転生したら、ぼくだけがチートすぎる戦記
剛♂珍太郎
第1話 夏至祭
粉雪が舞っていた。
3歳のリウムは寒いと感じなかった。やぎの『やい子』とくっついているのもあるが、そんなことより、ひもじかった。
「お腹が減りすぎて死ぬ。なんでもいい、なにか食べる物はないのか」
リウムは幾度も噛んでグチャクチャになった木の皮を口から吐き出した。それをやい子が喜んで食べる。薪割り場で手に入れた松の樹皮だ。リウムは小川でうがいしたあと、新たな1枚を口にいれる。空腹の気晴らしにもならない。
リウムは自身の『ぽっこりお腹』に恐怖を感じた。餓鬼腹(がきばら)だ。深刻な栄養不足で、血管ではなくお腹に水が貯まるのだ。リウムの『お腹が減りすぎて死ぬ』という言葉は、空腹感を表す文学的誇大表現ではなく、文字通りの意味になる。
ゾニウム村では祭りの準備が行われていた。最低でも夏蕎麦(そば)が振る舞われるはずだった。年に1度の最大行事で、食べきれないほどの肉や白パンや酒や果実が、村人全員に大盤振る舞いされる日だった。
村ではめったに雪は降らなかったが、今年にかぎって冬中30センチ以上の積雪に見舞われた。10月に蒔いた小麦も大麦も、大根も、エンドウマメも、ホウレンソウも、裏作はすべて死滅した。
夏蕎麦(そば)は全滅したのだろう。4月に種をまいて6月に収穫する蕎麦だ。秋蕎麦はとうに食べ尽くしている。越冬した豚はすべて潰した。与える餌がなかったからである。人間と食性が重ならず、粗食に耐えるヤギが3頭残るだけ。リウムの唯一の財産、やぎの『やい子』もそのうちの1頭だ。
夏至祭には、ひまわり畑がかかせない。だが、そんなものはどこにもない。主力作物であり、夏の風物詩であるトウモロコシ畑もない。わずかに冬野菜が霜にも耐えて育っているだけである。ゾニウム村の村長リシルが機転で春に蒔かせたものだ。備蓄していた種などごく少量だったので、それなりの面積しかない。
神事の踊りのため、若衆が泉で斎戒沐浴して体を清めている。遠目からも痩せすぎで痩せぎすだった。みな肋骨がくっきりと浮いている。
太陽を崇め、光を神聖視する。泉の水面はきらきら反射する。黄金に輝くひまわりやとうもろこしは太陽の化身である。陽の光を受けて育った農作物、草花、森に神が宿る。そのため村では麦よりもトウモロコシの地位が高かった。
麦は価値の高さから大麦、小麦と名前が区別されていた。大麦はそのままでお粥になる。小麦は石臼で製粉しないとパンにならない。トウモロコシは固く甘くないデントコーンだ。粉にするのは小麦と同じだが、病気に強く、何より『神様の食べ物』だから別格である。
しかし今年は捧げる神饌(しんせん=神様が召し上がる食物)でさえ雀の涙だ。
例年なら山と積まれる乾燥トウモロコシが7本だけ。飢えの苦しさから、各家で消費されてしまったのである。
トウモロコシだけを食すことはないが、成人男性が1日に10本食べても分量(カロリー)として足りない。なのに村全体で7本しか残っていない。来年の種まき用にしても微々たる量である。もっとも村中のニワトリどころか、犬、ネコ、ネズミの類(たぐい)まで村民の胃袋に消えたぐらいだ。主食が7本分もあるのは驚くべきことなのかもしれない。
盛大なはずの行事支度に活気はない。失われた生気しか感じない。
枯れ木と見紛う痩身ばかりの村人は、若者ですら歩行がおぼつかなく、腹部膨満の子どもたちに瞳の光はない。祭りが始まる前に笑顔は絶え果てた。
ゾニウム村の共有財産と村長リシルが私有財産のすべてを投げ出した夏至祭がトウモロコシ7本分の結果しか出せなかった。それは村民全員に死刑宣告が出されたことを意味し、そのことを如実に目に見える形にしたのだった。
~~~
3歳のリウムにとって、はじめての夏至祭がはじまった。しかし、お祭りはお葬式だった。
かぶらの葉や大根葉は供されなかった。それでも湯がいた冬の雑草は口にいれることはできた。カラスノエンドウと『夏無き菜』であるナズナだ。今のゾニウム村では、なけなしの貴重な食料である。リウムにとっても一週間ぶりのまともな食事だった。
「今年の税は免除になった。とはいえ収穫がゼロなら、収穫の半分である税もゼロだ。意味がない。せめて去年の税であるトウモロコシさえ返してもらえれば……」
村長リシルが言った。
「領主さまのトラウ男爵さまに現状を訴え、再三にわたり前年税の返還を申し出たが、使いの方は『途中で強奪された』とおっしゃるばかり。ならば『どうか食糧援助を』と願い出たら『考慮する』の生返事のみ。ついには夏至祭なのに男爵さまの使者はお越しにならなかった。180年前にゾニウム村ができて以来、はじめて来賓者がいなかった」
「見捨てられたのだ!」
村の男衆は、口々に言う。
村の大切な公的祭事に領主関係者が欠席するのは、レティナル王国において領地権を放棄しているとみなされてもしかたがない。神授━━神から授けられた権利を否定する行為だ。それほどの異常事態である。
「村を捨て、食べる物を探しに出るしかない」
若く元気な者ほど、そう口にする。
どんなに空腹で頭が働かなくても、このままでは冬を越せないことが分かっていた。いや、今年の夏は冬である。皆が予想できた。この夏さえ越せる村人は誰ひとりいないと。
「ジアゾの町に行こう。このフェニル郡でいちばんの町なら、何か食料が得られるかもしれない」
「村のまわりの森ですら、動物たちはいなくなり、食べ物はないのだ。町に向かうしかない」
「オプテック川の港町ジアゾなら、王都から食料が入ってくるに違いない。もしジアゾ町でもダメなら直接王都に向かおう」
王都には神域(ダンジョン)がある。神域(ダンジョン)からは食料も大量に手に入る。そのことは国中に知られていた。神域(ダンジョン)の参加人数に制限はなく、才能さえあればいくらでも稼げると。
才能は遺伝する。血が大切である。貴族でないとたいして活躍できない。逆に才能があれば、とっくの昔に貴族になっている。そもそも、いちばん神域(ダンジョン)の才能があった者がレティナル王国の初代王となった。王の王たるゆえんである。王族は伊達じゃない。
そして才能なしが王都を離れた。その子孫が王都以外で暮らす者たちである。このことは誰もが知っていた。当然ゾニウムの村人も知っていた。
「神域(ダンジョン)以外の仕事でも、最低限食べていければいい」
このままゾニウム村にとどまっても死を待つばかりである。
「村に未来はない」
それは事実であり、村民全員の合意であった。
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