第8話 小学校の避難訓練


 放心状態から戻ってきた神田かんださんは、なんとか気を取り直して自分で歩き始めた。


「いや、そのなんだ。俺も話に聞いてたんだけどちゃんと真面目に演技の練習頑張ってたじゃねぇか。」

「ああ……」

「そんな落ち込むなよ。これまでの練習でいい感じに上手くなってきたじゃねぇかよ」

「ああ……」


 ただ、その受け答えはただ相槌を打つだけのものになっているので完全に元に戻るには時間がかかるかもしれない。


「聞いてるか分からんがとりあえず説明を続けるぞ?」

「ああ……」

「はい、お願いします」

「……今まで正真しょうまがさせられていたのは今回のオーディションで絶対に合格させるための練習らしい。本人曰く『学校の避難訓練でよく言うでしょ。本番は練習のように練習は本番のようにって』とのことだ。」


 それを聞いた神田かんださんは突然カッと目を見開いた。

 それにギョッとして一歩離れると、神田かんださんはあまりにも感情が揺さぶれらたのか、魔力を垂れ流して周囲を威圧するように叫んだ。


「ボスは学校に行ってないだろうが!!」


 思わずそこなのかと言いたくなる叫びだったけど、先ほどからの神田かんださんの様子を見るとなんだか不憫で何も言えなくなってくる。

 原田はらださんもなにやら目が座っている神田かんださんをみて、何か言いたげだったけど諦めたように肩をすくめた。


「……まぁともかく、正真しょうまはこのオーディションに絶対に合格しなければならないわけだ。そうじゃなきゃお前の半年間は無意味なものになる。」

「……」


 もはや相槌すら打つことはなく、血走った目でどこかを見つめている。


「一応、もっとやる気を出すためのボスからの煽り文句もあるんだが……聞いておくか?」

「あ? なんだそれは」

「ちなみに俺はお勧めしないぞ」

「……もう俺には後がないんだ、さっさと全部吐け」



 口にするの戸惑ったように原田はらださんが無言でいると、血走った眼をそのまま向けられて、諦めたように答える。


「こっちは長いから、手紙を書いてもらってる。これだ」


 そういって神田かんださんに差し出されたのは、一枚のメモ用紙。

 私も中身が気になって後から覗き込んだ。


『主人公以外に何もない撮影場所なんてあるわけないでしょ。いちいちCGとかで何とかするより一緒に撮った方が楽なんだから。僕はなんで君がこんな簡単に騙されてるのか不思議だったよ。

 あ、そういえば、君がもしオーディションに落ちたりしたら隣に居る沙羅さんを女子大生の方でオーディション受けさせるから。落ちたらちゃんと教えてね。』


 私が読み終わると同時に、神田かんださんの首がギュインと勢いよくこっちを向いた。

 何を考えているのか分からないその目が怖くて、思わず目をそらした。


「不思議な可愛いモンスターを召喚するスキルに、元モデルの話題性。この映画にピッタリな人選過ぎるな」


 最初に陰気だと思ったあの印象は間違っていなかったのではないか。

 こっちを見ているのに、こちらに言うでもなくただ呟いている彼をみて、なんだか鳥肌が立ってきた。


「良く分かった。きっとこの映画に出すのは誰でもいい。ただ単に俺の方が都合がよかっただけだ。それ以上の理由はない。そしてもし俺が失敗したら切り捨てる程度の軽い理由しかない。」


 彼の中でなにかが切れたようなそんな気がした。

 今までのどこかやる気のない意図的に力を抜いていた態度や表情は変わり、今では決死の覚悟で死地に出向く戦士を想像させるそんな異様な雰囲気を漂わせていた。


「あ、あの」

「なんだ?」

「レンちゃんに言われれば私もオーディションには出ると思いますけど、演技はちゃんとしたことはないから多分無理ですからね?」


 私が代わりなんて務まらないと言ったつもりだったのに、神田かんださんは懐かしいものでもみるようにしばらく私を見つめて、視線を外して先を歩いた。


「俺は知ってる。芸能界には本人の意志の強さや努力とは関係なく、やりたいと思ったことは全て出来る、天に愛されたような人が居る。俺の姉がそうだった。」


 神田かんださんの姉?

 初めて聞いた情報に頭を悩ませる時間も無く、原田はらださんはオーディションの会場が近いことを知らせてきた。



 会場に入り、私はようやくマネージャーとしての仕事を始めた。


「『トワイライトプロモーション』? そういえばそんな名前のところから応募が来ていたみたいだけど、初めて聞くね」

「はい、最近新しく出来た事務所なので。今回の映画が初めての仕事になるようにと思っています。」

「ああ、そう。ならオーディションとか初めてかな。一応説明すると、今回のオーディションは監督と僕たちプロデューサーにシナリオライターさんも見るから。」

「はい、全員の前で演技を見せればいいんですよね。」

「そうそう。それでその台本がこれ」


 渡されたのは、一冊の台本だった。

 以前事務所でしわくちゃの状態になっているのを見たことがある。


「国が関わってるから内容の流出とか絶対ダメってことで、ここで初めて台本読んでもらうことになるんだよね。普通ならオーディション受ける人たちには台本くらい事前に渡すんだけど。

 ああ、帰っていくときに必ず回収するように言われてるから折り目とか付けてもいいけど破ったりしないで。後が面倒だから。」


 私はカバンの中に入れていた台本を絶対に出さないようにしようと決めつつ、受け取った方の台本を神田かんださんに渡した。


 台本を見ることなく他の役のセリフすら暗唱できるようになっていた神田かんださんは、緊張を紛らわすためか台本をじっと見ていた。


 原田はらださんは既にレンちゃんから伝えられた内容は全て話したのか、雑談をすることもせずに護衛として周りに気を配っているようだった。


 周りに同じオーディションを受けに来た役者が居る控室で、私たちは出番が来るのを待っていた。

 天吹あまぶきさんから教えてもらったように飲み物を用意して、他にも出来る限り神田かんださんが本番で集中できるようにした。


神田かんだ正真しょうまさん。次の番なので用意してください。」


 既に集中しきっているのか、私たちに何も言わずに部屋から出て行った。


「大丈夫か心配ですね」

「そうだなぁ、まぁどうにかなるだろ。俺はあいつがあんなに集中してるのは初めて見たぞ。」


 私たちは帰ってくる彼の顔が明るいことを祈って送り出した。

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