平凡公務員の異世界転移~ガチャにすべてをかける運頼みライフ~

炭酸水

第1話 公務員、異世界に転移する

 自分で言うのも何だが、俺は平凡な地方公務員だ。

「安定した生活」を求めて公務員になったものの、現実は非効率でやりがいのない仕事の山に埋もれる毎日。安い給料に見合わない仕事量をこなす日々は、ただただ虚しいだけだった。


「鈴木くん、ちょっといい?」


 ある日、上司の佐々木課長に呼び出された。嫌な予感がする。

 公務員の仕事は、定時で上がれるイメージが強いけど、実はそうでない。それなりに仕事をこなせる人に負荷が多くかかる、いわゆる働き蟻の原理という、働く人がより働くことを体現したような職場環境である。


「はい、何でしょう」


 下がったテンションで課長のデスクに向かうと、書類の山が目に入った。嫌な予感は的中したようだ。


「鈴木くん、君にこの資料を処理してほしいんだけど……」


 差し出されたのは大量のファイルだった。明らかに一人でこなす量ではない。だが、頼れる同僚がいないのも確かだ。

 公務員あるあるだ。


「これって全部ですか……?」


「うん……ごめん!よろしく!」


 それだけ言うと、課長は自分の仕事に戻ってしまった。本当に人手不足だな……。

 でも、課長も遅くまで仕事しているのを知っているので、文句は寸前で飲み込む。

 仕方なく、ファイルの山に向き合うことにした。しかし、そのほとんどが過去の資料の使い回しで、正直言って面白くも何ともない。そのくせ無駄にページ数が多いものだからうんざりしてしまう。


「はあ……全然終わらないよ……。こんなの全部AIに任せたらできる仕事だよ」


 早く帰って、ガチャをしたい。

 平均という便利な言葉で括られた安い給料をガチャ石に変える毎日は、お世辞にも健全とは言えないが、それでも課金&ガチャの魅力にあらがえない。


 結局、その日は夜中まで残業することになった。

 疲れた身体を引きずって職場を出て、最寄駅を目指す。


「もう、9時過ぎか」


 学生時代は9時なんて、まだまだ夕方な感じであったが、毎日仕事で9時過ぎは正直しんどい。

 何より、5時に帰る人間が大多数で同じ給料もらっているのが理不尽すぎる。


 何度憤りを感じたかわからない人生にため息をつき、ふと前をみると、駅に向かう交差点で、制服姿の高校生くらいの女の子が信号待ちをしている。

 すると、彼女の下から大きめの円形の光が立ち上る。


「あの……大丈夫?」


「えっ、な、何これ?」


 振り向いた黒髪の少女は突然足元から発生した光と声をかけられたからか戸惑いの表情を浮かべる。


「こっちに、これる?」


「うまく、力が入らなくて」


 少女は驚いたからか、足を小刻みに震わせている。

 光がますます強くなる。

 なんだか状況はよくわからないけど、やばそうな雰囲気だけは伝わる。


「腕を掴んでも、大丈夫?」


「お願いします。助かります」


 確認しないと、セクハラで社会的に抹殺される可能性があるからな、と思いながら、腕を軽く掴んで外に出そうとする。


「ん、ちょっと動ける?」


 ふるふると小さな顔を横にふる。

 しょうがない押し出すか、と少女に近づいた瞬間、光はよりいっそう強くなり、視界が眩しくなり俺は思わず目をつぶった。

覚えていたのは、ここまでだ。



 石の床の冷たさと固さで、徐々に意識が戻ってくる。


「どこだ……ここは」


 確か俺は残業してて……。それで家に帰ろうとしていたはず。でもなんでこんなところにいるんだろう。夢か?いや違うな、このリアルな感じは現実だ。


 いったん体に力を入れて起き上がり、状況を把握しようと辺りを見回す。

 目も薄暗さに慣れてきて、何か手掛かりになるものはないかと探していると突然背後から声をかけられた。


「おお……古の伝承通り、成功じゃ」


 ローブを着た男達が何やらこちらに向って感嘆の声を洩らしている。

 と、同時に周りに炎の光のような明かりが灯り、周囲がはっきりと見える。


「うっ、眩しい」


 声のするほうに目を向けると、俺と同じように状況を飲み込めていない制服姿の高校生らしき若者が四人。

 あっ、さっきの女の子もいる。

 下を見ると蛍光塗料で描かれたかのような幾何学模様。

 なんとなくファンタジー小説なんかに出てくるような魔方陣みたいだ。


「ようこそ、異世界からいらっしゃった勇者様方。私はこの国で宰相を務めている者です」


 その中で高級そうなローブを着た男は、俺達に向き直りそう告げた。

 恐らくこの男がこの集団のリーダーなのだろう。その立ち振る舞いは堂々としており、他のロープの人間とは一線を画した雰囲気を纏っているように感じる。


 しかし、召喚されて真っ先に「勇者」扱いするとは。まあテンプレ通りと言えばテンプレ通り。ここまでの流れからして俺達はこの宰相を名乗る男の言っていた“異世界からいらっしゃった”で間違いないのだろう。

 だが、俺はそんな状況でもまだどこか夢心地な気分でいた。


「ここは?」


「どこだよ……」


 他の高校生たちも困惑しているようで、口々に疑問を呟く。


「疑問はもっともです。王と王女に説明していただきますので、こちらにどうぞ」


 宰相はそう言うと、他のロープの人間に指示を出して高校生たちを誘導し始めた。


「なあ、これって夢かな?」


「そうかもな」


「でもさ……あの人たち日本語喋ってるよね?」


「うん……」


 そんな会話が聞こえてくる。

 確かにそうだ。俺は今日本語で会話をしているし、相手の言葉もちゃんと理解できる。

 考えている内にローブを着た集団は移動を始めていることに気づく。今は黙ってついていくしかなさそうだ。



 宰相に連れてこられた部屋は、きらびやかな調度品で彩られた謁見の間だった。中央には大きな椅子が置いてあり、そこには王冠をかぶった男性が座っている。

 彼がこの国の王様だろうか?明らかに他の人間とは違う雰囲気を漂わせているし、その横には煌びやかなドレスを着た女性が立っている。

 宰相が俺たちを連れて部屋の中央に進むのに合わせ、他の人間が跪いたのを見て慌てて真似をする。


「どうぞお座りください」


 宰相の指示に従い、椅子の前に座ると王様らしき人が口を開いた。


「余がこのアースティア国の王、ルドヴィク・フォン・アースティア三世である」


 威厳たっぷりにそう告げる王様。


「私は第一王女のアリア・フォン・アースティアです」


「まず、あなた方を召喚したのは私たちです、勇者様方。どうかこの世界をお救いください!」


 王女と自己紹介した女性がいったこのフレーズ、何だろう。あまりにもテンプレだ。


続け様に王が語る。まとめると、


・北方東に領土を持つ魔族が、突然この国に攻め込んできた。

・今は何とか食い止めているが、前線は戦火にまみれている。

・そんな状態でこの国の民は苦しんでいる。

・すがるような思いで、いにしえに伝承される儀式にある勇者召喚の儀を行った。

・こちらの都合だけで召喚したうえで、身勝手な願いだが何とかこの国を助けてほしい。


 とのことだ。


 王が語り終わったのを見はからって、王女が祈るような仕草で話す。


「この世界は今、魔族との戦いが激化しております。勇者様方、どうかお力をお貸しください」


 召喚された俺たちは、沈黙のままお互いの顔を見渡す。

 男子高校生が2人と女子高校生2人、そしておっさんの俺。

 明らかに、俺は場違いだ。


「あの、それって拒否権は……」


 男子高校生の一人、長身茶髪で爽やかなイケメンがおずおずと手を挙げて質問する。外見では絶対にサッカー部だな。


「申し訳ありませんが、勇者様方にはこの世界を救う義務があります」


「そんな……いきなり言われても困りますよ!」


「身勝手なお願いで申し訳ありませんが、召喚の儀で召喚されたからには、あなた方にその責務を担っていただきたいです。もちろん王国として最大限の援助をします」


 王女の言葉に他の高校生たちも不安そうな表情を浮かべる。

 それはそうだ。今まで平和な日本で暮らしていたのに突然戦えと言われても困るだろう。しかもよくわからない魔族とだ。


「俺達にできることなんてないですよ!」


「いいえ、勇者様方には素晴らしい力が秘められています。それを開花させるためにもまずはステータスを確認させてください」


 そう言って机の中央に置かれている大きな水晶玉に目をやった。いかにも何かを占ってくれそうな見た目をしている。


「この水晶に向かって手をかざし、ステータスオープンと念じてください」


 言われるがまま手をかざす高校生たち。俺もそれに続いて手をかざす。

 手の前に頭のサイズほどのウィンドウが現れ、ステータスが書かれていた。


鈴木和人(ズズキカズト)

巻き込まれた異世界一般人

職業:地方公務員

レベル:1

HP:25

MP:8

力:7

体力:11

魔力:9

耐性:4

敏捷:4

スキル:なし

固有スキル:異世界言語理解、ガチャ


これ、明らかに弱ステータスじゃない?



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