(13)Side:クライヴ②

「クライヴ様! 母君から連絡が入っております!」


 朝っぱらから寮の室内に響く馬鹿でかい声。

 ベッドの上。怪訝そうな顔で振り返ったクライヴは、同室のステルラがマジパッドを掲げてそこに立っていることを視認した。

 また面倒臭いことを、と思いつつ、ここで逃げると更に面倒臭いことになるのがわかっていたので、クライヴはため息混じりに上体を起こす。

 そしてステルラからマジパッドを受け取った。


「……もしもし?」

『クライヴ、久しぶりね』

「朝っぱらから何のご用件で?」

『何のご用件ですって?』


 マジパッド越しでも、母親が口元をひくつかせるのがわかった。

 クライヴはマジパッドを耳元から離す。


『お見合いよお見合い! 先日のお見合い、すっぽかしたんですってねぇ!?』


 ステルラとどっこいどっこいと言うほどでかい声が部屋に響く。

 それでもクライヴはのらりくらりとした調子で言葉を続けた。


「俺のような若輩者にはもったいない方だったんで、緊張のあまり逃げてしまったんですよ」

『また調子のいいことを。いい? お父様ももういい歳なのよ。貴方が学園を卒業する時には、王位を継ぎ、素敵なお嫁さんを迎えていなければならないの』

「………」

『そのためにも早くから貴方に似合う人をこちらで何人か見繕っているんじゃない。もちろん会ってみて合わないっていうなら貴方の意見は尊重するわ。なのに会いもしないだなんて……。それとも、もう心に決めた人がいるとか?』

「……まあな」

『え!?』


 おそらくティーカップを手にしていたのであろう。マジパッドの向こうからは、ガシャンという大きな音が響いていた。


『そ、それは本当なの!?』

「……ああ」

『な……何よ! そういうことは早く言いなさいよ! 同じ学園の方? それとも別の……』

「あー、そろそろ次の授業なんで切りますね」

『あ、ちょっとクライヴ……!』


 ぶつり、と強制的に通話を終え、マジパッドをベッドに放り投げる。

 クライヴはあくびを一つ、静かになった室内をぼんやりと見渡した。


「……クライヴ様。心に決めた方というのは、あのメア・モノクロイドのことでしょうか?」


 母親の声が漏れていたのだろう。

 会話を全て聞いていたステルラが、動揺した様子でそう訊ねてきた。


「まあそうだな」

「で、ですが!」

「なんだ?」

「メア・モノクロイドは、クライヴ様というものがおりながら、あのネイト・コンステラシオンと親しげにしていたという噂が立っているんですよ!」

「別に俺が口出しすることでもねぇよ」

「で、でも……」

「ステルラ。出て行け」

「……はい。失礼しました」


 クライヴの鋭い物言いに口を紡ぎ、ステルラは一礼すると声量に反して静かに出て行った。

 ようやく本当に静かになった室内で、クライヴはベッドの上で仰向けに寝転ぶ。


「……俺が口出しすることでもねぇ、か」


 自分自身の言葉を復唱する。

 ステルラからすると、それは余裕を持った恋人の発言に聞こえただろう。

 しかし真意は違う。

 そもそも恋人ではないから口出すことではない、だ。


「偽りの恋人か……」


 そう決めたのも提案したのも自分である。

 そして今のように、家からの伴侶選びの追求をかわすために大いに役立っている。

 役立っている、の、だが。


「………」


 クライヴは、どこか晴れない気持ちでいっぱいだった。

 そして、脳裏に浮かぶのはメアのアホ面の数々。

 つい思い出し笑いをしつつ、次に浮かんだのはアルバートやネイトの前にいるメアの姿だ。

 メアがとりわけあの二人と親しくしている光景を思い浮かべるだけで、腹の底が重く感じられ、胸焼けに近い感覚が込み上げる。

 それが『嫉妬心』だとわからないほど、クライヴも鈍くはない。


「嫉妬ねぇ……」


 自分のことを王族の一人だとして見ていない女。

 ずぶ濡れで現れたくせに、どこか肝が据わっている変な女。

 アルバートやネイトの前で、自分とは違う態度を取る女。

 恋なんてしないと、どうしてだか言い切った女。

 野生の勘のようなものだが、メアは他の女たちと何かが違うように感じた。


「玩具が取られそうで嫌なのか?」


 あのアホ面は何度見てもツボる。

 そもそもコロコロと変わる彼女の表情変化は見ていて楽しい。

 だから、それが別の誰かのものになるのが嫌なのかもしれない。

 クライヴはとりあえずそう結論付けた。


「……会いに行くか」


 多彩な表情を見せるメアに会いたくなってきたクライヴは、颯爽とベッドから下りた。

 身支度を整える様子は、まさに恋人に会いにいくものだ。

 そうしてクライヴは、電話をしていた時とは打って変わった機嫌の良さでメアのもとへ急ぐのだった。

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