不器用恋愛〜訳アリ女装男子と内緒の関係〜

月嶋ゆのん

第1話

「きゃあ~!」

久遠クオンよ! 久遠の新曲ですって」


 秋も半ばに差し掛かり、夕方になると肌寒さを通り越して本格的に寒くなる。


 そんな中、バイト終わりに繁華街を歩いていた私は周りで起こる黄色い声援に驚き、その場で足を止めた。


(……何?)


 ふと周りを見渡すと、何故か皆がビルの大型スクリーンに視線を向けていたのが気になってつられるように目を向けると、そこには一組のバンドの演奏シーンが映し出されていた。


 演奏しているのは『久遠-クオン-』という年齢や本名を一切公開しない謎に包まれた男性四人組のロックバンド。


 ボーカルの『ナオ』は、華奢な体型で綺麗な顔立ち、一見女と間違えそうなくらいに美人という言葉が似合う男性で、特に透き通った透明感のある歌声が人気の人。


 ギターの『ハイリ』は、ナオ程華奢ではないものの男性にしては細身で、左右の耳に沢山のピアスを付けているだけではなく頬や唇にもピアスを付けた、ちょっと痛そうな人。


 ベースの『エイジ』は赤髪に赤いカラーコンタクトを付けて眼鏡を掛けている長身細身のインテリ系。


 ドラムの『ハヤテ』は三人とは違ってがっちりした体格で強面のガテン系。


 とまぁ簡単に特徴をまとめるとそんな感じで、この四人は今や世間で知らない人はいないくらいの人気者だとでも言っておこう。


 だから大してファンでもない、強いて言えば全く興味のない私でも一般的知識として知っているのだ。


(久遠ねぇ……この人たちの何がいいんだか、全然分からないけど……)


 周りの女子たちがキャーキャー騒いでいて耳が痛くなってきた私は小さく溜め息を吐くと、スクリーンから視線を外して再び人混みの中を歩き始めた。


 私は葉月はづき 夏子かこ。至って平凡な大学二年生。


 今年の春から父が仕事の都合で海外転勤になった事で心配性の母も一緒に付いていくことになり、私は念願だった一人暮らしを始めたばかり。


 念願叶ったわけだけど、良かったのは最初だけ。


 家事はまぁ出来るほうで料理はするけど一人だとご飯を作る気になれず、ついつい外食や惣菜、お弁当などを買う日が多くなる。


(明日はバイトも休みだし、レイトショーで映画でも観に行こうかなぁ……)


 どうせ家に帰ってもすることがないし、悲しいかな彼氏のいない私は、大学やバイトが休みでも予定が入らず常に暇をしている状況。


 家で映画鑑賞も良いけれど、どうせなら映画館に行くのも悪くは無い。


 そんな事を考えながら歩いていくも特に気になる映画が公開されていなかった事もあって、結局どこへも寄らずに自宅のあるマンションへ帰宅した。


 私が住むのは十階建て、1LDKの賃貸マンションの七階『707号室』の部屋。


 リビングルームが9帖、寝室にしている部屋が6.5帖と一人暮らしには少し広めの間取りだ。


 それと言うのも、ここは元々父の知り合いが住んでいた部屋で、その住人も父同様海外へ転勤になって部屋を解約すると言っていたこと、一から部屋を探す手間も省けるからと私が住むことになった。


 エレベーターで七階まで上がり廊下を歩いていくと、ある部屋の前の廊下に一人の女性が立ち尽くしているのが見えた。


 茶髪でロングのストレートヘアで、背は170cm以上はあるだろうか。スラッとしていてすごく華奢な体型で、脚が長いからかジーンズ姿が良く似合う。


(綺麗……モデルさんみたい)


 なんて感心しながらよく見ると、その女性が立っているのは他でもない私の部屋の前だった。


「あの――」


 見覚えのないその女性は声を掛けるとすぐに振り向いた。


 彼女は女の私でもドキッとしてしまう程とても綺麗な女性だった。


「あの、どちら様ですか?」


 私がそう口を開くと、


「アンタこそ、誰?」


 綺麗な顔に似合わぬ程無愛想、つ口の悪い物言いで問い返して来ると同時に、鋭い目つきで私を見据えている。


「えっと、ここの住人、ですけど」


 私が途切れ途切れに答えると、


「は? ここには芝田しばたって男が住んでんだろ?」


 今度は驚いた表情で問い返して来る。


 芝田さんというのは前の住人――つまり私の父の知り合いだ。


「芝田さんなら、この春から転勤でアメリカへ行きましたよ。父の知り合いで……部屋は私が引き継いだんです」

「はぁ!? マジかよ……」


 私の答えに頭をむしりながら盛大に溜め息を吐いた彼女は落胆し更には、「あー困ったな……」とか、「転勤とか、言っとけってんだよ」なんて、ブツブツと独り言まで言い始めた。


(……何だろ、変で怪しい人だな)


 綺麗な女性なのに言葉使いや仕草がすごく男っぽく、気性も少々荒い。


(あんまり関わらない方が良さそう)


 失礼かもしれないけど、あまりお近づきにはなりたくない。


 そう判断した私はバッグのポケットから鍵を取り出すと、何やらブツブツ言っている彼女を置いて部屋へ入ろうとしたのだけれど、


「おい、ちょっと待て」


 彼女は閉めようとしたドアに足を入れてきて私の動きを止めたのだ。

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