第2話

「ちょっ、何するんですか!?」

「助けると思って、話を聞いてくれ」

「はぁ?」

「マジで困ってんだ。芝田をアテにして来たのに居ないとか……」

「そう言われましても……」

「頼む! とりあえず部屋に入れてくれ!」

「いや、それはちょっと……」


 このご時世、いくらなんでも、見ず知らずの人を部屋に入れるなんてことは出来ない。


「頼むよ……頼れる人、いないんだ」


 だけど、明らかに怪しい人ではあるけど、綺麗な瞳で見つめられて懇願されると何だか物凄く断りにくい。


(いや、でもさすがに部屋には入れられないよね……)


 例えどんなに良い人そうでも、簡単に人を信用するなんて出来ない。


 男だろうが女だろうが平気で騙す人だって沢山いるし、犯罪を犯す人だっているのだから。


 だけど、ここで彼女を見捨てるというのも可哀想というか、なんていうか……甘いかな、部屋へ入れずせめて話を聞くだけならいいかと思い直した私は、


「あの、それじゃあ話を聞くくらいなら……」


 そう言葉を零すと、


「本当か!? 助かる! お前良い奴だな」


 ついさっきまでの表情とは打って変わって、子供のように無邪気な笑顔を見せてくれた。


「いや、別に、そんな……」


“いい奴”なんて言われて、少し照れ臭くなった私をよそに彼女は、


「じゃあ早速、上がらせてもらうな」


 何を勘違いしたのか私の横を通って玄関に入り、靴を脱ぎ始めた。


「って! ちょっと待って! 話を聞くとは言ったけど、部屋に入れるとは言ってない!」

「はぁ? 外で話せって言うのかよ?」

「当たり前です!」

「それはまずい。頼むから中で話をさせてくれ」

「どうしてですか?」

「何でもだ」

「何ですかそれ? 答えになってません!」


 そんな互いに一歩も譲らない言い合いが暫く続き、埒が明かない状態に陥ってしまう。


(もう、一体何なのよ? やっぱり関わらなきゃ良かった!)


 いつまでも玄関先で言い合いなんてしていては隣近所に迷惑がかかるし、何より、だんだんこのやり取りが面倒臭くなってくる。


(芝田さんの知り合いみたいだし、女の人だし、とりあえず話だけ聞いて、さっさと帰ってもらうしかないか……)


 色々悩んだ末、不安はあるものの折れたのは私の方だった。


「……分かりました、とりあえず上がって下さい。話は部屋で伺いますから」

「そうか? いやぁ、悪いな」


 部屋へ上がるよう促すと、待ってましたと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべ、言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく部屋へ入って行く。


「あなた、名前は?」

遠野とおの なお


 何のもてなしもしないのは流石に失礼かと思い、コーヒーを淹れながら彼女の素性を聞いてみる。


「尚さんね。お住いは?」

「ん? まぁ……ここから少し離れたところ」

「……歳は?」

「二十二」


 住まいに関しては何だか少し曖昧で怪しげだけど、そこはまぁ置いておくとしよう。


 年齢を聞くと、どうやら私より二つ年上ということが分かった。


 彼女――尚さんはまるで自分の家かのようにリビングのソファーに座ってくつろぎながら、私の質問に答えていく。


「――それで、芝田さんをアテにして来たって言ってましたけど、知り合いなら連絡先分かりますよね? 連絡を取ってみればいいじゃないですか」

「そりゃそうだが、アメリカにいんだろ? ここに居ないんじゃ意味ねぇんだよ」

「どうして?」

「それは……お前に話す必要ねぇと思う」

「……そ、そうですか」


 確かに、私情に口を挟むのは良くないかもしれないけど、見ず知らずの人の部屋に半ば強引に上がり込んで来たくせに、なんて言い草だろう。


(もう少し言い方があると思うんだけど……)


「そもそも……私があなたの話を聞いて、どうすればいいんですか?」


 芝田さんの知り合いとは言え私からすれば父の知り合いというだけで芝田さんとの関わりもない上に、何だか要領得ない話ばかりで尋ねて来た理由とか困っている事情も話してくれないくせに、私にどうしろと言うのだろう。


 それに、見ず知らずの私に頼るくらいなら、いっそ他の知り合いを当たればいいのではないかとさえ思うのだけど、それも何か事情があるのだろうか。


「うーん、それなんだけど……」


 私の質問に何故か尚さんは言い淀む。


 よほど言いづらいことなのだろうか。


(まさか、お金を貸して欲しい……とか?)


 話を聞くとは言ったけれど、よくよく考えてみると、万が一金銭的な頼み事などされては困る。


 やはりここは適当に話を切り上げて帰ってもらうのが一番な気がして、招き入れたことを心底後悔した。


「あの、芝田さんじゃなくても大丈夫なら、他の知り合いを当たればいいんじゃないですか?」

「いや、それはそうなんだけど、理由わけあって他の知り合いには頼めねぇ。唯一頼れるのが芝田だったんだ……」


 言い終えた尚さんはがっくりと肩を落とすけれど、彼女の話は何だか矛盾している気がする。


「あの……どうして知り合いには頼めないのに、見ず知らずの私なら大丈夫なんですか?」

「都合が良いからだよ」

「はあ!?」


『都合が良いから』という言葉には、流石の私も頭に来てしまい、つい大きな声を出してしまった。


「それって流石に酷くないですか!? 都合が良いなんて」

「何でそんな怒るんだよ?」

「そりゃ怒るでしょ! 都合良いなんて言われて喜ぶ人はいないし! 何か使われてるみたいで……」

「ああ、言い方が悪かったのか。別に使えるとかそういう風に思ってる訳じゃねぇから、そうカリカリすんなって」


 怒りを見せる私をよそに何だか一人で納得しているけど、私が言いたいのはそういうことではない。


「いや、そういうことじゃなくて――」

「そうだ、お前の名前は?」


 そんな中、尚さんは私の言葉を無視して名前を聞いてくる。


「……葉月 夏子」

「カコ? どーいう字?」

「『夏』に子供の『子』で夏子よ」

「ふーん」


 しかも、自分から聞いておいて興味なさげな反応は何だろう。


 やっぱりこの人、すごく失礼だ。何だかもう、この人と話しているとものすごく疲れてくる。


 これ以上は付き合いきれないというか正直関わりたくもないので、さっさと話を終わらせて帰ってもらうと口を開きかけた、その時、


「で、話戻すけど……夏子、折り入って頼みがある」


 先に口を開いた尚さんの表情が急に真面目な顔つきになると、真っ直ぐ私を見据え、


「暫くここに置いてほしい」


 耳を疑う言葉を口にした。

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