第6話 偶然の再会
【side:千景】
自分で言うのは何だが、俺は仕事が出来るタイプだ。
営業だと仕事の付き合いで飲みに行く事はよくある事なので、取引先の相手の希望で隠れ家的なバーを探した。
そのバーへ入るのは初めてだったが、口コミ評価も写真の雰囲気も良かったのでここに決めた。
地下への階段を降りて店のドアを開ける。店内は心地良い暗さの照明で、写真通りに雰囲気の良い店内だった。
店に入ると先に1組客がいた。
前にはバーテンダーが立っている。
・・・・・
!!!?
『…何で?どうしてここにいるんだ……本当に?どうして……?』
仕事柄いつも笑顔でいる事を意識しているのだが、一瞬で呆気に取られて呆然としてしまっていた。
「日渡さん入りましょう。」
ハッとして、すぐに笑顔に戻す。
軽いパニックの中、接待相手に促されて店内へ入った。
店のマスターにカウンター席へ案内されイスに座る。
『別人?いや、見間違えるはずは無い…。全然変わってない。あいつは……東 都希だ。』
仕事中にも関わらず、過去のツキが鮮明に思い出された。
・・・・
あいつは…
兄貴の元恋人だ。
・・・・
昨日は接待だったのですぐに店を後にした。
帰って来てからもずっと頭から離れない。
間違いなくあいつだった。
けれど、薄暗い店内で見間違えたのかもしれないと思い、息苦しさを感じながらも、気持ちも身体も今日もバーへ向かっていた。
店に入ると閉店間際だからか、客は誰もおらず、空いているカウンター席へ座った。
そこへバーテンが来る気配がする。
顔を上げると目の前にツキが立っていた。
『やっぱり…』
きっと驚いた顔になってしまっていたと思う。
でも、なんとか平静を装って話しかけた。
「昨日も来たんですけど、覚えてますか?」
「はい。」
「良かった!この店すごく雰囲気が良いのでとても気に入ったんです。入って本当に正解でした!閉店前なのにすみません。帰ろうかとも思ったんだけど入りたくなっちゃって。」
『俺とは気付かないか。あれから何年も経ってるし…』
・・・・
「まだ大丈夫です。ご注文は?」
「じゃあ、ウィスキーロックで」
・・・・
この会話が精一杯で何を話したら良いのか分からなかった。
閉店間際だった事もあり一杯だけ飲み終わると席を立った。
店を出てからもモヤモヤしている内に、まだ店の近くで立ち止まりボーっとしてしまっていた。
少しして店の方から声がしたかと思うとツキが階段を上がって来た。
咄嗟に隠れて様子を伺うと、ツキに近寄る長身の男がいる。
その男は当たり前の様にツキの荷物を持つとそのまま二人でどこかへ行ってしまった。
仲が良さそうに見えた。
友達なのだろうか…。
それとも恋人?…
『やっぱり都希だった。それだけ分かった。』
『………また行こう。』
何が知りたいのかも分からずにボーっとした頭で帰宅した。
・・・・
数日経ち、今日もバーの前に来た。
どうやらツキの勤務は固定では無いらしく、居る日と居ない日がある。
再会した2日後に再びバーへ行った時にはツキが居なかった。
マスターが今日は出勤していると言っていたのでどうしても気になってしまい、また足が店へ向いてしまっていた。
『今日はいる…。』
ドアノブに手を掛け、少し躊躇う。
『兄貴…あいつだよ。兄貴を苦しめたあいつがここにいるよ…。』
都希と気付いてから、今もどうして良いか分からずにいる。
◆◆◆◆
千景の脳裏に過去の記憶が鮮明に甦る。
優しい都希の笑顔。
幸せそうに笑い合う2人の姿。
泣いていた兄貴の背中。
幼かった自分には全てを理解する事は出来なかったし、兄貴にも聞けなかった。
兄貴が泣いていたあの時から、今の千景が都希に対して抱いている気持ちの大半は、大好きな兄を苦しめた相手という事だった。
◆◆◆◆
『仕事なら緊張しないのに…。』
一瞬唇を噛み締めて店のドアを開いた。
・・・・
カウンターに座るとツキが目の前に立つ。
「これから常連になるんで名前教えて下さい。俺は日渡千景(ひわたりちかげ)です。この近くの会社で営業してます。」
「あ、はい。」
「あの、貴方の名前は?教えて下さい!」
『全然こっち見ないな…』
「ツキ…です。」
「ツキさん…苗字は?」
「…すみません。フルネームはちょっと…。」
「あ、馴れ馴れしくてすみません!これから時間がある時には飲みに来るので、もし仲良くなれたらその内教えて下さいね!」
精一杯の営業スマイルと高めのテンションで何とか会話を繋いでみた。
その日の営業後も都希の様子を店から離れた場所で見ていた。
『何やってんだ…ストーカーかよ。』
店から出て来た都希に次は女が駆け寄って来た。
都希に抱きついたと思った途端に頬にキスをしている。
少し困った様な顔で都希が笑っていた。
!!?
その女は都希と手を繋いでタクシーに乗るとその場から居なくなった。
『なんなんだよ!!』
無性に苛立った。
千景がこの日に知れた事は、やはり都希本人だった事と、あの頃とは真逆な自分へ対してのツキの表情だけだった。
「あの頃とは別人みたいだ…。」
記憶の中の都希の笑顔を思い出しながら呟いた。
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