画狂老人卍転生奇譚
矢車寝子
第1話 マンガ
「はいはい皆-!列から外れないようにね!
今日のルールは分かってますよね!走り回らないように。」
担任の先生の言葉に、皆が耳を傾けた。
「あれ?1人足りない?居るなら返事してー!」
「はい!先生ここです、ここに居ます!」
「あー良かった!一色君ちゃんと居たわね」
先生は安堵の息を漏らした。
「それじゃあ皆、相手を見つけて2人1組になって見学してくださいね」
僕らは今、学校の校外学習で美術館に来ている。今日来ている美術館は、一言で説明するとしたら"マンガをメインに取り扱っている美術館"で、すごく楽しみにしていた。大抵は美術館というと、堅苦しいイメージで静かで行儀良く見ないと、いけないんだけど今日はそんな事ない、あちらこちらに色んなマンガが、置いてあって歩いて見て回るだけでも、すごく楽しくてドキドキしてまさに胸が踊るとはこの事だ。世界中の色んなマンガが、置いてあって大昔の古い作品とか、僕の知らないジャンルの作品もたくさん置いてある!
「丈助君一緒に組まない?」
誘ったけど丈助君は、僕に気が付かず他の人と組んで向こうへ歩いて行った。
「いいよ。大丈夫、気にしないで」
「ねぇ航平君ダメかな?あっ紅葉と組むの?そっか彼女話しやすいもんね」
航平はさっさと紅葉と組んで歩いて行った。
「修司君。僕だよ若葉、一色若葉だよ。登校班一緒だしそれに僕たち従兄弟だよ?」
修司は、僕の顔をじっと見つめていた。
「あっねぇねぇ!」
「やぁ行こうか」
2人は行ってしまった。
「分かった!じゃあまた今度組もうね」
「じゃあ一色君また先生と一緒に組もうか」
そんな僕を、見かねてもしくは哀れに思って、先生が僕に話しかけてきた。
「はは、えーと……そうですね、はい」
また、こうなってしまったと思い顔を俯けた。
僕の目の前で、皆が2人組を作って集まり賑やかに、楽しそうに話しているのが目に入る。
自分だけがあの集団の輪の中に、入れていないように思えて仕方ない。
僕と先生の2人は、彼らの集団から少し離れた位置から追いかけていた。
「ねぇ先生早く行こうよ。置いて行かれるよ」
「置いてかれる事はないから大丈夫よ」
そうして僕は、先生と一緒に歩き進んだ。
美術館の職員さんの案内で、僕達は江戸時代の戯画本・木版画が展示、解説しているフロアへやって来た。
「いいかい逸れないでね。ここにある展示物には触れないように気を付けてね。さぁ皆、江戸時代の漫画の世界へようこそ!」
一呼吸置いて、職員さんが話し始めた、
「皆さん、こんにちは!今日は江戸時代の浮世絵や戯画についてお話ししたいと思います。最近、江戸時代の浮世絵をテーマにした美術展や専門誌の特集が人気を集めていますよね。でも、実はマンガという観点から江戸戯画を読み直す試みはあまり行われてこなかったんです。
私たちは、これらのユニークな作品たちから現代のマンガ文化の萌芽や連続性を見出すことで、マンガ研究だけでなく美術史にも新たな視点を提供できると考えています。江戸戯画や明治・大正期の諷刺マンガ雑誌は、実はとても興味深い歴史を持っているんですよ。
ちなみに、当館に収蔵されているこれらの作品のほとんどは、著名なマンガ史研究家が集めた素晴らしいコレクションなんです。彼の情熱があってこそ、私たちはこの貴重な資料を皆さんにお見せできるわけです。これからも江戸戯画やその後のマンガ文化について、ぜひ一緒に考えていきましょう!」
説明を聞きながら、皆の顔が驚きと圧倒で口を開けた状態で、突っ立って居るばかりだ。
そこで職員さんが僕たちを見回す。
「ではここで1つクイズを出します。日本が誇る有名な浮世絵師で、特に皆も一度は見たことある大きな波の絵などで、世界に絶大な影響を与え、大衆に広くアピールした最初の漫画家は一体誰でしょう?」
はい!はい!はい!はい!はい!
皆が一斉に手を挙げ出した
「かつしかほくさい!!」
「そう!大正解!!」
そう言って職員さんは微笑んだ。
「じゃあこの中で1番絵が上手い人〜?」
はい!はい!はい!はい!はい!
今度はさっきよりも、何だかずっと熱気があるように思える。僕も負け時と手を挙げよう!
「あっはい!ここだよ!緑のリュック背負った!2時の方向!!」
「はーい!!俺だよ俺!!」
「いやいや俺だってば!!」
皆自分が呼ばれるように、アピールし出した。
「ねぇねぇこっち見てってば」
段々とその熱気が加速していって、皆が声を張り上げて自分を猛アピールしている。もうなんだか頭に響くくらいに、すごくうるさくなってきた。
1番後ろにいる僕も全力でアピールしよう。
「僕がこのクラスで1番だ!!!」
そう言った途端に、一気に静まり皆が振り返って僕の顔を見つめる。皆に注目されて、僕は内心誇らしくて嬉しかった、そして気付いたら頬が緩んでいた。
よくよく見ると皆は僕の後ろを注目していた。
僕も確かめようと後ろを振り返る。
そこには向こうから、こっちに向かってテレビや雑誌で見るような有名な漫画家が5、6人が歩いて来た。僕も皆と同じように、驚いて口を開けてじっと見続けていた。
こっちに歩いて来た、その中の1人が僕たちに話しかけてきた。
「やぁ皆、こんにちは。今日は学校の校外学習で来たのかな?」
皆が同時に大声で答えた。
「そうです!!!」
「えぇ、そうなんです!皆さんのような立派な漫画家になるにはどうすればいいのか見学しに来たんです」
今度は担任の先生が質問した。
「君達はとても運がいいよ。僕がどうやってマンガ家になったのか教えてあげよう。今から話す大学に通って勉強したんだ。その名は江戸藝術大学。通称"エドゲイ"だ。1番の美術大学だよ。」
うわ~めちゃくちゃ凄いな1番かぁ。
「1番は"マンゲイ"だろ」
隣を歩いていた大柄な男が答えた。
「え~どうかな~(笑)」
大柄な男はそそくさと歩いて行って。
「ここにいる皆は僕たちを見てどっちの大学が1番か決めてくれるかな?」と言い小声で「エドゲイだよ」と答えウインクした。
僕はこの歳ながら、この人はスマートで物腰が落ち着いて、これこそ理想的な大人のように思えて羨望の眼差しで見つめた。
僕はあの人達を追いかけようと歩いた。
「おっとここからフロアの奥には入らないでね。関係者以外は立ち入り禁止なんだ。ごめんね。」
職員さんにやんわりと、注意されてしまった。僕はまた失敗してしまい落ち込んだ。
皆が前に飛び出して、展示物に見ようと群がってきた僕はまたしても後ろの隅の方に追いやられてしまった。皆が背負っている、リュックがぶつかりそうになったりした。
「うわ、もう!押さないでよ。顔にぶつかりそうになったよ!」
背の高い人ばかり前に集まって全然見えない。
「うわ〜すっげぇな」
「見て!あっちに置いてあるデカい絵もすげぇよ!」
僕だって見たいのに……皆僕のことなんてお構い無しに楽しそうに見ている。
「ねぇ皆聞いてよ!背の順に並んで見た方が絶対いいってば!」
僕の言葉が全然みんなの耳に届かない……
僕は皆が立って見ている、僅かな隙間から覗き込むことしかない出来ない。
肩越しにチラッと見えるだけでもやっぱり見えやしない……うわ〜どうしよう。
「俺も漫画家になりたいな〜」
「ね!わたしも!」
僕の前に居る奴2人が言った。
「ねぇ僕も見たい!少しは後ろに下がってよ!退いてってば!!」
僕は彼らを退かそうと肩を掴んだ。
すると彼は振り返り、僕の顔を見てきっぱりこう言った。
「邪魔すんなよな、一色。お前みたいなの漫画家になれる訳ないだろ」
そんなに酷いこと言わなくてもいいのに。
すると後ろから足音が聞こえてくる。
おそらく事務の人が、こちらに向かって大きな荷物を運びながら歩いてきてる。そうだいい事思い付いた。あの荷物に隠れながらなら、奥へと行けるんじゃないか。
「村井君フロアの奥には入っちゃダメよ!」
担任の先生が注意した。
「せんせ〜若葉くんがフロアの奥にいる~」
えっ!?と思い先生はフロアの奥を確認する。
すると一色若葉は奥の"研究・資料閲覧室"の前に立っていた。
「あっ!!一色君なんでそんなところに!?」
一色若葉の目の前には先程、話してくれた漫画家の先生が研究・資料閲覧室のドアを開けて中に入ろうとしていた。目の前で入っていくのを目で追いかけてそして遂に若葉も続いて中に入ってしまった。
わ〜凄い中は薄暗いんだなぁ。
この部屋そこまで広くはないけど、所狭しと棚がたくさん置いてあるな。
中に入って最初に思ったことは、それだった。
少し向こうにさっきの人が歩いてるのが見える。見つからないように棚の影に隠れた。
何か探してるのかな?あっちこっち歩き回っている。僕は見つからないように、あちらこちら棚や物陰に隠れながら進んだ。
すると一瞬あの人が振り返って、こっちに来そうになった。僕は急いで近くにあった戸棚に隠れた。おそらく数秒間くらいだっただろう、僕はその間息を殺してやり過ごした。
大丈夫だ、何とか見つからなかった。その時僕の肘に何か当たった。それはすごく分厚い本だった。何かは分からないけど、とても貴重な本な気がする。僕は試しにその本をめくってみた。めくってそれが目に入った瞬間、僕は思わず息を飲んだ。心を鷲掴みにされてしまったんだ。
わぁなんだこれ……!?いや凄すぎるだろ!!
その絵は今の少年漫画雑誌でも、連載されてるようなページ全体を使い、見開きいっぱいに書かれた大きな絵がそこにはあった。
左のページにラスボスっぽいのが、座ってそこから光が飛び出して、これ多分だけど集中線かな石や色んな物が飛び散って右のページに何人かが吹き飛ばされている、そんな絵だ。
ずっと、ずっと大昔に書かれた絵なのにまるで最近書かれたマンガの絵みたいだ。
次のページをめくると、その絵に関する説明が書いてあった。
『武将鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』《ちんぜい はちろう ためとも がいでん ちんせつゆみはりづき》続編巻之三 文化5年(1808年) 曲亭馬琴/作 葛飾北斎/画
これあの葛飾北斎が描いた絵なんだ。波の絵くらいしか、知らなかったけどバケモンみたいな人だな。何百年も昔に、今のマンガに通じるような絵を既に書いてしまうなんて。流石に時代を先取りしすきだろ。僕は段々と興味が出てきて、他の本も手に取ってパラパラとめくってみた。そこで目に付いたのが、僕でも知っているくらい有名な、あの大きな富士山の絵の『富嶽百景』についての説明だ。北斎は75歳の時に、これまでの自分の人生を振り返り、そしてこれから自分が目指す新たな絵師についての決意表明がそこに書かれてあった。
「己六才より物の形状を写の癖ありて
(私は6歳の頃から、物の形を写し取る癖があり)
半百の此より数々画図を顕すといへども
(50歳を迎えてから、多くの作品を発表してきたが)
七十年前描く所は実に取るに足ものなし
(70歳になる前に描いた作品は、実際にはあまり価値のないものだった)
七十三才にして稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
(73歳の時に、鳥や獣、虫、魚の骨格や草木の成り立ちを理解することができた)
故に八十歳にしてハ益ゝ進み九十歳にて猶其奥意を極め
(そのため、80歳でさらに研鑽を重ね、90歳にしてその深い真髄を究めた)
一百歳にして正に神妙ならん歟
(100歳にして、まさに神秘的な境地に達しているのではないかと思われる)
百有十歳にしてハ一点一格にして生るがごとくならん
(100歳を超えた頃には、筆の一筆一筆がまるで生きているかのように感じられることでしょう)
願くハ長寿の君子予が言の妄ならざるを見たまふべし」
(どうか長寿の神よ、私の言葉が嘘偽りでないことを見守ってください)
画狂老人卍
僕はこの人間の生き様に心を奪われた。
部屋から出て扉を閉める。扉の周辺には20~30人の人だかりが集まっていた。皆一様に驚きと心配の顔を向けこちらを注目していた。
「えっ……なに??」
後ろを振り返ると、もちろん僕がそこに居た。あの人の影になって出てきたんだ。
皆僕を心配そうに見つめて色々聞いてくる。
あの人は、なんだか僕を少し哀しそうな目付きで、僕のことを見てゆっくりとこっちに歩いてくる。
「こんな事をしては絶対にダメだよ。部屋に居たなんて全く気付かなかった」
僕は怒られて顔を俯いた、心苦しかった。
「でも凄いな。本当に気付かなかったんだよ」
そう言って胸ポケットに、挿していたボールペンを去り際に僕に渡してそして歩いて行った。
「もう一色君!何か先生に言うことがあるんじゃないの?分かるでしょ?」
怒り心頭で言ってくる先生を前にして、そこで僕は思い切って言ってみた。
「マンガ家になるにはどうすればいいの?」
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