第2話 断罪
ゼペット司教の呼び声に応えてか。
途端に、ガラッ! ガラッ! と孤児院のあちこちのふすまが開いた。
まるでその言葉を待っていたかのような手際の良さ。
ぞろぞろとガラの悪い男達がふすまの奥から現れる。
オルテガ商会のチンピラ達だ。
その数、およそ50。狭い孤児院内に大量のチンピラが溢れた。
ゼペット司教、そのチンピラ達の後ろに隠れつつ糾弾の声を張り上げ続ける。
「あの者は恐れ多くももったいなくも聖女セフィリア様の名を騙る痴れ者……! 聖女にあるまじき、あの巨乳こそが偽者の証よ! 皆の者、教会の名において命ずる! あの異端者を討ちとれぃ!」
「ははっ!」
ゼペット司教の煽りに、チンピラ達が野太い声で応えた。
聖女セフィリア、バチギレ。
「おいいいっ! 聖女は巨乳! 巨乳です! そんなことも知らねーのぅ!? 聖女、大きすぎて困っちゃってるんだが? 歩くとき巨乳が邪魔で下見えないからよくこけるし! それを壁だとか幼児だとか……風評被害やめてくれるぅ!?」
チンピラ達はそんな聖女セフィリアを殺気だった目つきのまま取り囲む。
剣や斧など各々武器を手に、じりじりと迫りつつあった。
セフィリアは、呆れたように小さく溜息。
「男の人っていつもこう……。ちょっと~、いくら僕がセクシー聖女だからっってそんな目で見るのもうやめて~? セクハラですよ? あんたたちが見ないといけないのは現実。ちゃんと見て? 僕が聖女だっていう、間違いない現実がこれ!」
ばっ、ともろ肌脱ぐかのように背中を見せつけるセフィリア。
だが、そこにある聖女の証、背中から生えた翼を見てもチンピラ達は恐れ入った様子もない。
ゼペット司教が強い口調で言うからだ。
「あんな翼などトリックだ! 惑わされるな!」
「ああ、もう腹たつぅ! 本物だって言ってんのに!」
地団太を踏む聖女セフィリア。
その様子は、周囲の状況にまるで無頓着に見える。
隙だらけ。
そう見えたからだろう。
じりじりとにじり寄っていたチンピラの1人がセフィリアの背後から、
「……でやあああ!」
キン! ずばー!
「ぐわあああああ!」
切りかかってきたチンピラの刃を弾き飛ばし、返す刀で袈裟斬りにする聖女。
ふっ、とドヤ顔で微笑み、
「……安心して? 峰打ちだから」
そうのたまった。
聖女たるもの、刃を使って血を流させるなどもってのほか、ということか。
「ロングソードで峰打ち、だと……!?」
「骨、べっきべきに折れとる……」
チンピラ達が一瞬怯む。
だが、次の瞬間、
「……ええい、なにを臆しておる! 一斉にかかれ! かからぬか!」
ゼペット司教の怒声に背を押されたか、チンピラ達は猛然と切りかかってきた。
「でやあああ!」
キンキン、ずばー!
「ぐわー!」
「でやあああ!」
キンキン、ずばー!
「ぐわー!」
聖女セフィリアが剣を振るう毎にチンピラ達の身体が積み重なっていく。
でやあああ!でやあああ!キンキンぐわー!キンキンぐわー!キンキンキンキンキンキンずばー(ぐわー!)!
「ひ、ひえ……! あ、あの偽者、相当の手練れですぞ、司教様!」
「ほっほっほ、慌てるでない、オルテガ」
ゼペット司教、これだけの剣技を目の当たりにしても少しも動じない。
「いくら腕が立とうと、所詮は多勢に無勢……! いずれ力尽きて討ち取られるのが関の山よ。こちらは奴が疲れ果てるのをゆっくり待てばよい」
「おお、さすがは司教様! へっへっへ、あの偽聖女の命も風前の灯火というわけですな!」
手を擦るオルテガ。
ゼペット司教は余裕の笑いを漏らす。
「ほっほっほ、あの小娘、仲間も無く1人で飛び込んできたのが運の尽き」
「仲間ならいるさ!」
そこに突然の横やり。
「な!? 何者だ!?」
「とうっ!」
がしゃーん、と孤児院の窓をぶち破って突入してくる二つの人影。
一転着地して、すっくと立ちあがるその姿は異形だった。
赤の全身フードに、聖具を象った長槍を手にしている。
真っ黒なとんがり帽を被り、その下の顔は面で覆われて見えない。
しかし、なんと不穏な面か。
鳥のくちばしのように、長く尖った鉄仮面。
それは疫病の際に墓掘り人が着けるマスクのようだ。
「なんだこいつら!?」
「かまわねえ! やっちまえ!」
血気にはやったチンピラ達が問答無用で彼等にも襲いかかる。
だが、ぶすー!
「ぐわー!」
血を振りまいて倒れたのはチンピラ達の方だった。
「おい、セレスぅ! おイタが過ぎるぞ!」
「聖女様、お1人で乗り込まれては私共の胃がいくつあっても足りません」
「だってだって、早く助けてあげたかったんだもん!」
乱入者達に責められて、聖女セフィリアは言い訳をかます。
「な、なんだあのへんな格好した連中は!? 司教様、あれはあの娘の仲間なのですか!?」
「あ、あれはまさか古の異端審問会……!? い、いや、きゃつらは何百年も前に滅んだ闇の教会組織のはず……。こんなところに出てくるはずが……」
ゼペット司教、絶句する。
異端審問会装束の2人は聖女ほど慈悲深くはなかった。
峰打ちなどしない。
容赦なく刺し、斬り、刎ねた。
「ぐわー!」「ぐわー!」「ぐわー!」
チンピラ達がバタバタと倒れていく。
「ひ、ひえええ……」
「ば、バカな……精鋭のチンピラ50人がたった数分で3人相手に全滅……?」
もはや残っているのはゼペット司教と奴隷商オルテガのみ。
異端審問官2人を脇に控えさせ、聖女セフィリアは手にした聖剣をゼペット司教の喉元につきつける。
「最早ここまで。ゼペット司教、潔く聖職者としてのけじめをつけなさい」
「く……っ! かくなる上は……!」
ゼペット司教、仕込み聖印から刃を抜いた。
「わし自らの手で偽聖女を成敗してくれる!」
「……! 愚かな!」
キン……!
硬質な音が響いた。
次の瞬間。
ドサッ。
重いものが床に転がる音。
「セレス!?」
「聖女様!?」
異端審問官2人が安否を確かめるように叫ぶ。
というのも、聖女セフィリアが胸を押さえ、膝をついていたからだ。
それを見下ろして、ゼペット司教が哄笑する。
「ほっほっほ! 見よ! わしが偽聖女を打ち倒したぞ!」
「さ、さすが司教様!」
「ほっほっほ! ……ん? なんじゃこれは?」
ゼペット司教はどこからか床に転がってきた大きな丸い物体に目をやった。
それは大きな高級メンロの実。
そして、か細い声がしてくる。
「……ゼペット司教さあ……ひどいよ」
聖女セフィリアだった。
切り裂かれた胸に手を当て、俯いている。
「……こんなことされたらさ……悲しいじゃん……」
「ふん、偽聖女が! 思い知った……か?」
ゼペット司教は違和感に気づいた。
聖女セフィリアの様子がおかしい。
何か違う。なにか……。
「……! 貴様、胸が……!?」
はっ、として言葉を失うゼペット司教。
聖女セフィリアの片胸が無くなっていた。
大きな高級メンロの実のような大きさだった胸の片方が……。
聖女セフィリアが顔を上げる。
とても悲しそうな眼をしていた。
「……これを見られたら……」
「義乳とは……! で、では、貴様は……い、いや、あなた様は本当に本物の……」
「……もう殺すしかなくなっちゃったよ」
すっ、と異端審問官たちがゼペット司教と奴隷商オルテガの傍らに音もなく忍び寄っている。彼等の手には血塗られた槍。
そして、聖女セフィリアは意を決したように言い放った。
「……断罪!」
「ぐわー!」
孤児院に断末魔が二つ響いた。
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