第二話 姫魔剣士様の華麗なるお仕事
クーネ「ふあああ……」
その日、私はいつものように勇者の隣で目覚めた。
アンネ「あ、クーネ、やっと起きたのね? とりあえず、服を着て――、勇者様も起こして頂戴」
そんな感じで、いつものようにベッドを整えようと、私達の起床を待つ姉様が言った。
姉様はスカートの短めなワンピースを身に着けていて、――今日も可愛さが限界突破している。
私は自然に――、そのお尻に手を伸ばしてナデナデした。
クーネ「姉様~~、ぐふふ……」
アンネ「もう、どこかの誰かみたいな事をしないの……。早く起きてクーネ」
クーネ「むう……」
その姉様の言葉に、私は頬を膨らませたが――、不意に私のお尻でおかしな感覚を得て、後ろで眠る勇者の方を見た。
勇者「……ぐう」
クーネ「……」
勇者――、此奴、寝ながら私の尻を撫でておる。……おのれ――。
ドカ!
勇者「あて!」
私は――、さっきの私自身の行動はどこへやら――、勇者を蹴り飛ばしてからベッドを下りて立ち上がった。
とりあえず、一旦は近くに放置されている服を身につけて、自分の個人部屋へと向かった。
――それから一時間後……、私は活動的なワンピースに、いつもの複合装甲鎧を装着して、背中に愛用の【魔剣グランバスター】を背負って魔王城の表へと出た。
簡単な準備運動の後に、とりあえず魔王城の周囲を、全速の約四割ほどの脚力で三周ほど走る。――魔王城の窓から勇者が私に声をかけてきた。
勇者「相変わらず元気だな――。俺ではクーネみたいな習慣を続けるのは無理だな」
クーネ「勇者! そんなに怠けてると――、カンストしてる【星神加護(=クラス)】のレベルが落ちるよ。――私は……、まだレベル上昇の余地があるから、こうしてるだけだし」
勇者は苦笑いしながら手を振ってくる。――そのうちに勇者を鍛錬に連れ出す必要があるだろう、そう私は思った。
この世界のあらゆる生命体には、世界の管理者である【星神】からの、いわば【加護(=ギフト)】が与えられている。
そういった【加護】の種類によって、いわゆる【クラス】が成立しているのだが……、【クラス】ごとの鍛錬や経験によってそれは段階的に強化――【レベルアップ】がなされてゆく。
そして得られるのが【能力補正】と【固有特性(=スキル)】であり、それで【クラス】ごとに大幅な各種能力の変動が起こる。
例えば――、戦士系の【クラス】である人間の運動能力は、そうでない【クラス】の運動能力を恐ろしいほどに上回り、そして【クラスLv】によってもその差は生まれてゆく。
まあ、人間の場合、他の種族と違い【加護調整(=クラスチェンジ)】という技術が広まっているので、少なくないコストを支払えば、ある程度は自由にそういったものを変化させられるのだが。
――そういえば、勇者のクラス【勇者】は、他と違って【クラスチェンジ】不可だったっけ? そして姉様のクラス【聖女】も……。
そういうのを【特異加護(=ユニーククラス)】と呼ぶのだと、ほんのしばらく前に私は知った。
――とりあえず魔王城外周を周回した私は、そのまま魔王城の郊外へと走ってゆく。道行く魔物たちが、私に向かって笑いながら手を振ってくれた。
クーネ「ふむ――、今日もいい天気だな!」
そうして街道を爆走してゆくと――、目前に大きな身体の魔族が立っているのが見えた。
私は手を振りながらその魔族のもとへと向かった。
ガルンテル「む? クーネリア殿? ちょうどよかった、今から魔王城へと向かうところだったが」
クーネ「え? ガルンテルさん? 勇者になんか用事なの?」
そう言って首を傾げる私の腰に、小さな子どもたちが抱きついてくる。
リッカ「おう! くーねねえちゃん! おはよう!」
フム「くーね! あそぼう!!」
クーネ「おう! おはよ! リッカ、フム――」
二人は嬉しそうに私に元気な挨拶をした。私もそれに答えた後、すぐにガルンテルさんの方に目を向けた。
ガルンテル「ふむ……、直接勇者に――、とも思ったが、まあクーネリア殿でもいいか」
クーネ「ふん? どういう事?」
ガルンテル「実は――」
ガルンテルは静かに話し始める。――その話を簡単にまとめると……。
ここから数十キロほど離れた場所――、そこでガルンテルさんの知り合いが、人間の兵隊らしきものを目撃したというのだ。
そして、その兵隊たちはキャンプを作って、そこで何かをしているらしい――と。
私はそれを聞いて顔をしかめた。
クーネ「むう……、それは、条約違反じゃない」
ガルンテル「ああ――、その通りだ」
今現在、魔界へ部隊規模の人間の兵隊を送ることは禁止されている。
勇者の、終戦直後に行った宣言を元に――、【魔界再生事業】に関する条約が作られ、魔界再生事業はその住人たる魔物・魔族たち主導で行うこと、状況が安定するまでは勇者とその関係者による【暫定統治機構】による補助的統治が行われるということ、そしてそれ以外の人類圏国家による軍隊レベルの介入を一律禁止すること、そういった取り決めが示されていた。
こういった条約は、かつての魔界による人類圏への侵略を反省し――、人類圏からの魔界への逆侵略を……、同じ悲劇を繰り返さないように勇者主導で決められたことであった。
人類圏の各国家はその条約を批准し、お互いに監視する体制を取っているのだが……。
クーネ「わかった……、見た場所を教えて――、一旦私一人で見てくるわ。ガルンテルさんは、このまま魔王城へ向かって、勇者にその話をして」
ガルンテル「一人でいくのか? そもそも結構遠いぞ?」
クーネ「まあ……走っていけば、そんなに時間はかからないでしょ? 【魔法保存の巻物(=スクロール)】を用意するのもめんどくさいし」
私はガルンテルさんから場所を聞くと、すぐにその方向を確認して【クラウチングスタート】の体勢にはいる。
そして、足に力を込めてから全速の七割ほどで発進した。
リッカ&フム「うおおおお?!」
その瞬間発生した突風でリッカとフムが軽く飛ばされる。ガルンテルさんは空中で二人をキャッチして呆れ顔で言った。
ガルンテル「相変わらずだなクーネリア殿は――。人間の姫というのは、もう少しか弱いものをイメージしておったが」
リッカ「すげ~~、もうみえないよ!」
フム「おじいちゃんもあれできるか?」
ガルンテル「全盛期ならまだしも――、今は無理だな」
そう言ってガルンテルさんは苦笑いを浮かべた。
◆◇◆
私は目標となる場所へ一直線に爆走する。道なき道を走り抜け――、無論、途中で誰かを跳ねないよう気をつけつつ、目標の近くへとやってきた。
クーネ「ふむ……、走って一時間半ってとこかな?」
私はそう呟くと、見晴らしの良い高台を探す。すぐに見つけて、そこへと向かうべく崖をジャンプしながら登っていった。
その頂点に立つと――、遥か森の向こう、小さな山の麓になにかの煙が立っているのが見えた。
クーネ「あれだね――」
私はそのままジャンプして空中で身を翻し――、そのまま崖下へと降下して脚から着地、そのまま認めた目標へと走り始める。
クーネ「ここらへん?」
しばらく走った後、速度を緩めて静かに目標へと忍んでいった。
そして、しばらく行ってから木陰に隠れ、先を覗き込むと――、そいつらはいた。
◆◇◆
リカルド「……で? 採掘結果はどうだ?」
配下兵士「現在、全体の約七割ほどを確保済みです」
リカルド「なるべく急げ……、どこぞの魔物にでも見つかったら厄介だからな?」
配下兵士「了解いたしました」
リカルドは兵士が忙しく働くさまを見ながらため息を付く。
リカルド(……正直、魔界になど来たくはなかった。しかし――、我がギルマー王国と、兄上のためならば……)
リカルドは、現在こうして魔界に潜入している兵士たちの主人である。ギルマー王国の国王の弟にして、それを補佐する役職についている貴族こそ彼であった。
そして、現在目前で働く兵士たちは彼直属の私兵であり、明確にはギルマー王国の正規軍ではなかった。
リカルドは顔を苦渋に歪めながら、それでも真剣な表情で兵士たちに命令を送る。
リカルド「急げ……、何者かに気づかれる前に、魔鉱石の採掘を終えるのだ!」
現在、彼らが行っているのは、魔界に多く分布している高価な魔鉱石の採掘であった。
それを持ち帰って、裏で売りさばいて――、それで現在の苦しいギルマー王国の財政を立て直す算段であった。
リカルド「これだけの魔鉱石があれば――、我が王国は救われるのだ! ――それを忘れるな!」
――と、不意に近くに控えていた、【戦術魔法士】の一人が驚いた様子で声を上げる。
戦術魔法士「――これは……、リカルド閣下!!」
リカルド「ん? どうした?」
戦術魔法士「展開中の【警戒領域】に反応あり! 警戒度――、重度?!」
リカルド「何?!」
その言葉を聞いてリカルドは顔を青ざめさせる。
警戒度が重度であるということは、クラスLv30以下の集団、もしくはクラスLv50――、又はそれ以上の単体、が接近中である事を示している。
慌てた様子でリカルドは兵士たちに命令をくだす。
リカルド「周辺を警戒――、対象が既にこちらを捕捉済みである場合は、なんとしてでも殲滅するのだ!」
配下兵士「……!」
兵士たちが慌てて武器を手に陣形を組み始める。――戦術魔法士たちもそれに倣った。
リカルド(く……、まさかあと少しと言うところで……)
リカルドはそう心のなかで思いながら顔を歪めた。
◆◇◆
兵士たちが警戒行動を始めるのを見て、私は自分が何らかの方法で捕捉された事実を理解した。
クーネ(あちゃ~~、失敗した……。知識魔法――、【警戒領域】あたりかな?)
それなら、こちらのことは大雑把にしかわかっていないはずである。
そもそも、こちらの正確なデータがわかっているなら、彼らは警戒行動ではなく、――一目散に逃げる算段をするだろう。
私はため息を付いて――、警戒行動中の兵士達の方へと歩いていった。私を視界に捉えた彼らは、武器を構えながら警告を発した。
兵士「動くな!! 貴様は――、人間?」
補足した対象が、魔物、もしくは魔族だと思い込んでいた彼らは驚きの目で私を見た。
兵士の後方で彼らに指示をしている、明確に偉そうな男を見つめて私は言葉を発した。
クーネ「……その鎧に刻まれている紋章――、ギルマー王国? 細部が違うから――、その王家の身内あたりだよね?」
リカルド「……く、そこまで見抜く? 貴様はいったい何者だ?!」
クーネ「私は……、そうね――、勇者の関係者って言えばわかってくれるかな?」
その言葉にリカルドだけでなく、その場の全員の顔が青ざめる。
リカルド「勇者――、まさか、よりにもよって――」
顔を苦渋に歪めながらその男は呻く。私は腕を組んで首を傾げながら言う。
クーネ「私が何を言いたいかは――、理解できてるわよね? ――貴方は貴族……なんでしょ?」
リカルド「ち……」
男は手をあげて、兵士たちに戦闘態勢になるよう指示する。
兵士たちはジリジリとこちらとの間合いを詰め始めた。
クーネ「わかってて――、それでもそう動く……と?」
リカルド「見られたからには、生きて返すわけにはいかぬ――。こうしなければならぬ理由がある」
クーネ「ふーん?」
リカルドはしばらくすると、上げた手を振り下ろした。それに反応して、前衛を形成する8人の剣士が一斉に私に向かって走る。
さらに後衛にいる弓兵が矢をつがえて放ち――、そして戦術魔法士は攻撃魔法の準備に入った。
クーネ「ふむ……」
私は足で地面を蹴ると、疾風をまといながら剣士たちへと突撃する。
放たれた矢は虚しく地面に突き刺さり、戦術魔法士が準備した攻撃魔法は、目標を見失って立ち消えた。
剣士との間合いがゼロになった瞬間、私は剣を抜くことなく拳で彼らを打撃する。――きれいに剣士たち全員が宙を舞った。
リカルド「な?!」
クーネ「甘いね? 私は【勇者の関係者】だって言ったはずだよ?」
それを見て顔を歪めたその男は、――更に命令を下す。
リカルド「妨害魔法――、弓兵次の矢を準備――! 戦士隊は……早く態勢を立て直せ!!」
戦術魔法士は次々に魔法を唱える。
――能力削減・身体Lv3――。
――能力削減・経絡Lv3――。
――神罰呪詛Lv3――。
――命中妨害Lv3――。
クーネ「……く」
それらはたしかに効果を発揮した――、が。
クーネ「魔法戦術を、直接攻撃魔法から妨害魔法へ切り替えたのは褒めてあげる。でも――、私が【一般階位(=ノービスランク)】だったんならまだしも――」
私は雨のように降り注ぐ矢を回避しつつ戦線へと突撃する。そのまま拳を振るって兵士たちを無力化していった。
その姿にさすがの指揮官も顔を青ざめさせる。
リカルド「まさか――、【上級階位(=ハイランク)】? クラスLv31以上か?!」
クーネ「……」
私は黙って指揮官の方へと歩いてゆく。その足元には彼の配下の兵たちがまとめて全員昏倒している。
クーネ「さてと――、どうする?」
リカルド「く……、こうなれば」
その指揮官は懐を探って【魔法保存の巻物】を取り出す。そしてそれを使用した。
クーネ「何を?」
困惑する私の眼の前に魔法陣が展開して、その向こうから巨大なナニカが二体姿をあらわした。
クーネ「これは――、ゴーレム?」
リカルド「ふん……、対魔王軍用に生産された【Lv50クラス戦闘魔像】だ――。コイツの維持費のお陰でギルマー王国は……」
クーネ「……」
リカルド「無論、これだけが原因で財政難が起こっている訳では無いが――。下手に処分もできぬこんなモノ、こういう時くらい役に立ってもらわねば困る」
憎々しげに、全長5mに至ろうかと思われる二体のゴーレムを睨むその指揮官の姿に、私は小さなため息を付いた。
リカルド「魔界に引きこもって、悠々自適な生活をしている勇者共にはわかるまい――。貴様らが魔王を倒し、戦争を終わらせるような事をしなければ――、コイツにも維持する意味はあったのだ」
その言葉を聞いて、私は静かにそいつに向かって笑顔を向けた。
クーネ「まあ――、アンタたちにも色々理由はあるんだろうね。でも――、言っていいことと悪いことがあることは、正しく理解しようね?」
私は、私に掴みかかろうとする二体のゴーレムの内、一体に向かって背中の魔剣を抜きつつ横薙ぎの一閃を放つ。――きれいに胴が両断された。
リカルド「あ……」
そのまま私はもう一体に向かって思い切り蹴りを放つ。
ドン!
ゴーレムの巨体がまるで風に乗った木の葉のように宙を舞って――。
クーネ「【魔剣解放】――は、必要ないよね。とりあえず――、財政難の原因の一つは処分しといてあげるわ」
宙を舞うゴーレムの、その直ぐ側に私は魔剣を上段に構えて現れる。――縦に魔剣グランバスターを振り抜いた。
ゴーレム「が……」
ゴーレムは真っ二つになって地上へと落下して、――そのまま沈黙する。
リカルド「――アレは、あの娘は【上級階位(=ハイランク)】ではあり得ない……。まさか――【至上階位(=エルダーランク)】?」
あまりの光景にその男は腰を抜かして座り込む。――私は満面の笑顔を彼に向けて言った。
クーネ「とりあえず――、お前ら全員、その場に土下座しなさい」
その言葉を聞いて、彼は力なく頷いたのである。
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