9:忘れ形見とすみれ

ピステル家の庭はとても広い。

それでいて手入れが細部まで行き届いており、その場所は庭というより、植物園に近い気がする。

迷路の様に入り組んでおり、一人では迷ってしまいそうなその場所を…シエットの案内で進んでいく。


「シエット。何かその…」

「なあに?」

「…手、握る力が強いなぁと」

「あ、ごめんね!痛かったよね…」


子供の力だ。さほど痛くは感じない。

それに彼女は力の加減を理解している。加減が分からず、常に全力を注いでしまう子供とは違うのだ。


「大丈夫だよ。でも、どうしたのかなぁって。普段らしくないからさ」

「…理由を言っても、嫌いにならない?」

「ならないよ」

「…ミーシャ先生とエレナが仲良く話しているのが、何となくなんだけど、嫌だった」

「…」

「私は、エレナとこんな風に話せるようになるまで時間がかかったのに、ミーシャ先生はあっという間。エレナも楽しそうに話しているし、ミーシャ先生はエレナを気に入っているように見えたし…今後の事を考えると、いいことなんだろうなって思うけど…ずるいなぁって」


子供らしい嫉妬というのだろうか。

一番大好きな人が、他の誰かに取られて…悲しくて、自分が一番なのにと感じてしまう。

精神が年相応の子供ではない私には、もう得られない感情。

それがとても可愛くて、つい笑みが零れてしまう。


「ふふっ…」

「エレナ?」

「確かにずるいね。あっという間に話せるようになったもん。シエットの時は、手始めにクローゼットの外に出すところから始めたもんね。会話どころじゃ全くなかった!」

「そ、それはぁ…!」


「ミーシャ先生は話しやすい人だって私は思ったよ。でも、私はまだミーシャ先生のことを全然知らないし…ミーシャ先生もまた、それは同じ」

「…」

「私達には、互いと過ごした長い時間がある。嫉妬なんて、する必要ないよ。互いが一番だって気持ちがある限りね」


「…エレナは、私が一番?」

「一番だよ。大好きな友達」

「嬉しいなぁ。あ、こういうのを親友って言うのかな」

「そうなる、かな?」


親友の基準はわからない。

けれど、これが互いに親友と思うのならば…それはもう親友でいいのだろう。


「私はこれからも、エレナの親友として…貴方を一番に思うから」

「じゃあ、私も」

「…頑張って、貴方の側についていくから」


ぼそっと呟かされた言葉は、私の耳にきちんと届く。

それは私の台詞だと思う。

しかし彼女は、自分が追いかける身だと思っているらしい。

ここから彼女はそう思い込んで、自分を伸ばしてくる。

…私はそんな彼女の実力に並び、追い抜く必要がある。

どこまで伸ばさないといけないのだろうか。

子供時代の修業で命を落としたりしないだろうか…。


「あ、ねえねえエレナ。あれをみて」

「あれ?」


可愛い嫉妬の時間はおしまい。

他に興味を惹くものを見つけ、普段通りに戻ったシエットが示した先に咲いているのは、小さな紫色の花。

花に詳しくない私でもわかる。これは…


「オウカ先生が教えてくれたの!すみれっていうお花!」

「…すみれ」


まさかその単語を再び聞くことになるとは思っていなかった。

こんな国だから、菫があっても…英名とか、別の言葉で例えられると思っていたから油断した。


「…エレナ?」

「綺麗だね。シエットはその、すみれだっけ。好きなの?」

「大好き!なんか、エレナっぽいから!」

「…どのへんが?」

「目。同じ色だなって!」


今のエレナは紫色の瞳を持つ女の子。

この、すみれと同じような鮮やかな紫なのだろう。


「そうだね。私の目は、紫だから」

「エレナの目、私は大好き。綺麗で…透き通っていて。芯があるの」


すみれを一輪手折ったシエットは、それを大事そうに指で摘まみ…私の目と見比べるように並べて微笑んだ。


「目でそこまでわかる?」

「うん。ずっと見てきたから」


シエットと、目を合わせて話す。

意識的にやるのは恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまった。

こどものころは、簡単にできていたのにな。


「エレナ、顔が赤いよ?休む?」

「これは、大丈夫な赤みなので…」

「そう?でも、疲れたら言ってね」

「うん」


それからも、庭の散歩を続けていく。

この世界特有の見慣れない植物だけでなく、北国では見られないような植物も沢山あるような気がするようなものも沢山ある。

…本当に植物園みたいな場所だ。

趣味だけで作ったとは思えないが…これは誰が作り上げたのだろうか。


「もうすぐ」

「?」

「もうすぐ、凄い場所に到着するよ!」

「凄い場所?」


少しだけ深い森みたいな道を抜けた先。

開いた場所に作られているのは、硝子張りの小さな小屋。


「ついたよエレナ。温室!」

「…あるんだ」


ここまできたら、絶対に趣味じゃない。何かしらの目的があるはずだ。

シエットは、それを知っているだろうか。


疑問を抱いた私はシエットに手を引かれ、温かいその空間へ足を踏み入れる。

色とりどりのハイビスカスが咲く道を抜けた先。南国の空気が漂う中央には…。


「…(こんな所で何をされているんですか?)」

「…(…仕事だよ)」

「お父様!」


瞬時にアイコンタクトが伝わる相手は、嬉しそうに駆け寄った娘を抱き留め…人目がないことをいいことに整えられたシエットの頭を撫で回す。


ちょうどいい。大体の事は彼に聞けば分かるだろう。


この温室が作られた理由と、庭にあれだけつぎ込んでいる理由も、なにもかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る