2:変えるべき道筋

悠久都市のアルシェ…その攻略対象に相当する六人の内、五人は一言で述べれば「クズ」である。


正直あいつらを攻略している途中、ゲーム本体を投げそうになったレベルでキレた。

目的の為なら何だってする。本当に、なんだってやってくるのだ。

倫理もなければ躊躇も無い。良心だって捨てていた。

クズ以外の言葉で例えろと言われたのならば、私は彼らをこう例えよう。

「顔がいいだけの人でなし」だと。


シナリオが進む度に、攻略対象に振り回されたエレナとプレイヤーは心を摩耗し、疲弊してしまう。

そんな我々を癒やしたのが、目の前にいるシエット。

どんな事があろうともエレナの味方で居続け、彼女の悩みに耳を傾け、背中を押してくれる存在。


エレナにどこまでも寄り添い、献身的な彼女に…全てのプレイヤーが救われたと言っても過言ではない。私もその一人。

しかし彼女はゲーム本編が始まれば、大体碌な目に遭わない。

当然と言うのはおかしいかもしれないが、シエットがエレナを守って死ぬようなルートも存在している。


彼女がエレナに尽くすのは、一年前…五歳の時にあった出来事がきっかけだ。

袖で隠している傷が小さく疼く。

私にもシエットにも大きな傷をつけたその出来事は、それからのシエットがエレナの為なら命すら懸けるようになるきっかけとなった。


正直、私はシエットには死んで欲しくない。

前世でゲーム内外問わず、その献身さに、かける言葉に救われた。

こうして巡り会えたのだ。彼女には何事もなく生き延びて欲しい。

けれど、そう言える環境ではないことは理解している。

悠久都市のアルシェ…このゲームの中で、シエットが五体満足で生き延びられるルートはただ一つ。


私が目指す道は既に提示されている。

その道に進むために、できることをしなければいけない。


「エレナ、落ち着いた?」

「うん。ありがとう。腕とか疲れたよね?」

「これぐらいなんともないよ。それに、最近鍛えているから」

「なんで?」

「何かあった時、大の男と戦える程度には強くなりたいなって…思ったから」

「それって滅茶苦茶大変なんじゃ」

「そうだね。でも、そうしたいって思えたことがあるから」


視線を逸らさずに、じっと…私の方を見つめてくる。

間近で見たら、彼女の柔肌には小さな傷が残っていた。

この時期から、彼女はエレナを守るために…努力を積んでいた。

彼女は強い。ゲームでも、エレナが耐えきれず「助けて」と述べたら、戦闘能力が無いエレナの代わりに攻略対象と戦ってくれた。

彼女を守ると、彼女の心を害する人間を排除すると意気込み、勝ち目のない戦いにも身を投じてしまうのだ。

目の前の可憐な少女は、エレナの為なら、なんだってしちゃうのだ。

例えその課程で、自分の人生が終わるとわかっていても…最期までエレナの味方で居続けるのだ。


「…でも、心配だよ。怪我とか、シエットに何かあったら」

「よっぽどの事がない限り大丈夫。そんなことより、私はできることを増やしておきたいの。いつ、何があっても万全にしたいんだ」


彼女の決意はどんなことがあっても変わらない。

これが、一年前だったら変えることもできただろう。

けれど…六歳になって、あの出来事を経たシエットが歩む道を変えることはできない。

それなら…。


「じゃあ、私も何か戦えるようになりたい」

「ん〜。でも、エレナが痛い思いをするのはなぁ…」


それは貴方にも言えることだと、自覚して欲しい。

最近のゲームだと、ヒロインも戦力になる…言わば「一緒に戦う」タイプのヒロインも増えてきていた。

けれどエレナはよくある「守られ系」のヒロイン。

知識面でのサポートがメインで、戦闘はシエットを初めとした周囲に任せていた。

そんな彼女は戦闘強者に周囲を固められ、逃げ出したい環境から逃げ出すことができなかった。

ヒロインと言うよりは、脅迫され続けた人質。それがゲーム本編のエレナ・アルケーを例えるのに相応しい言葉だと、私は正直思う。


それぐらいエレナは弱かった。

身体能力もだけど、精神面も含め…なにもかも。


でも、今からなら…変えられる。

どこまで強くなれるかわからないけれど…私は、戦えるヒロインになれる。


「どうして、そうしようと思ったのか理由を聞かせて」

「それは…」


シエットが傷つくのを止めるために。自分の身ぐらい守れるように…そんな理由では、彼女は納得しないだろう。

それに、彼女が納得しても…実際にシエットを教えている講師や、その講師に賃金を払う彼女の父親は納得しない可能性がある。

ただ、漠然と「強くなる」は…理由にはならない。

理由を考えろ。彼女を、彼女の父親を…納得させられる理由を。


「あのね、エレナ。思いつきは流石に…」

「まずは一つ。訓練中、シエットも痛い思いをしているでしょう?シエットが私に痛い思いをして欲しくないなって思うのと同じように、私もシエットに痛い思いをして欲しくない」

「そうならないために私は…」

「じゃあ、手も足も出ない状態になったら?」

「…最悪な状態を想定しているの?」

「うん。もしもそれが…シエットが私を守って起きたらって考えたら、すごく嫌。私が弱いからシエットが死んだらなんて考えたら…悲しい。ううん、きっとそれだけじゃ済まない」

「…」


「もしも、そんな時に私が戦えたら、一緒に生き残ることができるかも。私も可能性を増やしたい」

「それは、うん…わかるけれど…」


もう一押し。これだけじゃまだシエットを納得させられない。

まだ、足りないのだ。


何か考えろ。他に何か…理由になることを。

ピステル家の階級は辺境伯。シエットは一人娘。


そう、一人娘だ。


ふと、思い至り…周囲を見渡す。

隠れる場所が一つも無い丘の上。

私達の他には、誰もいない。

長閑で平和。犯罪とは縁遠い田舎町とはいえ、これはおかしい事象ではないだろうか。


「シエット。私は一つ気になることがあるの」

「何?」

「…どうして、一人でここにいるの?」

「一人の時間が欲しいから…って言っても、信じてくれないよね」

「うん。シエットはピステル辺境伯の一人娘。街中とはいえ、ピステル家が護衛をつけず、貴方を外出させるなんて普通はしない。抜け出した訳じゃないよね?」

「抜け出した…は、違うかな。ちゃんと外出した事は伝えているよ。ただ、従者をつけることに抵抗があるだけ。あの日から、ずっとね」


「…ルーク・エルファとの一件?」

「うん」


ルークは、シエットの婚約者。シエットが私に命を懸けるようになった理由であり…同時に、ゲーム本編の攻略対象の一人。

将来再会することになる彼の事は今、どうでもいい。問題はシエットだ。


「…あの日から、周囲から私がどう見られているのか気になっちゃって。誰かが側にいる生活が苦手になっちゃって」

「私も嫌?」

「ううん。でも、お父様とエレナ、それから先生以外はダメで…」

「話してくれてありがとう。そうなると、シエットの普段を守る人が側にはいられないよね」

「うん…」

「じゃあ、私が護衛になるよ。それなら、シエットもシエットのお父さんも安心できるよね。それ相応の能力が身についたら…だろうけど」

「…でも」


言い訳が思いつかないのか、シエットの視線が泳ぎ出す。

わかっている。彼女は私に傷ついて欲しくないだけ。

けれど、私だってそれは同じ。

今も、未来も…その気持ちは変わらない。


「さっきも言ったけど、私は貴方に傷ついて欲しくない。守れるなら…私はどんなことだってするよ」

「エレナ…。そこまでいうなら、お父様とお話ししてみようと思う」

「いいの?」

「うん。お父様がどう判断するかはわからないけれど…少なくとも、私はエレナがそう言ってくれて嬉しい。できれば、護衛にとか…考えてもいいのかな」

「大事な友達だもの。絶対に、守りたい気持ちに違いはないよ。そう言ってくれるのなら、私は目指すよ。シエットの護衛にさ」


屈託のない笑みを浮かべ、喜ぶシエットに申し訳なさを抱く。

私は貴方が心底嫌いな人間と同じ「自己中心的」な考えで動いているのだから。

けれど、これで、シエットに危機が及ぶ可能性を限りなく低下させられる。


私が戦えるようになれば、シエットに守られるばかりなゲーム本編は回避できる。

同時に、どのルートの、どのエンドに進んだとしても…シエットが死んだり、彼女の将来に関わるような怪我を負う事態は防げるはずだ。


「ありがとう、エレナ!」

「私こそありがとう、シエット」


私に、変えるチャンスをくれて。

私の運命を、そして貴方に待ち受けている運命の変革を、必ずものにしよう。

彼女の両手を力強く握り締め、そう決意した。

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