ただ抱きしめて
橘 アコ
第1話 プロローグ
いつからだろう。自分の性というものがわからなくなってしまったのは…。
それなりに恋愛はしてきた。今思い返してみると率直に、恋愛というものを経験してみたかった好奇心の方が強かったのかもしれない。
それでも自分なりに悩んだし、グズグズ切れない様な恋愛もあった。
二股や相手を困らせてメンヘラな態度をとったり、恋人に心底好きだと言われた次の日に別れ話をした事もある。
相手の気持ちも全く考えないつくづく最低なヤツだと自分のメンタルの糞さに嫌気が刺している。
すでに30歳を過ぎてしまった自分は本当の愛を知る事が出来るのだろうか…。
こんなヤツじゃ無理か…。
そんな寂しさばかりが波の様に押し寄せては引いていく。
・・・
家庭環境は貧しかった。
母子家庭で母親は付き合っている相手の家に行ったきりあまり家には帰って来なかった。
自分が中学生にもなると、母は生活費を置きに来るだけでそのまま住む場所すら変えて家を出て行ってしまった。
金はあるけど…
『あぁ…親に捨てられた。』と思った。
ストンと納得した途端にグチャっと心が死ぬ音がした。
行く場所も無く、1人の時間があまりに長く感じられてひたすらゲームばかりしていた。
世界の中心は母で回っていた事もあって
『ちゃんと家にいなさい』
と、言う呪いの言葉で学校が終わると家に帰りひたすらまたゲームをしていた。
・・・・
転機が訪れたのは高2の夏。
同級生に恋をした。
身長が高くて、はにかんだ笑顔が可愛いギャップにどんどん惹かれていった。
好きになってからすぐに告白をした。
まさかのOK。
初めて両思いの恋人が出来た。
自分を受け入れてくれた嬉しさで、強引に誘い、すぐに肉体関係を持った。
毎日毎日飽きもせずに繋がりあった。
自分を愛して一緒に居たいと思ってくれている存在に依存して、身体も心もドロドロになるまで相手を何度も求めた。
とても優しい恋人。
成績も性格も良くて教師からの期待もあり、自慢の恋人だった。
…でも自分は?
受け入れてもらえた事に浮かれて努力もせず相手ばかり求めてしまっていた。
ある時恋人が別れ際の玄関で強く抱きしめながら
「はぁ、本当にめちゃくちゃ好き…」
と、伝えてくれた。
幸せってこういうものなんだ…と、泣きたくなるくらい嬉しかった。
でも、それと同時に、、別れ話をしたら引き留めてくれるのかな…と、衝動的に壊したい気持ちに襲われた。
次の日。
衝動が抑えられず無理矢理な別れ話をすると
「別れたく無い!」
と、泣きながら縋ってくれた。
「あぁ…幸せだ。」
と、思っている自分がいた。
恋人がいても心が満たされる感覚は薄く、同級生の男女関係なく密かに片想いをしては、叶わない欲望を恋人で吐き出していた。
クズ過ぎる。
でもその時の自分には感情のコントロールが出来なかった。
何の努力もしない自分。
優等生な恋人を独占している事で教師からも目をつけられ別れる様に釘を刺された事もあった。
それでもいつも一緒にいた。
休み時間も放課後も休みの日も…。
・・・・
そんな関係が4年続いた。
最後は恋人の浮気で終わってしまった。
でも、たくさん相手を試して別れたりくっついたりを強要した自分に相手を責める資格は無いと思った。
「もう無理だよ。」
と、完全に拒絶されてから初めて相手の感じていた痛みが分かった。
あれだけ振り回していたくせに食事が食べられなくなり、恋人と過ごした全ての場所へ行けなくなった。
クズでも涙は止まらなかった。
昼間外を歩くのが辛くなり、かろうじて進学した専門学校へ通いながら、学校が終わるとそのまま夜職のアルバイトをした。
寝るのが怖かった。
夢の中で冷たい態度の恋人に醜く縋っては泣きながら起きる事が続いてしまい、気絶する様にしか眠れなくなっていた。
夜職で知り合ったお客さんや従業員と関係を持った。
ただ寂しくて、寂しくて、寂しくて。
誰でも良かった。
たまに家に帰って来る母からの呪いの言葉で学校へ通い続けた事もあり就職には困らなかった。
でも自分が生きている価値や意味がわからなかった。
・・・・
就職を機に別れた恋人との思い出ばかりが溢れる地元から離れる事にした。
ノーテンキな母は単純に子どもの自立を喜んでいた。
嬉しそうな母を横目に
『アンタからも離れたいんだよ。』
そう心の中でつぶやいた。
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