第15話: 令嬢、歓迎

ユーリは、カロンの2つ下の年齢らしい。王立学園の春休みに、ちょうど実家に帰ってきていたのだ。

夕食の席で、彼女はうっとりとした様子で語ってくれた。


「カロン様といえば!私が王立学園に入学した昨年、学園中の乙女の人気をテオ様と二分してらっしゃった憧れの先輩です!!家柄良し、顔良し、頭脳良し、体術良しのテオ様はプレイボーイで女生徒を常にときめかせてくれました。それに対してカロン様は正に平民出身の希望の星!!顔良し、頭脳良し、体術良し!真面目で勤勉なお姿はまさに質実剛健!テオ様と違って女性を口説くお姿は全くお見かけすることはなく、そのストイックさに惹かれた乙女がどれほど居たことか!そのカロン様とこうしてお食事をご一緒しているだなんて、本当に夢みたいです!!」


彼女の熱意に、男2人は押され気味だ。

カロン本人は完全に辟易している。

ボソッと、プラータは己の従者に声をかけた。


「…だってよ?カロン。人気だったんだね。」


一方、カロンは見たことがないほど遠い目をして答えた。


「……興味ないです……。女なら誰でも口説いたテオと違って、俺はそういう浮ついた話はちょっと………」


一方、エトワールの方は彼女の話に興味津々だ。

エトワールとユーリ、女子トークに花が咲く。


「へぇ〜、カロンくんってそんなにモテてたんだ」

「はい!学園主催の舞踏会では、どれほどの女生徒がカロン様のパートナーを狙ったことか!」

「舞踏会…!凄いねぇ、おとぎ話の王子様みたい。」

「まさしくそれですわ!!あの日のカロン様の素敵なお姿といったら…」


いかにカロンがモテていたかを嬉々として語るユーリと、それを本当に楽しそうに聞くエトワール。

本人が横に居るにも関わらず、だ。


「頼むから………止めてくれ………」


頭を抱えるカロン。彼にとって、女性のこういった一面は昔から苦手なのだった。


さて、そんな夕食が終わった頃のことだった。


「これはこれは王子殿下!挨拶が遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。」


そう言いながら、一人の小柄な男性が部屋へ入ってきた。

プラータへ向けて、男性は握手を求め口を開いた。


「ヘル・ガルマンと申します。海軍北領司令部を統括しております。娘から連絡を貰ったにも関わらず、仕事が長引いてこのような夜分になってしまいました。」


どうやら、彼がこの伯爵家の当主のようだ。

短く揃えられた白髪と、穏やかな目元を持つ小柄な男性。しかし差し出された手は確かに武人の手をしていた。


プラータはその手をとり、挨拶を返す。


「初めまして。プラータ・ディ・ポセイドニオスです。今晩は急にお邪魔してすみません。」


プラータの言葉に、合点のいった顔をするヘル。その反応は、名前を聞いて初めて双子王子のどちらなのか把握したものだ。


「あぁ、プラータ殿下でしたか。先の弟君からの件は聞き及んでおります。大変だったでしょう?」

「ハハハ、そうですね…。」

「首都からはるばるこんな遠方まで、ようこそ。首都からいらしたのではなく、どこか立ち寄られて来ましたか?」

「えぇ、まあ…。」


まるで探るような視線と問いかけ。プラータは曖昧な返事で流している。

それを気にも止めず、ヘルは話し続けた。


「こんな小さなものでよければ、どうぞ。手製のクッキーです。」

「あ、ありがとうございます。あとで、みんなで頂きますね」


差し出されたクッキーをプラータは受け取る。

この伯爵は、プラータの苦手なタイプだ。聖水魔法を使わずとも、目を見ればわかる。

それは、社交界でよく見る目。

自分の利益になるかどうか、こちらのことを値踏みしてくる目を伯爵はしていた。

カロンは黙って伯爵の様子を観察していた。彼の主人にとって不利益になる可能性のある存在を、彼が見逃すはずがないのだった。


ーーー

その日の夜。

皆寝静まった静かなお屋敷にて。


キィ…と、微かな音を立てて扉が開く。

プラータが寝ている部屋だ。

小さな機械が床に転がる。カチリと音が鳴り、霧が噴き出した。

所謂しびれ粉を含む霧。それが室内に充満するのを待って、再び扉が開かれた。


ゆっくりとベッドへ向かう侵入者。枕元に立ち、剣を構える。


「さようなら、愚か者の王子様」


そしてその剣は、容赦なく急所めがけて振り下ろされた。


しかしその切っ先は、肌に届く直前に寝ている者の手刀によって弾かれた。


「っ…!」


怯む侵入者。ベッドに居た男はすぐさま起き上がり、侵入者の剣を奪う。鮮やかな流れで組み付き、隠し持っていた手枷を侵入者の手首にはめた。


「何かあると見込んでいたが、まさかこんな直接的な襲撃とはな。」


侵入者の身柄を拘束したのは、カロンだった。警戒していた彼は、前もってプラータと寝室を変えていたのだ。

パチリと音を立てて、部屋の明かりが灯る。彼が捕らえた襲撃者は、ユーリ・ガルマンだった。


「どうして動ける!しびれ薬を確かに撒いたのに!」


カロンを睨み付け、叫ぶユーリ。

カロンは淡々と、事実だけを述べる。


「あの程度の薬、耐性をつけているに決まっているだろう」

「っ………!」


夕食の時のような明るさはなく、ユーリの表情は悔しさと焦りに満ちていた。手枷をはずそうともがいているところから、どうやら未だに諦めてはいないようだった。


「…父親の指示か?」


彼女に馬乗りになりその身をベッドへ押さえつけながら、カロンは問いかける。

抵抗を続けながら、彼女は答えた。


「…いいえ。」

「なら誰の差し金だ。」

「…」


短い返答に、さらに質問を続けるカロン。

黙る彼女の腕をひねりあげる。細い年下の少女の骨を折ることくらい、簡単にできるだろう。

嫌でも突きつけられる実力差。


「ふ、あはは…アハハハハハハ」


抵抗を止めたユーリ。しかし打って変わって、彼女はまるで自暴自棄になったかのように笑いだし、喋り始めた。


「私の実力を父様に認めさせるためよ!!父様は宰相閣下にお近づきになりたいの。その宰相閣下が支援してらっしゃるシルヴァラ王子が追放した相手なら、父様の政敵も同然でしょう?そんな王子の首を私がとれば、父様だって私を認めざるをえない。海軍大将の後継者を、顔も知らない婿なんかじゃなくて、私にしてくださるに決まってるわ!!」


つまり、この襲撃はまだ学生な彼女の独断ということだ。

彼女は喋り続ける。


「アンタが私の目の前に現れた時、女神様がチャンスを下さったのだと思ったわ。だって、アンタが追放王子の側近だってことは、首都に居れば誰だって知ってるもの!アンタにまとわりつけば、案の定!馬鹿は脳天気にここまでやってきた!アハハ!だから殺してあげるのよ。私が父様の跡を継ぐための礎にしてあげるのよ!」


暴言を吐く彼女をただ黙ってカロンは見下ろしている。その冷たい目は、ユーリの激情を煽った。


「誰がアンタみたいな平民に求婚なんてするものですか!私はガルマン伯爵家の令嬢よ!!さあ、早くそこをどきなさい平民大尉!ヘル・ガルマン大将の娘として命じるわ!!このままここで私が助けを求めて叫べば、あんたなんて伯爵令嬢への暴行罪ですぐに…っ、」


そこまで喚かせて、カロンは容赦なく手刀をユーリへお見舞いした。的確な一撃に、ぐったりと力なくベッドに沈む彼女の身体。

そこまで確認すると、カロンは準備してあった通水魔術を発動させた。


連絡先は、ジャレッド・ロングハースト元帥。

彼はすぐに、通信に応答してくれた。


敬礼をし、カロンは状況を報告した。


「夜分に失礼致します、元帥。今晩、プラータ殿下暗殺を目論む襲撃がありました。場所は北領・ファングにあるガルマン伯爵邸。犯人は一人娘のユーリ・ガルマン。彼女の供述を根拠に、独断による犯行だと思われます。父親であるガルマン大将の関与の線は薄いですが、事実確認はこれからです。」


黙ってカロンの言葉を聞くジャレッド。

何かを考えるような素振りを見せたが、それも一瞬のこと。彼の判断は、早かった。


「処分はガルマン大将に任せる。娘の始末くらい、父親自身につけさせろ。」

「かしこまりました。」


こうして、通信は簡潔に終了した。

カロンはユーリの細い身体を軽々と俵抱きにする。そして、彼女の父親の部屋へと向かっていった。


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