第7話 初めてはこれがいい

「ですので、アテナ様がプリザンド王から魔王に会いに行けと言われている以上、絶対に取らなきゃいけないんです」


 こいつ、昨日はやけにおとなしく引き下がったなと思っていたら、こんな大事なことを隠していたのか。そんなこと言われたら揺らいじゃうじゃん。魔王に会いに行く気なんて更々ないけど、王様との約束(一方的な不平等条約だけどね)を破る気にもなれないし。

 いや、ちょっと待って。


「人魔徳一戦って冒険者になったとしても越えられなくない? 人族と魔族の干渉を禁じている境界線なのに、冒険者登録したからってそれを破っていいわけじゃないよね」

「そうですね。それが一般の冒険者なら、どんなに熟練冒険者でも無理でしょうね」

「ほら、私の思った通りだ。そもそも人間が超えられないなら、私でも無理だ」


 勝った。人魔徳一線はそんなに甘いものじゃない。よし、これで村に帰れる立派な理由ができた。


「いえ、アテナ様は超えられるんですよ」

「そんなわけないでしょ。私は魔族じゃないんだし」

「人魔干渉禁止条例、前文一部。『いかなる場合でも、この線を持って人族と魔族の干渉を禁止し、超えられないものとする。しかし、魔王と勇者の誕生が認められると、両者のみの干渉を許可する』」


 シャーレナは何か頭痛くなるような文言をすらすらと詠唱し始めた。


「……なにそれ」

「先代勇者つるぎ様が定めた条例の前文です。つまり、勇者であるアテナ様であれば人魔徳一線を超えることができるんです」


 はい、戦犯は先代勇者でした。


「え、てことは王様はそれを知ってて」

「そうですね。なので今日は冒険者登録をするだろうと思われてるはずですよ。もし逃げたら王国軍が全力で捜索しに来るでしょうね」

「うっそでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

「ということで、観念したならさっさと行きますよ」


 私はしぶしぶシャーレナについていくことにした。せざるを得なかった。

 そして辿り着いた冒険者ギルド。外見からして立派で、重厚感のある石造りの建物だった。

 中に入ってみるとめちゃくちゃ賑やかで、屈強そうな冒険者たちが行き交っていた。冒険者たちが受付カウンターに並び、クエスト掲示板を見ていたりしている。


「うわぁ、なにここ。人多すぎでしょ」


 その雰囲気に圧倒されながらも、私はシャーレナに引っ張られるまま受付へ向かった。

 私たちが向かったのは『冒険者登録』と書かれた札が立っているところだった。どこにでもありそうなカウンターの向こうで女性が対応している。


「冒険者登録をしたいのですが」


 シャーレナがそう告げると、受付の女性がにっこりと微笑んで答えた。


「初めての登録ですね。それではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」


 そう言って用紙が渡される。名前や年齢、出身地などの項目がある。

 私はペンを取り出して、仕方なく書き込んだ。

 まぁ、これを提出すれば終わりなんだから、今は我慢しておこう。


「書けました」

「ありがとうございます。登録には簡単な試験が必要ですが、大丈夫ですか?」

「試験?」


 その言葉に私は思わず声を上げた。何の話だ?


「ええ、こちらで召喚する擬似モンスターを倒していただきます。それができれば登録完了です」


 私の顔が青ざめた。モンスターなんて倒したことないのに、いきなりそんな無理難題を押し付けられるなんて。


「いやいや無理無理無理! 私まだ剣も持ってないんだけど!?」

「ですが、冒険者登録をするなら実技試験を受けていただかないと」

「ねぇシャーレナ助けてッ」

「それではまず武器を揃えましょうか」


 助けを求めたが、シャーレナは全く動じることなく、私を連れてギルドを後にした。そして向かった先は、近くの鍛冶屋だった。

 鍛冶屋の扉を押し開けると、金属の匂いや鉄を打つ音が一気に押し寄せてきた。室内には無数の剣や盾、鎧が並んでおり、奥にちらっと見える鍛造室からはものすごい熱気が伝わってくる。私はその光景に圧倒されて、思わず立ち止まった。


「さあ、アテナ様。どの武器にしますか?」


 シャーレナが微笑みながら私を促す。私は店内を見回したものの、どれを選べばいいのかさっぱりわからない。

 とりあえず一番近くに置いてある大きい剣に触れてみる。が、重たすぎてまず持ち上がらなかった。


「おっも!!」

「……アテナ様、それは大剣です。両手剣なので重いのは当たり前ですよ」


 そんなことも知らんのか、と言わんばかりの呆れた表情でシャーレナが教えてくれる。

 悪かったね。そんなことも知らなくて。


「え、えっと……初心者向けの剣とかないの?」

「もちろんございますよ、お嬢さん!」


 突然、奥から威勢のいい声が響いた。私、そんな聞こえるような大きな声出した覚えないんだけど。

 現れたのは筋骨隆々の鍛冶職人だった。太い腕に巻かれた革の腕当てと、黒く煤けたエプロンがやけに目を引く。


「初心者向けなら、この剣なんかどうだい?」


 彼が手渡してきたのは、両刃のシンプルな片手剣だった。派手さはないが、しっかりとした作りで持ち手も握りやすい。


「この子は鉄で作られた丈夫な剣さ。軽くて扱いやすいから、初めての一本にはぴったりだぞ」


 私は剣を手に取り、軽く振ってみた。確かに思ったよりも軽くて、これなら私でも扱えそうだ。


「ほかにもあるぞ。これはどうだ?」


 また別の剣を手渡してくれる。柄や鍔はこっちのほうが高級感があったが、さっきのよりも若干重たい。

 一応振ってみる。重たいせいか、さっきのようなスピードは出なかった。


「これは見た目が好みなんだけど、ちょっと重いかも」

「じゃあこいつはどうだ?」


 三本目の剣を差し出される。二本目の剣よりかは軽いけど、柄が手に馴染まず、振るたびにズレる感覚があった。


「うーん、最初の剣が一番扱いやすい気がするなぁ」

「お嬢さん、目が利くな!」


 鍛冶職人は豪快に笑い、私が最初振った剣を再び渡してきた。


「これにしようかな……」


 そう呟くと、シャーレナが微笑みながら言った。


「いい選択です。アテナ様にお似合いですよ」

「まいどありィ。代金は百二十ゴールドだけど、大丈夫か?」


 私は財布の中身をそっと確認する。財布の中身を全部足してギリギリ足りるくらいだ。


「ねぇ、シャーレナ。これで全財産なんだけど本当に買うの?」

「もちろんです! 必要な投資ですから」


 シャーレナの圧に負けて、私は震える手でお金を払った。

 うぅ。これでもう残りは五ゴールドしか残ってない。今夜の泊まりところはどうしよう。


「刃こぼれとかの対処も扱ってるから、なんかあったらまた来てくれよな」


 財布の中身をつぎ込んで購入した鉄の剣を片手に、精一杯の愛想笑いを残して店を出た。

 冒険者ギルドに戻ると、受付の女性がまた優しい笑みで迎えてくれた。


「準備は整いましたか?」


 私は剣を手にしながら、不安げに頷く。シャーレナが後ろから私の背中を軽く押した。


「大丈夫です、アテナ様。私がついています」

「本当に大丈夫かなぁ……」

「それでは試験会場に案内します。ついてきてください」


 カウンターの横には通路があり、そこから来いと促された。

 ついていくと、小さな競技場のようなところだった。周りには防護結界が張り巡らされていて、その中で戦うみたいだ。


「それでは、今から試験を開始します。これから召喚するモンスターを討伐してください」


 紫色の魔法陣が床に広がり、そこから出てきた白い光とともに現れたのは、犬くらいの大きさの擬似モンスターだった。見た目はスライムに近いけど、身体の中心で赤く光る核のようなものが不気味だ。


「えっと、これを倒せばいいの?」

「そうです。核を攻撃すれば倒せますよ」


 受付の女性がにこやかに説明してくれるが、その簡単そうな言葉が余計に私を緊張させた。

 剣を鞘から抜いて両手で握ってみる。鍛冶屋ではあんなに軽く感じたのに、今ではこれも大剣のように重たい。


「アテナ様、まずは剣を構えて……そう、しっかりと握ってください」


 シャーレナのアドバイスを受けながら、私はスライムに向き直った。

 水色でプルプルしているし、後ろが透けて見える半透明の身体は、気味が悪くて仕方がない。剣を振りかぶるものの、いざ攻撃しようとすると足がすくむ。


「ううっ……怖い……」


 スライムがぴょんと跳ねると、その動きにビクッと体が反応してしまう。


「アテナ様、落ち着いて。スライムはこちらに近づいてきますから、タイミングを見て剣を振るだけで大丈夫です」

「そ、そんな簡単に言わないでよ!」


 スライムがさらに近づいてくる。私は思わず剣を振り下ろしたが、力みすぎて空振りしてしまった。バランスを崩して、地面に尻もちをつく。


「きゃっ!」

「アテナ様、しっかりしてください!」

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