第11話 人間関係


 結局場所は見つからず、私は急いで事務所に移動した。

 桃野もものさんの事務所ではなく、私の事務所だ。


 事務所は電気が消えていて、誰もいなかった。

 レンちゃんとセバスチャンさんはしばらく居ないと伝言を残しているし、原田はらださんと神田かんださんの二人は撮影後のお食事会に行くという連絡が入っていた。


 私の腕にコアラみたいにしがみついて離れない桃野もものさんを説得して椅子に座らせ、あったかいものを用意する。

 その時、彼女がいつも飲んでいたココアが事務所の自販機にあったのを思い出した。

 これで落ち着くかなと思い、急いで買って帰ってくる。


 声も出なくなって泣き疲れてしまった桃野もものさんにココアを飲ませると、枯れたと思った涙がまたぽろぽろ出てくる。


「…うっ…ぐすっ」

桃野もものさん。私は桃野もものさんを恨んでたりしない。だから泣き止んで」


 用意してきたタオルでぽんぽんと涙を拭いても、桃野もものさんの涙は止まらなかった。


「ごめんね沙羅さらちゃん。また迷惑かけちゃった。」


 いつもテレビや私に見せる元気な姿はなく、下を向きかすれた声で話す姿は痛ましかった。


「別に迷惑とは思ってないけど……なんで桃野もものさんが泣いてるの?」


 ずっと疑問だった。確かに私と一番仲が良かった友達だったけど、それでも関係として正しいのはライバルで、本人の意志とは関係なくとも私がモデル業界から居なくなったのは良いことのはずだ。

 申し訳なさはあってもここまで泣くなんて思ってもいなかった。

 私が事務所から出ていくときなんて、マネージャーさんも電話で別れを済ませるほどだったのに。


「私友達少ないから」


 ココアを飲みながら出てきた言葉に驚いた。

 桃野もものさんは素直で子供っぽいところはあっても相手の気持ちを考えて、そのままのキャラでテレビに出ても問題ないくらいの気遣いが出来る人だ。

 だから桃野もものさんが好きだと言っているモデルの若手も沢山いるし、テレビ関係の人も居る。

 その桃野もものさんが友達が少ないだなんて、そんなはずはない。


桃野もものさんのこと大事に思ってる友達はたくさんいると思いますよ?」

「ちがう! ちゃんと私を見てくれる人はすっごい少なかった」


 駄々っ子のように否定する様子は現場で見た演技をしている人には見えないほどだった。


「うちの話聞いてくれる?」


 思わず頷いていた。


「うちは、相手が何を考えてるのか分かるの」


 今日一番の驚きだった。


「なんとなく次に何するとか、どう思ってるのかが分かる。

 でもそれが気持ち悪くって両親に捨てられちゃった。」


 今もずっときゅーちゃんの《月読の瞳ツクヨミのひとみ》で見ている。

 桃野もものさんには私を騙そうとかそう言った考えは一切なかった。


「見たくなくても見えちゃうの。それのせいでうちと話す人たちがうちのことを見てないのが分かるの。」


 実は腹黒でキャラを演じているのかとか、そんなことはなかった。

 きっと彼女は両親に捨てられた時からずっと子供のままだ。


 周りの大人が求める行動をするただの子供だ。

 変に周りの空気が読めるだけ、自分の気持ちを押さえつけて行動が出来る人だ。


 自分が見たくもない人の内面を見続けるのはどんなに嫌なことか。

 外面だけ取り繕って内心馬鹿にしてくる人はどれだけいただろうか。


沙羅さらちゃんだけなの、うちのことちゃんと見てくれる人は」


 泣きつかれているせいか、少し要領を得ない桃野もものさんの話はこうだった。


 幼少期に両親に捨てられ、拾われたのは祖父の家だった。

 その祖父は桃野もものさんのかわいい容姿が目的ではあったものの、それでも桃野もものさんを大事に育ててくれた。


 祖父以外の理解者はいなかった。

 友達になりそうな人が居ても、何らかの都合で去ってしまう。なんでかは桃野もものさんも詳しくは分かっていないようだけど、本人はどうも自分のせいだと思っているみたいだ。


 その中の一人が、私だったらしい。

 邪な考えを持たず、対等な人間として何かに利用することなく接してくれる人がようやく見つかって少しうれしかったそうだ。


 それでも今までの経験からいつかは居なくなってしまうと考えていて、実際に私は不祥事で桃野もものさんの前から消えてしまった。

 私が周りとの連絡手段を断って、休んでいる間に桃野もものさんは私に連絡をしようとして失敗していたらしい。

 私はそのまま風間家にお世話になっているので、携帯番号も住所も全て変わってしまった。

 何もなければ桃野もものさんの言うとおりにこれ以降会うことも無かっただろう。


 でも私はまた、桃野もものさんと出会った。

 再会した私に、桃野もものさんは疑うような心情を感じ取ったらしい。


 以前最後にあったときとは全く違う、でも自分に心当たりのあるその感情を見て、桃野もものさんは謝りたくて、もう一度友達になりたくてご飯に誘ったそうだ。

 何を話しても警戒心を解かない私が、もう自分のことを友達と思っていないと思って泣いてしまったらしい。


「さっきも言ったけど、桃野もものさんのせいじゃない」

「でも、うちがおじいちゃんを無視して助けに行けばよかったの」

「おじいちゃん? 事務所の人が止めたんじゃなかったの?」

「事務所の人にそうしろって言ったのがおじいちゃん。」


 大事そうにココアを両手に持ち、ぐずぐず鼻水をすすりながら桃野もものさんがそう言っていた。


 ティッシュを渡して鼻をかんでもらいながら、少し私は考えた。


 桃野もものさんが話した内容に感じる違和感。


 きっと話している内容に嘘はない。

 それはきゅーちゃんが常に確認しているのもあるし、私が今まで見てきた桃野もものさんと一致する。

 両親に捨てられたなんてことは初めて知ったけど、子供っぽい言動とは裏腹に危ない雰囲気の人には近づかないのは私が不思議に思っていた点だ。


 両親が気味悪がって捨てたと言っているのに、孤児院ではなく祖父が引き取ったこと。

 これはいい。

 よくはないけど、その内容に変なものはないと思う。少しだけ、桃野もものさんを受け入れているという祖父が気にかかるけど、そういう人も居るだろう。


 一番の違和感は友達になる人が消えていくというもの。

 きっと桃野もものさんは両親に捨てられたことが原因で他の人にこの話をすることは今まで少なかっただろう。

 何回かはあったかもしれないけど、相手の心を見れる桃野もものさんが選んで話した相手が、その程度のことで気味悪がって離れていくように思えない。


 本人の性格は確かに子供っぽいけど、細かいところに気配りが出来るいい人だ。

 性格のせいで離れていく人も少ないだろう。


 何かがあると思った。でもそれが何かは分からない。


 少なくとも《月読の瞳ツクヨミのひとみ》でも他のスキルでも分かるものはなかった。


 一つだけ確かなことが言えるとするなら、それは――


「じゃあ、私は桃野もものさんの前から居なくならない。」


 今度こそ涙が枯れて、充血しきったその目は少しだけ期待があった。


「ほんとう?」

「はい、私こう見えても探索者としてすっごい強くなって、モデルの時より稼いでるんですよ?」


 レンちゃんの伝言と、以前の事件のせいで疑ってしまったけれど。

 色眼鏡を全て外してみる桃野もものさんは少しだけ周りに気を使いすぎるいい人だ。


 子供っぽくて、友達じゃなくなりそうになるだけで泣いてしまうほどに私が好きな人を突き放すのは私には出来なかった。


「うち、沙羅さらちゃんに酷いことしたのに……ほんとに居なくならないの?」


 私が桃野もものさんを嫌っていないことは既に分かっているのだろう。

 表情はよくなったけれど、気にしているのは私が消えるかどうか。


「酷いことはしてませんよ。桃野もものさんは目の前で私が酷い目に合うのを見ただけです。」


 今だから言えることだ、きっとあの事件の直後ではこんな考え方は出来なかった。

 彼女は連絡が返ってこなくて寂しかったと言っていたけど、もしあの時にあっていたら関係は修復不可能なまでに壊れていた。


「それでも納得できないなら、次は私を助けてください」


 メイクもぐちゃぐちゃになっている笑顔は、やっぱり子供のようだった。

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