は慎重に周囲を警戒した。特に何も覚えていないようだ。


「さて、オーク相手なら奇襲とか入れれば、なんとか戦えることがわかったな……ただし、接近戦できないので、距離をとる環境が必要だな」


 もう少し、進んでみるか――。

 できるならば、日が落ちる前に森を抜けたい。



 隠密を維持しながら、所々にナイフで印をつけて、慎重に森の中を移動していた。

 オークを避けながらも歩き、もう、数時間ほどたっただろうか。

 道が微妙にしかないところを歩くのは想像以上に疲労がたまる。

 ただ、先ほどから比べると森が明らかに浅くなり、所々で、土が多くみえるようになってきた。

 方向が間違ってなさそうで良かったと思うのも束の間、何か違和感を感じる。


「音が聞こえるか?……」


 自然の音に紛れて、何か別の音が聞こえた気がする。

 目をつぶって耳に神経を集中させる。すると、静かな森の奥からわずかな足音と話し声が聞こえてきた。


「……人の気配?」


 俺は素早く身を低くし、茂みの陰に隠れた。

 視線の先には、一団の戦士たちがいた。

 彼らは黒を基調としたあぶみやローブをまとい、何より――額の両側、耳のすぐ上の部分に、親指ほどの小さなツノが生えている。


「……もしかして、魔族か?」


 俺は息をひそめながら観察する。

 以前に聞いたことがあった、魔族の特徴と一致している。

 彼らのツノは決して大きくはないが、全員が隠すことなく堂々と見せている。魔族にとってツノは誇りの証と聞いている。

 彼らはただ森を歩いているだけではなく、周囲を警戒しながら移動している。まるで敵の襲撃に備えているかのように、緊張感のある動きだ。


「ここは……魔族の領域ってことか?」


 俺は心の中で考えを巡らせる。

 確かに、迷宮の魔法陣に乗った直後に飛ばされた場所がこの森だった。でも、まさか魔族の国にまで飛ばされるなんて……。


 いや、まだ決まったわけではない。ただ、このまま慎重にやり過ごして魔族と思われる集団とは、できるだけ衝突を避けるのがベストだ。

 ……と思った、その瞬間。


 ピクリ

 魔族の一人がこちらを向いた。


「っ!?」


 気づかれたか?

 魔族の一人が鋭くこちらを見つめ、仲間に小さく合図を送る。

 俺の隠密スキルで気づかれるってことは……こいつ、高レベルの気配察知スキル持ちか!?


 俺は舌打ちしながら、瞬時に状況を整理する。

 目の前の魔族たちは10名程度の集団。装備を見た感じ、軽装の者もいれば、重厚な鎧を身に着けた者もいる。


 逃げ切れるか?

 ……いや、この人数相手に走っても無駄だ。


 魔族の中に俊敏な奴がいたら、すぐに追いつかれるし、遠距離攻撃の使い手がいたら、その前に仕留められる可能性すらある。

 俺は観念して、茂みから魔族の前にでる。


「……人間だ、ツノがない」


 魔族の一人が、俺を見て鋭く呟いた。

 ――その瞬間、緊張が走る。

 魔族たちは一斉に身構え、すぐにでも襲いかかるような殺気を放つ。


「……っ」


 最悪の展開だ。

 魔族は人間を敵視している。彼らの領域に紛れ込んでしまった俺を、問答無用で排除しようとするのは当然かもしれない。


「待て、すぐに斬りかかるな!」


 低く響く声が周囲を制した。

 隊長らしき男が前に出てくる。

 身長は俺より少し高いくらいで、鍛え上げられた体に黒い鎧をまとっている。腰には二本の剣が携えられ、鋭い金の瞳が俺を見据えていた。


「隊長、人間だぞ!殺そう!」


 討伐隊の中でも特に攻撃的な者たちが、今にも俺に襲いかかろうとしている。

 くそ、こいつらマジでやる気か!?

 俺は両手を広げ、できるだけ敵意がないことをアピールする。


「待ってくれ!俺は戦うつもりはない!ただ、迷子になっただけなんだ!」


 ざわざわ……

 魔族たちは俺の言葉に一瞬反応したが、すぐに警戒を解かないどころか、ますます疑いの目を向けてくる。


「人間が魔族の国で迷子?ありえん」


「そもそも、なぜここにいる?」


「スパイか?」


 おいおい、話が悪い方向に転がっていくぞ……。


「隊長、こんなやつを生かしておく意味はない。今ここで――」


「待て」


 隊長は俺から視線を逸らさず、静かに口を開いた。


「この人間は、危険な気配がない。嘘もいってないようだ」


 ――その言葉に、場の空気が変わった。


「隊長!?何を言っているんですか!人間が敵意がないはずが……」


「冷静に診てみろ!」


 隊長は静かに言い放ち、剣を抜く気配すら見せないまま、俺を見据える。

 ……わかるってどういうことだ?


「それでも、人間を放置するのは危険すぎる!」


「拘束しろ!」


 ――ちっ、戦闘は避けられたが、これじゃ帰れねぇじゃねぇか!

 魔族たちがじりじりと距離を詰め、逃げ場がなくなっていく。


 くそっ、どうする……!?

 戦うつもりはない。でも、このまま捕まるのもまずい――。


 ――ドゴォォォン!!

 突如として、森の奥から轟音が響き渡った。


「何だ!?」


 魔族たちが一斉に身構える。

 俺もとっさに振り返った――そこには、巨大な影がうごめいていた。


「……ミノタウロス!?」

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