第6話 誕生日ケーキ
「冒険者割引って、そんなにお得なの?」
私はシャーレナの話を聞きながら、半信半疑で尋ねた。
「ええ、宿屋や武具屋だけじゃなく、時には食事処や雑貨店なんかでも適用されることがあります。これから王都で生活していくなら、ぜひ取得しておくべきだと思いますよ」
「うーん……でも冒険者登録するのって、なんか色々面倒くさそうだしなぁ……」
私はベッドの上でごろりと寝返りを打った。シャーレナは勧めてくれているが、冒険者になるなんて、正直なところ全く乗り気じゃない。
「アテナ様、王都での生活はそんなに甘くありませんよ? 村とは違って物価も高いですし、何より安全に生活するための手段を持たないといけません」
「安全って……王都の中に魔物なんていないでしょ?」
「そういう問題ではありません。例えばスリや詐欺師がいるかもしれませんし、何かあった時に冒険者ギルドに所属していれば情報や助けを得やすいのです」
シャーレナは言葉巧みに冒険者登録を勧めてくる。だが私はどうしても首を縦に振る気になれない。何より面倒くさいのだ。村を出たばかりで疲れ切っている私に、そんな大層なことをする気力はない。
「……考えておくよ」
結局、曖昧な返事をしてシャーレナの話を打ち切ることにした。これ以上この話を続けられると、本当に冒険者登録をさせられそうな気がしたからだ。
「わかりました。ですが、明日またお話ししましょうね」
シャーレナはそれ以上押し付けることなく、にっこりと微笑んだ。そして突然立ち上がると、「少し待っていてください」と言い残して部屋を出て行った。
私はその背中を見送りながら首を傾げた。
「どこ行くんだろ?」
何をしに行ったのかはわからないけど、私を冒険者登録に引きずり込むための策を用意しに行ったのかもしれない。
はぁーっとため息をついて、再びベッドに倒れ込む。今日は本当に疲れた。あの森を抜けて王都に辿り着いた時の感動は忘れられないけれど、全身の疲労はそれ以上に忘れがたい。
少し目を閉じて休もうとしていると、シャーレナが部屋に戻ってきた。手には小さなホールケーキが載った皿を持っている。しかもそのケーキの上には一本の蝋燭が灯されていた。
「えっ……?」
私は思わず声を漏らした。予想していた展開と全然違う。
「お待たせしました、アテナ様。今日は、十六歳の誕生日ですよね?」
私は思わず目を見開いた。シャーレナが私の目の前にケーキを差し出してくる。
「え、えっと……ありがとう!」
私は手を伸ばしてケーキを受け取った。ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。思わず顔がほころんでしまう。
「こんなことしてくれるなんて……シャーレナ、本当にありがとう!」
「ふふ、ささやかながらのお祝いです。さあ、蝋燭の火を吹き消してください」
私はケーキをじっと見つめ、目を閉じた。そして心の中で「シャーレナが冒険者登録なんか諦めますように」と願いながら、一気に息を吹きかけた。火は静かに消え、部屋の中が少し暗くなった。
「さぁ、お好きなだけどうぞ」
その言葉に甘え、私はケーキを切り分けてシャーレナと一緒に食べ始めた。ふわふわのスポンジと濃厚なクリームが口の中に広がり、疲れ切った体が一気に癒される気がする。
「美味しい……!」
思わず声に出してしまうと、シャーレナは満足そうに笑った。
「喜んでいただけて何よりです。ところで、アテナ様はこういう甘いもの、昔からお好きでしたよね?」
「うん、たぶんね。覚えてるのは、村の祭りで売ってた焼き菓子とか、よく買ってたことくらいだけど……」
そう答えた私に、シャーレナはふっと微笑んで首を振った。
「それだけじゃありませんよ。ほら、小さい頃よく私の家でお菓子作りを手伝ってくれたじゃないですか。でも、いつも途中でつまみ食いをして怒られていましたよね?」
「えっ、そんなことあったっけ?」
私は慌てて視線をそらすが、確かに心当たりがある。
シャーレナの実家は村の中でも有名な菓子店だった。よく私も厨房に入ってお菓子作りを手伝わせてもらっていたのだ。
「ありましたとも。特に印象深いのは、砂糖と塩を間違えてドーナツを作ったことです。あのときの私たち、どんなに頑張っても食べきれませんでしたね」
「ちょっとやめてよ! それ、もう忘れてたのに!」
私は顔を真っ赤にして抗議するが、シャーレナの笑顔は止まらない。
「でも、そんなアテナ様が『これくらい失敗してもいいのよ!』なんて偉そうに言っていたのが可愛らしくて、今でも覚えています」
「……そんなこと言ってたっけ? 全然覚えてない」
手元のケーキをもぐもぐと頬張りながら、私は恥ずかしさを紛らわせる。
「言ってましたよ。もう少し歳を重ねたら、きっと最高の職人になれるって私に宣言していましたから」
「職人って、本当にそんなこと言ったかなぁ……」
「ええ、言いましたとも」
シャーレナの穏やかな声と笑顔に、私は気が抜けたように小さく笑った。
「まあ、そうだったのかもしれないね。それに比べて今の私は。勇者になるくらいなら、お菓子職人のほうがなりたかったよ」
「そんなことはありません。こうして王都まで一人で来られたんですから、昔のアテナ様よりもずっと強くなられてますよ」
シャーレナの優しい言葉に、私はなんとなくくすぐったい気持ちになる。
そんな話を続けながら、ケーキはあっという間になくなってしまった。
「美味しかったけど、もう終わりか……」
少し残念そうに私が呟くと、シャーレナは小さくあくびをしながら立ち上がった。
「もうお疲れですし、寝ましょうか」
「そうだね」
私はベッドに寝転がる。やっぱりこのふかふかさは最高だ。
「では、私も失礼して」
シャーレナも隣に身を沈めるが、さすがにシングルベッドは狭い。
「ちょっと、こっち来すぎだって!」
「いえ、アテナ様こそ広がりすぎです」
お互いに身を寄せ合い、狭いスペースをなんとか確保しようと小さな押し問答が始まる。
「これじゃ寝返りも打てないじゃん……」
「ほら、もう少しそっちに寄ってください!」
「これ以上寄ったら私が落ちちゃうでしょ!」
「では、真ん中にしましょう!」
なんだかんだ言いながらも、最終的にはお互い半分ずつスペースを譲り合い、なんとか収まった。
ほっとしたのも束の間、シャーレナが掛け布団を引っ張ってきた。
「ちょっと、寒いんだけど?」
「私だって寒いです!」
「だからって私の分取らないでよ」
二人で布団を引っ張り合い、ようやく半分ずつで折り合いをつける形に落ち着く。
「……なんか、こういうの昔もやってた気がする」
ふと呟くと、シャーレナが小さく笑った。
「ええ、村のお祭りの夜とか、そうでしたね。こうやって一緒に寝るの、少し懐かしいです」
「……そうだね」
心地よい静けさの中で、私はいつの間にか瞼が重くなっているのを感じた。シャーレナの規則正しい寝息がすぐ隣から聞こえる。
昔っから寝つきいいんだよな。シャーレナは。
気づけば私も、穏やかな眠りに落ちていた──隣のシャーレナの温もりを感じながら。
翌朝、朝日が差し込む中で目を覚ました私は、なんとも言えない安堵感に包まれていた。隣でシャーレナがまだ寝息を立てているのを見ると、昨日の疲れも少し癒えてきた気がする。
軽く体を伸ばしてベッドから降り、シャーレナを起こした後、私たちは宿の食堂で朝食を取ることにした。
朝食を済ませて部屋に戻ると、シャーレナはすぐに部屋を出る準備をし始めた。
「何してるの?」
「さあ、アテナ様。ギルドへ行きましょう」
「え?」
「もちろんです。昨日のうちに考えておくとおっしゃったではありませんか」
「それはそういう意味じゃないから! 私は嫌だからね」
「とは言っても、チェックアウトの時間になったら強制的に放り出されるんですけどね。いいですよ。それまで待ちましょう」
この余裕っぷり、なんか癪に障る。
まぁいいや、また適当行ってマラク村にでも帰ればシャーレナも諦めてくれるだろう。
「そもそも冒険者の資格がなければ、例え勇者でも人魔徳一線は越えられません。魔王に会いに行くなら遅かれ早かれ取るしかないんです」
は? 今、なんて?
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