第15話 【白天化】

「ほう……?」


 その声音には、先ほどまでの嘲りも慢心もなかった。ただ純粋な興味と、これから始まる戦いへの昂ぶりだけが滲んでいた。

 光が収束していく先に立っていたのは、先ほどまでのアテナとはまるで別人のような姿だった。

 銀白に染まった長い髪が宙にゆらめき、背中からは大きくしなやかな白翼が広がっている。その足元は地を離れ、ふわりと浮遊していた。白銀の光が全身を包み込み、まるで神々しい天使の降臨のような神秘的な姿だった。

 だが、何よりも異質だったのは、その真っ白で純粋な瞳だ。

 深い慈愛と静謐を湛えた瞳。まるで、この世の理をすべて受け入れ、それでもなお揺るがぬ覚悟を抱く者のような目だった。

 これが【白天化】。一万年に一人、その素質を持ったものが生まれてくる、アテナの持つ特殊能力ユニークスキルである。

 特殊能力ユニークスキルとは、魔法とは別の生まれながらに個人に秘められた能力のことであり、発現するかしないかは個人による。人間族の一割ほどが能力保持者であり、種族によっては全個体が持っているというものもある。

 今、アテナの【白天化】が発現したのは、魔族の攻撃によりアテナの胸にある勇者の紋章に傷が入ったからであり、アテナの意図的なものではない。特殊能力は、意図しても意図しなくても、発現条件を満たしていれば発現する。その発現条件がアテナの場合──勇者の紋章に傷がつくことだったのだ。

 アテナは無言のまま魔族を見つめる。

 魔族は口角を上げた。


「本気になったというわけか……これは、楽しめそうだ」


 だが、その言葉が終わるより早く、アテナの姿が消えた。

 ──否。目で捉えられないほど速すぎるだけだった。

 突風が巻き起こり、白い衝撃波が辺りに走る。


「──ッ!」


 次の瞬間、衝撃が魔族の胸を貫いた。


「ぐっ──!」


 まるで雷鳴のごとく、圧倒的な力が魔族の胸板を打ち抜く。

 何が起きたか理解する間もなく、身体は爆風に包まれ、後方へ吹き飛ばされる。視界がぐるりと回転し、気づけば大地を転がっていた。衝撃で瓦礫を砕き、炎を撒き散らしながら、十数メートル以上も後退させられていた。

 魔族は咳き込みながら上体を起こす。胸元にはくっきりと拳の痕が刻まれていた。


「ほう……拳か」


 その言葉に答えるように、アテナは再び消える。

 魔族は咄嗟に周囲の気配を探る。だが、気づいた時にはすでに遅かった。アテナはもうすでに後ろに回り込んでいる。

 反射的に爪を振り下ろすが、それを綺麗にかわすようにアテナはくるりと足を上げ、身体をひねった。残していたもう片方の足も床を蹴って、空中に跳び上がる。そのまま一回転──アテナの鋭い蹴りが魔族の横腹に突き刺さる。


「くっ──!」


 横腹に強烈な衝撃が走る。まるで鉄槌のような一撃。衝撃の余波だけで大気が震え、床が砕けた。

 肋骨が砕ける音が聞こえる。


「がぁっ……!」


 痛みに耐えながら反撃の構えを取ろうとする。しかし、その刹那──

 さらに追撃が来た。アテナは着地とほぼ同時に拳を握っていた。

 今度は、膝。

 アテナの右腕が迅風のごとく飛び出し、魔族の左膝に直撃する。

 激痛が走る。左足がひしゃげるように砕け、吹き飛んだ。黒ずんだ血が辺りに飛び散り、千切れた足は無様に床を転がった。


「ぐぁぁぁぁっ!!」


 魔族は燃え盛る瓦礫の中へと叩きつけられる。

 灼熱の炎が肌を焼く。周囲の瓦礫が崩れ、身体に覆いかぶさる。

 そのまま転がり、何とか体勢を立て直そうとするが、力が入らない。


「……っぐ……おのれ……」


 息が詰まる。明らかに致命傷だった。

 彼ほどの魔族でも、これほどまでに圧倒されるとは思っていなかった。

 見上げると、アテナが宙に浮かびながら魔族を見下ろしていた。

 黄金の光が静かに瞬き、周囲の空気が張り詰める。

 ──圧倒的だ。

 アテナの纏う力は、もはやただの人間のものではない。

 まるで、神の裁きを下す存在のようだった。

 魔族は歯を食いしばり、残った片腕に魔力を込める。


「まだ、終わらん……! 暗黒の力よ、忌々しき光を閉ざしたまえ──【黒雷】ッ!!」


 呪詛を唱えながら、一気に魔力を放出する。光には闇だ。すべてを闇に包んでしまえば、天使の力も弱まるに違いない──

 黒紫の閃光が迸り、周囲の瓦礫が浮き上がる。邪悪な波動が広がり、戦場そのものを黒く染め上げる。


「喰らえぇぇぇっ!」


 魔族は渾身の魔法をアテナへと放つ。バリバリバリと空気を切り裂く音がとどろき、黒い稲妻が一直線にアテナの顔に目掛けて走った。

 しかし──

 アテナは動じず、静かに右手をかざす。黒い稲妻はアテナの手に触れた途端、勢いを無くし、さらに真上へと方向を切り替えられた。

 ドォンと破裂音が響き、稲妻はアテナに届く前に頭上に打ち上げられ、天井に当たってその姿を消した。


「ば、ばかな……!」


 彼の驚愕の声が響く。

 アテナは右手をかざしたまま目を閉じた。アテナの周りから薄水色の波動が広がり始まる。


「──哀れな魔人よ、今我が裁きを──【白氷の天使はくひょう   てんし 】」


 次の瞬間、アテナの目の前に白く光り輝く魔法陣が展開される。魔法陣からは大小無数の氷の刃が出現した。

 それは、ただの氷ではなかった。凍てつくような純粋な神聖の力を宿した刃。

 ──降り注ぐ。


「ぐぁああああっ!!」


 氷の刃は魔族の身体を次々に貫き、肉を裂き、血を飛ばした。

 鋭く、無慈悲な氷の刃が、魔族の身体を次々に突き刺していく。


「クソがぁ! こんな……ガキにィィァ! 大いなる闇の神よ、暗黒の世界へといざなえッ──」


 魔族は切り裂かれながら、右手を上に向けた。飛び散る血とともに、また黒い霧が魔族の身体から立ち上る。黒い霧は次第に濃くなり、魔族のすぐ横に渦を作りだした。すべてを取り込む漆黒の渦は大きくなって、アテナの方向に向かってドリルのように鋭い回転を始めた。


「──無駄」


 アテナはつぶやき、右手を渦のほうに向けた。それまで魔族に降り注いでいた氷の刃の一部を渦にぶつけた。氷と漆黒の闇がぶつかり合い、カチンカチンと金属音のようなものが鳴り響く。


「クソッ、クソッ、クソッガキがァ……堕天しやがれェェェェェェェェェエエエエッ!! ──【漆黒飽和ノワール・カバー】ッ!!」


 闇のドリルが回転したままアテナに迫る。その闇は氷の刃どころか、どんな光も通さない漆黒の闇だった。


「──【白氷】」


 アテナは右手をドリルが向かってくる方向に向けた。その途端、目の前の魔法陣から出現する氷の刃の数が膨大に増した。

 ギャリギャリと氷の刃は砕かれながらも、闇のドリルのスピードを緩めていく。が、ドリルも負けじと回転数を上げ、スピードを緩めながらもアテナへと迫る。氷と闇のぶつかり合いは激しくなり、辺り一面に衝撃波が何度も何度も広がった。

 そして、遂に勢いを無くした漆黒のドリルはアテナの右手の数センチメートル手前で完全に回転をストップさせ、そのまま宙に吸収されるようにサアァと消えていった。


「──しね」


 アテナの右手が魔族の心臓を捉えた。複数あった魔法陣が重なり合い、大きな剣の形の氷が出現する。

 青白い氷の剣はアテナの手元を離れ、一瞬にして魔族の心臓を貫いた。


「クソガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……いずれ、は必ずギザージュ様、の──」


 言葉が途切れる。意識が暗転する。氷の剣が消え去っていくと同時に、魔族はその生命を消し去った。

 白い光が静かに揺らめきながら、炎の残る戦場を包み込む。

 アテナは、床に降り立つと、静かに目を閉じた。

 しかし、彼女の内側には、未だ収まらぬ何かが渦巻いていた。

 ──これで、本当に終わったのか?

 アテナは、魔族の亡骸を見下ろす。

 そして、自らの手を見つめた。銀白の髪が揺れ、白い光が薄らいでいく。

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