第11話
これは凶事に端を発する。
半世紀与党と謳われた栄光党総裁、平坂学氏の暗殺によって引き起こされた政変は、ついには解散総選挙という形をとって大きく爆ぜた。
平坂首相を暗殺したのは瀬川という名の無職の青年。
平坂政権時断行された環境保全事業見直しの煽りを喰い倒産した、さる企業の幹部社員を父に持ち、その後自死を選択してしまった父のため家庭が崩壊、通っていた大学も中退せざるを得なくなり、どうにか就職するも半月で退職、生活保護申請も通らず結果として家に引きこもってしまった。
平坂に家を壊された。
自作の毒槍を手に持ち、地方遊説中の平坂首相を背後から襲撃に至ったのが昨年夏のこと。
現職の総理大臣の襲撃事件成功に警備体制に批判が集まったが、その後に起こった史上最悪の大量殺人事件に世間の耳目は移ってしまう。
東京都渋谷区にある国営放送局内撮影スタジオ。
ともかく今日、総選挙をひかえた各党の党首をこのスタジオに集め、討論番組を催そうとの目論見となっている。
司会進行は同番組の企画立案者にしてディレクターの
黒縁に分厚いレンズ、眼鏡のその奥の鋭いまなざし。昇進の話を何度も断ってきた。現場に執着している。
生放送で行われる番組は定刻通りはじまった。派手な演出などない、今日スタジオに呼んだ出演者の顔触れを考えたなら、テレビ局側が用意するものなど放送機材と滞りない行程のみ。
まず有川は、現与党である栄光党から
一時期は栄光党と連立を組み、政権与党の一翼を担っていた平和党からは党首の
両親は中国系台湾人。友和未来党首、
それから、いわゆる泡沫政党と呼ばれる議席数の少ない党の党首数名が、司会の有川の紹介で場に現れた。
すべての出演者が揃ったところで、解散前の議席数の多さに準じて指名していく。
栄光党、槐智則、荒井和志。
平和党、登野タイチ。
友和未来、寧寧。
推進会、吉葉哲弥。
日本良党、布施将。
多様党、日比雅美。
月の党、蜷川一喜。
雷鳴党、抜刀葵。
「それではまず、各党の党首もしくは代表者に党としての公約について話をしていただきます。それでは栄光党から、槐議員」
スタジオのカメラが槐智則に向けられる。
解散前の内閣では新設された電子大臣を担当。
一七〇センチの身長ながら仕立てのいいスーツに細身の立ち姿、聡明そうな広い額、育ちの良さを窺わせる丁寧な言葉遣い、なにより涼しげな見た目と白く輝く歯、屈託のない笑顔。
隣に座った荒井議員が、特徴のない凡庸な顔立ちをしているため完全に引き立て役になってしまっている。
「我々栄光党は五十年以上も国政の中枢を担ってきた。党の姿勢に大幅に変えることはない。継続すべき箇所は強化し、正すべきところは正す。平坂政権下ではかなわなかった政治と金の濁った流れは断ち切り、しがらみに縛られない、クリーンな政治家によるクリーンな政治を目指す」
歯切れのいい物言い、保守本流らしい発言内容。
槐はまっすぐな目でカメラを、その向こうにいるであろう国民を見つめた。
「平坂前首相の献金問題も解決してませんよね? 正すべきところと言う文言にそれは含まれているのでしょうか」
早速寧寧議員が噛みついた。タレント時代から大物芸能人を相手に回しても、物怖じしない発言をすることで人気者になった。その姿勢は常に強気で、反栄光を根本的な思想として持つ有権者は
そこに頼り甲斐を見いだす。ただ、気が強すぎるあまり時と場所を選ばない。
有川がやんわりと割って入る。
「ひとまず各党に話を伺います」
有川の分厚い眼鏡を、寧寧は小作りな顔で音が出るほど睨む。
槐議員はそのやりとりを静かに見守り、スタジオセットの特殊な形をしたテーブルのうえで手を組んだ。
「歩みを止めることはあってはならない。立ち止まることができる余裕は今の日本にはない。これは飽くまで私個人の考えですが、前首相が推進してきた環境保全事業の縮小化はあまりにも時代にそぐわないと思っています。政治とは積み重ね、小さいことであろうとひとつひとつ積み上げ形にして大事を成すもの。国民の信頼も、日々積み重ねる努力を見せていくことで回復させたい。そのうえで戦後最悪を言われて久しい経済不況から脱し、」
どうやってと寧寧の声が聞こえた。
「経済不況から脱し、国民の未来を守る。日本の未来である子どもを守る」
「高齢者に対して税金免除するなどのバラマキは続けるんですか」
もはや有川は止めに入らない。
「ばらまいているわけではない、最低限の生活を保障しています。我々栄光党は常に国民の生活を守ることを考えてきた」
「防衛費を上げるとも言っていました。守るという言葉を拡大解釈して都合よく使っているんじゃないんですか? 単純に国民の負担が増えますよね? 増税以外に財源を確保する手立てがあるんですか」
「そこです。不明瞭な金の流れを断ち、政治と金と在り様を明快にする。そうすることで無駄であったり、或いは不正なものであったりしたものが浮き彫りになる。膿の治療にはそれなりの人員と費用は必要ですが、必ず財源の確保はできる」
「本当にそれを信じていると? 少し楽観的すぎませんか」
違いますと槐議員はきっぱりとした口調で言った。
「成し遂げるべき目標であり、成し遂げた暁には必ず公約の実現に近づくことができる。人の力は無限です」
「そういうことではありません。あなたのおっしゃることは具体性に欠けています。私は政治に対する姿勢を討論したいのではない」
にっこりと槐議員は笑った。
「否定ばかりの政党に、感じる未来はありませんよ」
寧寧は眉間に皺を寄せた。
暴力的なまでに爽やかな笑顔を見せる槐議員が、寧寧の所属する友和未来という政党名に掛けて揶揄してきたからだ。
「当然我々も、自浄作用のみで栄光党を再び光ある政党に戻せるとは思っていません。友和未来をはじめとする対立政党と切磋琢磨してこそ磨かれるものもある」
それは王者の貫禄か。
醍醐士郎や盾多聞といった政党を代表する議員の代わりにこの場に喚ばれた人物であるとはいえ、その立ち振る舞いにはまるで臣下を睥睨するような、人間の大きさを感じさせる。しかしそれと同時に寧寧議員は、この人物と論を交えることは無意味であるといった、ある種絶望感も覚えさせられた。
場が静まった。
司会の有川は一瞬だけ進行表に目を落とし、栄光党槐その横に座る荒井議員と目線を流し、前回選挙で辛うじて野党第一党の位置を確保した友和未来代表、寧寧に目を止めた。
「それでは寧寧議員」
寧寧は有川に目をやることなく、まっすぐにカメラを見つめた。
「我が友和未来としては、栄光党政権に於いて各報道機関により浮き彫りにされ、且ついまだ棚上げにされている諸問題の早期解決。具体的には与党各派閥のパーティ券および献金問題。平坂前首相が反対を押し切るように進めた環境保全事業見直し。これは、いわずもがな世界の潮流に反した恥ずべきことであるとして、見直し取りやめを目指したい。長年にわたった栄光党政権の悪政の影響で国民の政治に対する信頼は地に墜ちています。国際社会に貢献できる国、それを基盤に安定した外交、安全保障を諸外国と話し合う。経済対策として全国的な賃上げ、それらをひとつひとつ形にすることで、失墜した政治への信頼を回復させる。一も二もなく国民の政治不信の回復。そのためには当然、半世紀以上に渡り国民を苦しめた栄光党政権の打倒」
強く宣言する寧寧議員の様子を、眉ひとつ動かさず見つめる槐。その横の荒井議員は苦笑いのような表情を見せ、頬を掻いている。
「今後至る超高齢社会に向け、介護や福祉制度の拡充。社会の未来そのものである子育てがしやすい環境。一次産業の保護と援助を基本とした地方再生。どのような人間であろうと受け容れ差別のない社会。それらもまた栄光党政権では枝葉末節のごとく切り捨てられてきた部分です。政策の実現、公約の実行、それ以前に打倒栄光。このまま栄光党政権を存続させていては、この国は沈みます」
変わらず槐は静観。荒井議員は寧寧議員の発言中何度か口を開きかけたが、今は腕組みをしてじっとしている。
もう何十年も繰り返していることだ。栄光党の動きそのすべてを否定する。反対することが存在意義。不祥事失態を追及するのはわかるが、前向きな話し合いの場ですら、栄光党批判に終始し国会を空転させるのが常だ。
友和未来が第一党となってはじめて、彼らの公約が具体的に動き出すのか。
「続いて平和党、登野タイチ議員、お願いします」
落ち着いた風情の紳士。
登野はその見た目どおりの静かな口調で、必要最低限の言葉を端的にしかし不親切にならない程度に簡略化して話す。
福祉こそ国の基本であるとし、出産や子育てに対する施策では、パート・アルバイトの所得制限を撤廃、出産費用の無償化、高校の授業料無償化。
「それらをいち早く実現するため、政治の清浄化は必ず為さなければなりません。見通し風通しのいい政治は、昨今取り沙汰されている政治と金の問題による不信感の払拭に繋がります」
友和未来にしても平和党にしても政治と金、不透明な政治献金などの諸問題をわずかなりとも抱えている。ただ、今の彼らは国政の中枢を担っているわけではない。だからこそ非難を浴びず、厚顔無恥にも与党叩きを繰り返す。彼らを支える有権者もまた、栄光党政権を倒すことをなによりの目標としているためそのあたりは俎上に上ることはなく、多く有耶無耶にされている。
栄光党支持者はそれを不服に思い、反栄光党を掲げる有権者は与党であるなら批判されるのは当然と言う。断絶がある。
それでいいと司会であり演出もしている有川は思っている。政治とは命がけでするものだ。そして国民もまた命、生活を守るため、必死の思いで自分の一票を政治家に委ねるものだ。
だからこそ面白い。
これほど色濃いドラマなどそうそう作ることはできない。だから現場から上がることができないのだ。上に行って管理職をやるなどまっぴらごめんだ。
登野議員は静かに以上ですと言葉を添えた。
有川は首を伸ばしてあたりを見た。
栄光党、友和未来、平和党ときて、推進会、以降は所謂泡沫政党と呼ばれる、日本良党、多様党、月の党。
放送が開始されて一時間と少し。
集まった議員たちに若干の疲労が見て取れる。そんな中でも槐智則、寧寧などは目に光を宿している。
「それでは最後ですね。最後は雷鳴党。ええ、雷鳴党は結成間もない政党、この中ではもっとも新しい」
カメラが席の末端に向けられた。
「抜刀議員、雷鳴党の公約をお願いします」
促されてようやく抜刀葵は放送が始まってはじめて口を開いた。
「首都機能の移転」
「地勢および災害の耐久度を勘案し、新首都は長野県松本市」
数人の失笑が聞こえた。
構わず抜刀葵は続けた。
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