第14話: 従者、活躍

とある侯爵家のお屋敷にて。

当主の執務室の扉を軽くノックし、中へ入っていくオネエがひとり。


「ボス、これ街道の関所の通過記録よ。ちょっと気になるのがあったから見てほしいの。」


オネエは書類を当主へ手渡す。

気になる箇所というのはわかりやすく印がつけられていた。それを見て、当主はほくそ笑む。


「よく気がついたなオリバー。これは丁重にもてなさなければ。いつ来られてもいいように、客室を掃除させておけ。」


当主の言葉に、オネエは了承を返す。

そして紅茶を入れようとしたオリバーを当主は引き止め、追加の指示を出した。


「通水魔術用の壺に水を張ってきてくれ。」

「あら、了解よ、ボス。誰と通信を?」


オネエは出しかけたティーセットをしまい、魔法陣が施された壷に持ち変える。水場へ移動しながら当主へ尋ねると、彼は悪い笑みと共に答えた。


「首都の宰相に…な。」


ーーー


プラータたちは、北領の領都であるヴェルノーグの街を目指していた。

ハリスが書いてくれた通行証のおかげで、交通に不便はない。安全な水路を使い、ゆっくりと旅をしている。


現在、彼らが小舟で移動しているのはフォングという街だ。

海軍の北領司令部がある軍港の街。今まで立ち寄った北領のどこよりも栄えている印象だ。

街の至るところで軍人が見回りなどの仕事に勤しんでいる。その様子にエトワールは目を丸くしていた。


「私…軍人さんって初めて見た…。あんな感じなんだねぇ。みんな強そうで凄いなぁ。」


その言葉に、プラータとカロンは目を合わせる。

そして種明かしのように、プラータは口を開いた。


「カロンも軍人だよ?」

「えぇ!?」


その言葉に、エトワールは本気で驚いている。一方カロンは、問題ないというように首を振った。


「俺は軍服を着ていませんから。そう見えないのも致し方ないかと。」

「なんで、カロンくんは軍服を着てないの?」

「そりゃあ…」


エトワールの疑問に、少し困ったようにカロンはプラータを見る。軍服を着ていないのは彼が理由なのだが、エトワールはまだ疑問符を浮かべている。カロンに代わって、プラータが答えた。


「俺、王宮から追放されちゃってるからね〜。一応、身分剥奪とまでは言われなかったけど、「もう王子じゃない」って言われたようなもんでしょ?そんな俺に軍服姿のカロンが付き従ってたら、違和感になっちゃうから」


そこまで聞いて、エトワールはハッとした。

確かに、プラータは平民に見えるように質素な格好をしている。その彼に、軍人だと一目で分かるカロンが付き従っていたら、平民の格好をする意味がなくなってしまう。


「ごめんなさい、私ったら…ちょっと考えればわかるのに…。」

「そんな謝るほどのことじゃないよ!」


しょんぼりしてしまったエトワールに、プラータは気にしないよう明るく声をかけた。


「…殿下」


ふと、小舟を漕いでいたカロンの声音が変わる。

緊張感をまとったそれに、プラータとエトワールは彼を見上げた。彼は水路の向こうを真っ直ぐに見据えている。

そしてパッと小舟のオールをプラータへ手渡して駆け出した。


「エトワールとこちらに居てください」

「えぇ!?ちょ、カロン!?」


プラータは慌ててオールを受け取った。

何が起こったのかも分からないまま、プラータたちはカロンの様子を見守った。


彼は軽やかに岸に駆け上がる。

全力疾走しながら剣を抜く。

真っ直ぐ進む先にいるのは、とある令嬢。

そして、同じ令嬢に迫る暴漢と思わしき男。


それはまさしく間一髪だった。 

暴漢が令嬢に伸ばした手を、カロンの剣が受け止めた。

令嬢と暴漢の間に滑り込んだカロン。そのまま暴漢へ鋭い蹴りをお見舞いした。


「ぐは…!」


暴漢が呻く。数歩後ろへよろけた暴漢との間合いを詰めるカロン。

足を傷つけないまま、暴漢の靴に剣を突きつける。地面にそれを縫い付け、動きを封じた。

暴漢の腕を後ろ手に捻り上げる。

懐から魔法陣の書かれた札を素早く取り出す。

暴漢の手首にそれを巻き付けると、水筒から水をかけた。

魔術が発動する。氷が作り出され、それは拘束具となり暴漢を縛り上げた。


「くそっ…!!」


暴漢が呻く。

それを黙殺して、カロンは駆け寄ってくる軍人へ声をかけた。


「1530、不審者1名を確保。」


そういいながら、軍人2人へ暴漢の身柄を引き渡すカロン。そのうちの1人と目が合うと、相手は苦々しい表情でこちらを睨んできた。


「お前…カロンか。」


軍人の言葉に、一緒にいた彼のバディが聞き返した。


「知り合いか?」

「はい。王立学園の同期で…平民のくせに、うちの代の出世頭2人のうちの1人です。」 

「出世頭…ってことは、王子付きの側近の!?」


慌てたように敬礼をするその軍人。軍服を見るに、彼の階級はどうやら軍曹のようだ。

カロンより、下の階級。


「大尉殿とは知らず、失礼致しました!改めて、ご協力感謝いたします!」


バディにどつかれ、しぶしぶ敬礼を返すカロンの同期。そんな2人に対して、カロンは忖度なく言い放った。


「街の警備に出ていたのだろう?この程度の暴漢に気づけないとは、職務怠慢だ。軍の信頼を地に落とす気か?」

「なっ…!!」


カロンと同期だと言った軍人は頭に来たのだろう。怒鳴りつけそうなところを、バディがどうにか抑えている。

そんな様子を気にも止めず、カロンは剣を鞘に収める。軍人たちに目もくれずに彼は続けた。


「後の処理は任せる。手柄もそちらで構わない。過不足なく対応するように。」


かしこまりました、と軍人が答える。

それだけ聞き届けて、カロンはプラータたちのところへ戻ろうと歩き出そうとした、その瞬間。

助けた令嬢に腕をしっかりと握られ、彼は前に進めなくなった。


「…何か」


困ったカロンは振り返る。

キラキラと輝く表情で、令嬢は口を開いた。


「助けて下さり、ありがとうございます!私、ユーリ・ガルマンと申します!ガルマン伯爵家の一人娘です。カロン様、どうか私の婚約者になって頂けませんか?」

「無理です。」

「えぇーーー!?!」


まさに、猪突猛進な恋する乙女だ。しかしユーリの告白を間髪入れずにカロンは断ってしまった。


「ど、どうしてですの!?父様は北領司令部を管轄する海軍大将ですわ!私も学園を卒業し次第その跡を継ぐべく軍に入隊致します。その私の婚約者となれば、出世はほぼ確実に…」

「興味ありません。」

「えぇーーー!?!」


ユーリは項垂れるが、それでもカロンの腕を離そうとはしなかった。


「そんなストイックなところも素敵です…!」

「えっと……………」


全くブレる様子がない。しっかりと握られた腕を振りほどく訳にはいかず、カロンは困り果ててしまっていた。


「おーい、カロン。大丈夫ー?」


そこへ、プラータとエトワールがやってきた。

ホッとするカロン。プラータなら、この状況をどうにかしてくれるかもしれない。


「すみません、ご令嬢に捕まってしまいまして…。」

「ユーリ・ガルマンと申しますわ!海軍北領司令部大将、ヘル・ガルマン伯爵の一人娘ですの!私を危険から守ってくださったカロン様に、婚約をお願いしておりました!」


口ごもるカロンと、状況を的確に伝えるユーリ。

事態を把握したプラータは苦笑いで呟いた。


「カロンってば、また女の子を誑かして…」

「!?誑かしてません!」

「まあまあ。」


堅物くそ真面目故に、無自覚に女性を惚れさせてしまっているカロン。学生時代にそれはよくあったとテオから聞いていたが、実際にその様子をプラータが目撃するのは初めてだ。

カロンをなだめつつ、プラータはユーリに話しかけた。


「ガルマン伯爵令嬢、婚約のお申し出は大変嬉しいです。ですが申し訳ありません、彼はいま俺と共に旅の途中で、秘密裏の仕事中です。なのでお受けするのがとても難しいです。どうか、ご理解頂けませんか?」


紳士らしく、令嬢の手をとり説明するプラータ。こういった対応は、流石は一国の王子といったところだ。

こう言われてしまっては、ユーリも強くは出られない。


「わ、わかりましたわ…。我儘を言ってしまい、申し訳ありません。」


そっとカロンの腕を離すユーリ。

そして、貴族らしく礼をしながら彼女は告げた。


「ですが、せめて助けて頂いたお礼をさせて下さいませ。旅の途中ということであれば、我がガルマン伯爵家にて皆様をおもてなし致します。今晩の宿として、我が家へいらっしゃいませんか?」


その申し出は、プラータたちにとってもありがたいものだ。

プラータはカロンとエトワールに異論がないか確認する。もちろん、2人にも断る理由はない。


「それじゃあ、ありがたくお願いしようかな。」


こうして、彼らはガルマン伯爵家への招待を受けることになったのだった。


To be continued...

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