海に沈むジグラート43

七海ポルカ

第1話


 ラファエルがその報せを聞いたのは、例によって、フランス宮廷で王も臨席する、華やかな夜会が催されていた最中だった。

 国境の守備砦から緊急の報せが来たのだ。

 その時ラファエルは王の桟敷に呼ばれて、和やかに談笑していた所だったので、報せを持って来た兵士の表情、国境の守備砦からもたらされたということから、すぐに戦線に何か変動があったのだろうことが予想出来た。

 つまり戦の話であり、フランスは現在、神聖ローマ帝国、スペイン王国、北方イングランド王国と三つの重要な戦線を抱えており、激しい戦闘状態に入ってはいないとはいえ、膠着し、軍は臨戦態勢であった。そのいずれかの戦線が動いたのだろうと容易く予想がついたラファエルは心中、やれやれと思った。

 勿論、国の主ともなると脅かされる国境沿いの領地すら、我が子のようなものであるから、気になさるだろうと、ラファエルにとって優しい、良い主君である王のことは気遣って、少しも顔には出さなかったが「また戦か」と思うとうんざりする。

 ――かなり深刻そうだから、神聖ローマ帝国が動いたのかもなあ。

 あそこは空から飛来するから、襲撃されると大分大事になる。

 フランスの歴史からすると神聖ローマ帝国は建国の歴史は古くとも、今のように竜騎兵団を擁して軍国化したのは比較的近年であったので、神聖ローマ帝国の諸国併合の動きが活発化するまでは、隙をついては開戦してくるスペイン・イングランドの両国を、それは鬱陶しいなあと思っていたのだが、神聖ローマ帝国の竜騎兵団が創立されると、あいつらだけと戦っていた頃は楽で良かった、とフランス将校たちは口を揃えたものだ。

 三年前の神聖ローマ帝国との戦いでは、竜騎兵団に不意を突かれてヴェルサイユ宮にまで攻め込まれかけたことで、フランスでは速やかに王都も対竜騎兵団の対処法を考えねば、と随分貴族たちが騒いだのだが、ヴェルサイユを防衛の為に城壁で囲むべきだなどと真顔で言っていた者までいたのには本当に呆れた。

 そんなの折角の見晴らしが悪くなるからヤダが一番の理由だが、理論的に反論するのであれば、奴らは真上から急襲出来るのに、ヴェルサイユを高い城壁で囲んだからなんだ、という感じである。

 それに竜は突撃で城壁すら砕いたり穴をあけたりするのだ。完全に防ぐ手立てなど、ありはしない。要するに竜騎兵団が出撃して来るような事態にしないように、外交が尽力するしかないのだ。

 竜騎兵団が飛来した場合は、逆に神聖ローマ帝国にとって重要な基点をこちらも攻撃し、そちらに戦力を割かなければならない、という方法で彼らを撤退させるしかない。

 竜騎兵団は確かに、機動力がある。

 騎竜が一日でどれくらい飛ぶことが出来るのかは分からないが、彼らなら小隊でもイングランドすら、攻撃を仕掛けることは出来るかもしれないのだ。だが、機動力がある分、飛んだ分だけ自国が手薄になるというわけである。

 ラファエルはただでさえ戦争が嫌いだったので、お前が行って戦争にならないように友好的な外交をして来てくれと王に命じられたら喜んで行くが、開戦してしまったあとの話には正直、関わりたくなかった。

 そんな戦を、極論で言えば自分たちの思い付きのように仕掛けられる、竜騎兵団を擁する神聖ローマ帝国も嫌いだ。自己紹介もしない前に空から飛来して竜で踏み潰して人を殺す輩など、野蛮の極みである。

 なにが竜騎兵だ。。

 国ではあれは、【騎士の中の騎士】などと言われてるらしいが、騎士が笑って呆れる、とラファエルは常々思っていた。

 こんなに緊急の報せということは、神聖ローマ帝国かもしれない。

 ――またあいつらか。

 ラファエルは密かに溜め息をついた。

 やだなあ。

 いつか竜も飛んでいくのが疲れて無理なほど、遠くの美しい国にでも移住したいよ。

 そんな風に思った時だった。

 どういうことだ、本当なのか、と王が言った。

 温和な性格の王にしては、これほど狼狽している姿は非常に珍しい。

「……陛下?」

 ふと、動いた戦線は自分の予想と違ったのだろうかと、どうなさいました……静かに尋ねたところ、王は文をラファエルにも見せてくれた。

 文には、フランスの同盟国である【ファレーズ】が消滅した、こうして文に記しても、信じていただけないと思う、早々に王都から調査隊を派遣してほしいという要請が書いてあった。

 言葉も見つからなかったのだろう。砦の周辺で行われた交信内容と、その文が一緒に同封されていた。

 その夜、周辺で夜間巡回を行っていた部隊が、一瞬の光と轟音を聞いたという。

 雷かと思ったが、星の美しい、雲一つない空だったのでおかしいと思ったこと、一番最初の轟音が一番凄まじく、その後、しばらく遠雷のように空が鳴っていたこと、しかし正確な、砲撃時刻は不明だった。

 砲撃を受け、火が燃え広がっていたらば、すぐに近隣から報せが広がっただろう。

 だが、報せは無かった。

 森を挟んで隣街でさえ、翌朝は、変わらない日々に思えたらしい。

 数日後、【ファレーズ】からの物資や人の交流が途絶え、初めて人々がおかしいと思った。怪しみながらその地に行き、巨大な穴の中に消し飛んだ国を目にし、慌てて街に戻っても信じてはもらえなかったという。

 正確な情報がもたらされるまでに、更にまた数日要した。

 火の海にすらならなかった。

 なにか、大きな力で、叩き潰されたような、吹き飛ばされたような、それは見たこともない光景だったという。

 フランスでさえ、一体【ファレーズ】を滅ぼしたのが何なのか、最初は予測することすら出来なかった。

 彼らはやがて、国境沿いの守備隊から、どうやら【エルスタル】と【アルメリア】も同じ状態になったようだと報せを得る。

 人間業ではない……、誰かが言った。

 そこからさざ波のように、噂が広がった。人々の視線はある国に向いたのだ。

 それまで気にも留めていなかった存在。

 単なる、古の時代の巨大な遺産。

 まだ神々が地上にいた頃の。

 子供が目を輝かせる御伽噺の領域だった。


【シビュラの塔】……誰かがそう、呟いた。


 まるでそれが呪いの言葉だったように、あの日から世界は、悪夢を見続けている。



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