海に沈むジグラート46
七海ポルカ
第1話
「着きました」
半分本当に、眠っていた気がする。
「妃殿下が貴方を評価する理由が分かった気がします」
「ん?」
ロシェル・グヴェンはもう馬車の外に出ていて、こちらを見ている。
「【シビュラの塔】を見た直後に本気で寝こける人を初めて見ました」
ああ、とラファエルは微笑む。
「そりゃ神様に会ったと思ったらその日は寝ていられなくなったかもしれないけど。
僕にとって偉大の頂点は【シビュラの塔】じゃないからね。
あれよりもっと大切なものがあるから【シビュラの塔】に会った後でも熟睡出来るのさ」
ラファエルとしてはおどけたつもりだったが、意外にもロシェルは眼を瞬かせた。
「なるほど……、その理由は考えつきませんでした」
「あれ? 納得しちゃった?」
伸びをして、襟を整え、ラファエルは馬車から降り立った。
「君の神様は誰だい?」
青い瞳でロシェルを見つめ、優しい声で尋ねると、一瞬ロシェルは何かを答えようとした。しかし、ふと彼の意識が横に逸れたのが分かった。厳しい表情を見せる。
「どうしたの?」
「城が騒がしい……こちらへ!」
彼は走り去っていく。
「よく気づいたなあ。いつもと同じにしか見えないけど」
ヴェネト王宮を見上げる。ロシェルを迎えた衛兵が一人、やって来る。
ラファエルに敬礼をした。
「何かあったの?」
「はっ! 仮面の賊が侵入しました」
「おや。まんまと。それじゃ捕まえた?」
「居合わせた神聖ローマ帝国のフェルディナント将軍と交戦状態になりましたが、再び逃亡しました」
へぇ、とラファエルは感心した。
「あっ。思わず感心しちゃったよ。よくあんな怖いお兄さんと遭遇して交戦もしてもう一度逃げ出したねえ。俺なら絶対無理だなー。じゃあ今、捜索中?」
「はい」
「ということは元気いっぱいのスペイン艦隊に今度は追い回されてるわけだ」
「えっ? あ、は、はい。そうです。イアン将軍率いる近衛団が城の全域を捜索中です」
「そう……。妃殿下やその他の方々はどうしてる?」
「まだダンスホールにいらっしゃいます。騒ぎは報告しましたが、近衛団に任せると仰せで、夜会の参加者の多くは舞踏会の続きを。実は……仮面の男も仮装していたので、大部分の客が交戦を舞踏会の催し物だと勘違いしたようで」
ラファエルはきょとんとしてから吹き出した。
「そうなの?」
「はい。騒ぎもすぐ奥庭の方に移ったため、ダンスホールの人々は気づかなかったようです」
「そうなんだ。では妃殿下も殿下も、舞踏会を普通にお楽しみなんだね」
「はい」
「なら結構。仮面の男の捜索はイアン将軍に任せるよ。これで逃したって彼の不手際だ。
こういう最初から半ば失敗しているような作戦には関わらない方が賢明だからね。
妃殿下がすぐ戻るよう仰っているのなら話は別だが、泰然と夜会を楽しんでおられるのなら問題ないだろう。今日はなんだか疲れた。私は屋敷に帰るよ。明朝再び登城することにしよう」
「あ、ラファエル殿。妹君からこちらを預かりました」
歩き出そうとして、手紙を受け取る。
そこには、少し疲れたので先に屋敷に戻ります、とアデライードの文字で書いてあった。
丁度良かった。
城で騒ぎが起きて、今度こそ犯人を逃すまいと燃えるあのスペイン将校が、元気いっぱいに招待客に仮面を脱いで素性を調査させろなどと言い出すと、ネーリがややこしいことに巻き込まれないとも限らない。彼なら例えラファエルの私室でも改めさせろ! などと目を輝かせて飛び込んで来そうだ。別に改めたっていいが、その時その場に一緒にはいたくない。
騒ぎが起きたから先に城から出たのか、騒ぎが起きる前に本当に疲れて帰ったのかは分からないが、前から知っていたけどなんて気の利く可愛い妹なんだ。
ラファエルは小さく笑むと、手紙を預かってくれた兵に礼を言う。
「どうもありがとう。彼女も久しぶりに華やかな夜会で疲れたみたいだ。様子を見に帰るよ。ロシェル殿にそうお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
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