二章 スポーツ大会編

(14)ナイトメアスポーツトーナメント

「じゃあ来月『ナイトメアスポーツトーナメント』が始まるから、各自、出たい競技や委員があれば早めに申請しておくように」


 ホームルームの時間、眠たげな生徒たちを前にモーリス先生がそう告げた。

 私もかなり眠気にやられてぼんやりしていたのだが、モーリス先生のその言葉で一瞬にして目が覚めた。


(ナイトメアスポーツトーナメント!? イベントシナリオ来たぁあああああ!)


 心の中で思わずガッツポーズを取った。何故なら『ナイトメアスポーツトーナメント』は、『マジナイ』で最初に実装されたイベントシナリオだからだ。

 ようはスポーツ大会……運動会のイベントである。

 チーム分けは各寮ごちゃまぜの3チーム対抗で行われる。男子生徒の方が圧倒的に多いので、選手になる女子はかなりスポーツ万能な子たちばかりだ。正直かっこいい。

 選手にならない生徒はというと、応援をしたり、運営を手伝う委員に入ったりと様々だ。

 とくにこのイベントでは、体育会系のオルニス寮生が自然と花形となるのだった。


(だからこのイベント、実質クライヴのイベントなんて言われてたんだよね。SSRのカードも配布されてたし)


 推しではなかったがSSRカードのイラストがあまりにも良かったので、課金して手に入れたのは良い思い出だ。


「メア。メアったら」


 不意に私は誰かに呼ばれていた。

 気が付けばホームルームは終わり、近くにはアイネの姿があった。


「何ボーっとしてるのよ」

「あはは、ごめん。『ナイトメアスポーツトーナメント』のこと考えてて」

「あら良かったわ。ちょうどそれについて話そうと思ってたの」

「うん?」

「一緒にサポート委員に入らない?」


 アイネの言うサポート委員とは、その名の通り『ナイトメアスポーツトーナメント』にて様々なサポートをする委員会のことだ。

 飲み物の配給や救護の補助など、本当に様々なことをサポートする。

 選手にならない生徒や女子生徒たちの多くはこのサポート委員になると、『マジナイ』の中でも説明されていた。


「サポート委員かぁ。私にできるかなぁ」

「できるわよ。それに内申にも関わるから入っておくべきね」

「もしかして私の内申を気にしてくれたの?」

「べ、べつにそういうわけじゃなくてよ」

「へっへっへ、ありがとう」


 アイネのツンデレを可愛いなぁと思いつつ、私はお礼を言った。

 そしてアイネの言う内申について考える。


(内申かぁ。転生した身としては、そういうことも今後考えていかなきゃだよね……)


 メインキャラや推しに会えて喜び三昧ではあるが、この世界での将来についても考えねばならないと私は肝に銘じた。

 だから私はアイネに向き直る。


「わかった。私もサポート委員になるよ」


 快く承諾した私だったが、実はあることについて忘れていたのだった。



   ***



(い、いるぅううううう!)


 早速、放課後にサポート委員の集まる教室へ向かったのだが……

 なんとそこにはネイトの姿があったのだ。

 席は自由となっている所為か、ネイトの周りだけ人が全くいない。やはり近寄りがたい人物のようだ。


(そうだ忘れてた。ネイトはスポーツに興味無いからサポート委員に入ってるってストーリーだった……!)


 イベント実装がだいぶ前だったこともあり、もうすでにストーリーの細かなところがおぼろげになっている。

 私は予期していなかった推しの登場に、教室のドア前で立ち尽くしていた。


「何しているのメア、座るわよ」

「あ、え、ちょっ」


 一方、後ろでつかえていたアイネは私の腕を引き、スタスタと毅然な態度で教室に入っていく。

 向かったのはがら空きの席……すなわちネイトの斜め前の席だった。


「……ど、どうも」


 さすがに全く無視して席に着くのもどうかと思ったので、一応声をかけてみる。

 ネイトは、その前髪に隠れた紅い瞳をゆっくりとこちらへ向けた。


「ああ。俺に贈り物をくれた変わった人」


 少しだけ口端を持ち上げてそう言うネイトに、思わずドキリと心臓が跳ねた。

 やはり推しって凄い。何をしてても格好いい!


「君もサポート委員なんだ」

「はい。選手になれるほど運動神経良くないので……」

「それは見ればわかります」

「うっ」


 キッパリと言い放ったネイトに、私は何も言い返すことができず目を泳がせてしまう。

 するとその仕草が面白かったのか、ネイトは軽く噴き出していた。

 推しの笑顔が見れるのは嬉しいが、クライヴもネイトも人の動向で笑い過ぎじゃないか?


「てっきり、クライヴさんの専属応援団にでもなるのかと思ってたけど」

「クライヴ先輩の? 何でですか?」

「……だって付き合ってるんでしょ?」

「えっ、あ、えーと」


 まさかそういう意図で言われていたとは思わず、私は虚を突かれてしまった。

 確かに選手をしている男子生徒の彼女は、専属の応援団に入るのが恒例だ。

 そのことをすっかり忘れていた私は、慌てて言い訳を探す。


「えっと、クライヴ先輩を応援する人はたくさんいますし、な、内申もサポート委員会に入った方が上がりますし……」


 実際、クライヴのを応援する生徒は男女共に多い。とくに応援団は熱の入った男子ばかりで正直入るのが恐い。

 それはそれとして、偽の恋人とはいえクライヴに相談も無しに、専属の応援団じゃなくサポート委員になったのはまずかっただろうか。そこが心配になってきた。


「ふぅん。まあ、俺はサボり目的でのサポート委員だから……俺の分までお願いしますね」

「えっ!?」

「ははっ……冗談」


 目を細めて笑うネイトの顔は、冗談ではなさそうだった。

 ぞくりとくるその笑みに、私は心の中でカメラのシャッターを押しまくった。

 そうして私はペコリと一礼し、先に席に着いていたアイネの隣へと移動する。


「ネイト先輩とお知り合いでしたのね」


 アイネは開口一番そう言ってきた。

 気付けばネイトの席より後ろの方にいる生徒たちも、興味深げに私に視線を向けていた。


「あー、ちょっと前に助けてもらったことがあってね」

「もしかして先日のハンカチは彼に?」

「そうそう。無事受け取ってもらえたよ、ありがとう」

「………」


 アイネは上品に口元に手を当て、何かを考え込んでいるようだった。

 私はあまりにも美しいその横顔に、ついつい見惚れてしまう。

 と、その時。


「はーいみなさん。サポート委員の説明を始めますよー」


 教壇にはあのミシェル・ベネノ先生が立っており、教室の後ろまで通る声でそう言った。

 割と前の席に座っていたこともあり、ふんわりと良い匂いの香水がこちらまで漂ってくる。

 メインシナリオやイベントシナリオではとくに記述の無かった先生だが、『マジナイ』世界の先生なだけあってメインキャラ並に見目が麗しかった。


「今回初めてサポート委員になる子……とくに1年生の子たちは、この委員がどういった役割なのかちゃんと話を聞いておくように」


 そうしてミシェル先生はサポート委員について色々と話し始めた。

 その内容はイベントストーリーで説明があったものと同じで、私にとっては再確認となった。


(自分がイベントシナリオに参加してるって夢のようだなぁ。ネイトとも同じ委員になったし、精一杯がんばるぞー!)



   ***



 次の日、お昼休みにクライヴからの誘いがあり、私は以前教わった図書室の裏の小さな庭園へと向かった。

 すでにクライヴは到着しており、案の定、奥の木陰に寝そべっていた。そして私の姿を確認すると、あくびをしながら上体を起こした。


「よお」

「こんにちは」

「今日は飯あるのか?」

「はい。事前に買っておきました!」


 モーリス先生からもらっているお小遣いで、私は朝一で購買部に向かっておいた。お昼と違って、さすがに人が少なく、ゆっくりと選んで買うことができた。

 いずれはお弁当を作って持参したいものである。


「食いたいもんあったらそこから勝手に持っていけ」


 そう言ってクライヴは顎で自身の重箱のようなお弁当を指し示した。

 いつ見ても豪華だし凄い量である。


「あ、ありがとうございます」

「ところでおまえ、サポート委員に入ったんだってなぁ」


 こうしてほのぼのとしたお昼休みを過ごしていた私だったが、不意に向けられたクライヴからの言葉にむせかけた。


「んぐっ……ど、どうしてそれを……」

「色々ツテがあるんだよ」


 言って、クライヴは私の顔を覗き込んできた。

 何かと真剣な話をする時、クライヴはいつもこうやって顔を近付けてくる。正直心臓に悪いのでやめてもらいたい。


「1年の転入生だから知らなかったんだろうが……彼氏が選手なら、彼女は専属の応援団に入るのが通常なんだ」

「ひえっ……そ、それは大変失礼しました……」

「俺はおまえが専属の応援団に入ると思って、それはそれは楽しみにしてたんだぜ?」


 からかい半分ではあるが、その目はどこかマジな気がした。

 あまりにも眼光が鋭く、私はあわあわと震えるしかない。


「どう落とし前つけてもらおうか」


 ニヤリ、とドラゴンらしい牙を見せながら笑うクライヴに、私はグルグルと目を回した。


「おっ……」

「お?」

「お弁当を……作りますっ!」


 さっきお昼休みのためにいつかはお弁当を作りたいと考えていた所為か、真っ先に浮かんだのがそれだった。

 予想外だったのか、クライヴはきょとんとした表情を浮かべている。


「大会当日、先輩のためにお弁当を作らせて頂きます……っ! どうでしょうか?」

「………」


 しばしの沈黙。

 必死な私の形相……それを眺め続けていたクライヴが、もう一度口角を持ち上げた。


「いいだろう」

「はぁ~……ありがとうございます」


 緊張が解け、私は大きく息を吐き出した。

 しかしそれはそれとして、男性に向けて……しかも王宮育ちの王子様に向けてお弁当など作ったことがない。


(い、一体どんなお弁当にすればいいんだろう……)


 言った手前、もう後には引けない。

 そんな私に反し、クライヴはとても機嫌の良さそうな表情を浮かべていた。


「当日、楽しみにしてるからな」

「ははは……」


 もう撤回できないと悟り、私は苦笑いを返すのだった。

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