暴れん坊聖女

浅草文芸堂

第1話 聖女セフィリア


「ほっほっほ……それにしてもお主も悪よのう。あどけない子供を奴隷として売り飛ばし大金をせしめるとは」

「いえいえ、私など司教様に比べればとてもとても……。教会孤児院の子供を養子先が見つかったと騙して、私共に格安で下ろしてくださるとは……」

「なあに、もとはタダみたいなもの。これまで孤児院で大事に育ててきた分、役に立ってもらわねばのう。それに、子供たちに試練を与えるのも天に仕える者の務めというもの」

「へっへっへ……この子供達も、今までどんなに天国みたいなところで生きてこられてたのか、これから思い知ることになるでしょうな」

「これこれ、滅多なことを申すでない」


 人の好さそうなやせぎすの老人が、太っちょの商人を窘める。


「そんな話を聞いたら、子供たちが不安がるであろう?」

「これはお優しい……!」

「これから先のこと、知らぬ方が幸せというものよ」


 ほの暗い蝋燭が照らすだけの暗い室内。

 粗末なテーブルに座って商談を続ける2人の脇には、縛られた子供が5人ほど転がされている。

 いずれも身寄りがなく、孤児院に引き取られた子供達だ。

 皆、猿轡をかまされ、声を上げることもできない。


 商談がまとまったのか。

 太っちょの商人が恭しく桐の箱を老人に差し出した。


「……では、こちら、お約束の品にございます」

「ふむ? ということは?」

「へっへっへ、金色のお菓子でございます」

「ほっほっほ、わしはこれに目が無くてのう」


 やせぎすの老人はニコニコしながら菓子折りに手を伸ばす。


「ほっほっほ……こうして稼いだ金をバラまいて、次の枢機卿には、このわしが……」

「ゼペット枢機卿猊下の誕生というわけですな。その際には、私共の商会を是非ご贔屓に……」

「お主にはこれからも力を貸してもらうぞ、オルテガ?」


 ふっふっふ……はぁーっはっはっは!


 悪党2人が高笑いを上げたその時だった。


「ぐわー!」


 バーン! と、孤児院の扉が突き破られ、商会のゴロツキが転がり込んできた。

 ゴロゴロゴロ、ドサッ!

 見張り役だったゴロツキだ。今や、倒れ伏してノビている。


「な、なんだ!? なにごとだ!?」

「ぎゃあー!」


 続いてもう1人。


「ガサ入れか!? 司教様!? これは一体どういう?」

「いや、そんなはずはない……! 衛兵共に鼻薬は嗅がせておいたはず……!」


 ゼペット司教と奴隷商オルテガ、席から腰を浮かせかけた。

 そして、


「……話は全て聞かせてもらったよ」


 ぶち破られた孤児院の入り口扉から、小さな人影がゆっくり姿を現した。

 それは華奢な体つきの少女だ。

 整った顔つきはため息が出るほど凛々しい。

 革の鎧をまとっているところをみると、冒険者だろうか。

 手にした長剣を構えている姿も堂に入っている。

 銀の髪が神々しかった。

 だが、一番目を惹くのはその大きな胸だ。

 細い体に似つかわしくない巨乳。

 まるで高級メンロの実を二つぶら下げたような圧倒的存在感……!

 透き通るような声で、少女は司教に告げた。


「まさかゼペット司教ともあろうお方が、孤児たちを秘密裏に奴隷として売りさばいていたなんてね……みなしごたちの保護をあんなに訴えていたのに、その実、私利私欲のためだったなんて、教会本部が知ったら破門じゃ済まないよ」

「ぐぬ……」


 好々爺の表情をかなぐり捨てて、ゼペット司教は顔を歪めた。

 

「貴様……何者だ?」


 司教の顔色が赤黒く染まっている。

 怒りでオークのような顔つきになっていた。


「衛兵ではないな? となると、正義感でトチ狂った冒険者風情か……!」

「司教様! こやつをこのまま帰すわけには……!」

「もちろんだ! 愚かな娘よ、首を突っ込まなければ死なずに済んだものを!」


 ゼペット司教達の言葉に、少女はふっと笑う。


「へえ? 僕をどうするつもり?」

「貴様ごとき木っ端冒険者、1人2人消そうが誰も気にせぬわ!」

「木っ端冒険者ねえ……。ゼペット司教? 私の顔を見忘れましたか?」


 少女は突然、落ち着いた調子で話し出す。丁寧な、それでいて威厳に満ちた言葉。

 奴隷商オルテガはそれを鼻で笑った。


「ふん、司教様がお前のような冒険者風情を知るわけが……」


 オルテガがそこまで言いかけたところで、ゼペット司教の顔色が赤から青に変わる。


「……ま、まさか……!? い、いや、このような場所にあのお方がおわすわけが……」

「これを見ても、まだ思い出せませんか?」


 少女がくるりと背を向けた。

 少女の皮鎧の背面。そこには宙に浮かぶ2対の小さな翼がついている。

 翼は、少女の身体から生えているわけではない。

 だが、それは明らかに少女の背中の一部となっていて、少女が動くたびにそれに合わせてふわふわと揺れ動いていた。

 それを見て、奴隷商オルテガも目を剥き、喘ぐ。


「そ、それは、天翼!?」

「聖女様が御使いとして、天より与えられし聖なる翼……天へと昇るための奇跡……ま、まさか、まさかまさか本当にあなた様は聖女セフィリア様にあらせられるか……!」


 ゼペット司教、雷に打たれたかの様にのけ反り、それから我に返ったのか、


「は、ははーっ!」


 平身低頭、身を伏して聖女セフィリアに恭順の意を示した。

 それを見て、慌てて奴隷商オルテガも平伏する。

 そんな彼等の頭上に、聖女セフィリアはその鈴のような声を投げかけた。


「……ゼペット司教……天の名を騙り、最も保護されなければならない哀れな孤児たちを、あろうことか奴隷として売り払って私腹を肥やすなど言語道断……もはや言い逃れはできません。あなたは異端です。教会会議で厳しい処置が下されるでしょう……追って沙汰をお待ちなさい」

「し、司教様、わたしらはこれからどうすれば……」

「……違う」

「は? ど、どうなされました司教様?」

「違う! 違うぞ! オルテガ! お前の眼は節穴か!? あのようなものが聖女様であるはずがない! 偽者だ! 聖女様の名を騙る不届き者よ!」


 ゼペット司教は、くわっとばかりに立ち上がり、聖女セフィリアを睨みつける。

 聖女セフィリアは落ち着いた様子で、それを受け止めた。


「見苦しいですよ、ゼペット司教。私のどこが偽者だというのです?」

「聖女様がこんな巨乳のはずがない!」

「はあーっ!?」


 聖女セフィリアは素っ頓狂な声を上げ、ゼペット司教は弾劾する。彼女の大きな胸を指差して。


「ふざけおって! なんだその胸は! それは聖女様には無いものだ!」

「そ、そういえば、聖女様といえば可憐で儚げで無垢な幼子のようなお方と聞いたことがある……あれは幼子の胸とはとても言えませんな!」


 聖女セフィリア、言葉を荒げた。


「おいっ!? 喧嘩売ってんの!? ゼペット! お前、よく思い出せ! 聖女様巨乳だろうが! いつだって滅茶苦茶デカかっただろうが! どこに目ぇつけてんの!?」

「いいや! 聖女様は世界で最も美しき壁の持ち主のはず……! それを冒涜するとは許せぬ! 者ども! 出会え出会え!」


 激高したゼペット司教が叫んだ。

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暴れん坊聖女 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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