悠久都市のアルシェ 〜バッドエンドが豊富の乙女ゲー主人公に転生したので、悲劇に巻き添えを食らってしまう親友を徹底的に保護しながらノーマルエンドを目指します!〜

鳥路

1:楽しい楽しい異世界転生ライフ

夢を見る。

「あれ」をするきっかけは、オタク趣味があるお姉ちゃんだった。

SNSのアカウントを作るのを禁じていた我が家で、お姉ちゃんは趣味の話ができる人間が欲しくて…私にゲームを押しつけた。

最初は乗り気じゃなかったけど、最期の方は…自らソフトを買ったりしていたな。


まだ、夢を見る。

高校に進学した私は、同じ趣味の友達ができた。


『ねえ、××ちゃん。悠アルもうやった?』

『まだ〜。うち、お姉ちゃんと私で買うソフト分担しているからさ〜。これはお姉ちゃん担当。だからお姉ちゃんが先なの。感想会はもう少し待って!』

『お姉さんが担当だったか〜。じゃあ、私のソフト貸そうか?もう全クリしたし…』

『気持ちは嬉しいけど、折半してくれているお姉ちゃんに悪いから。ありがとう、気持ちだけ頂くよ。ちなみに、一言で内容説明するなら?』

『シエットマジ天使』

『…ヒロインの友達枠だよね、その子』


同じ趣味を持つ友達と過ごす高校生活はとても鮮やかなものだった。

心を許せる存在と言うのだろうか。

名前も思い出すことができない彼女は、私にとってそういう存在だった。

「あの子」と、同じような存在。


…走馬灯を、見た。

宙に浮いた私は、虚空に手を伸ばす。

手を伸ばした先にいたのは、私を突き飛ばした誰か知らない女の子。

女の子が「違う…」と狼狽えている姿だけは、鮮明に覚えている。

警笛で周囲の音が包まれた。

痛みを感じることもないまま、あっという間に十八年の生涯に幕を閉じた。

それが、私が持つ前世の…最期の記憶。


そして…現実を見る。


ある少女の走馬灯を夢として眺めた私は、自室の鏡と向きあった。

そこに写るのは、赤茶の髪と紫色の瞳を持つ幼子の姿。

この姿には見覚えがある。なんせこれは「今の私の姿」なのだから。

目の前の光景は、私にとって当たり前。

けれど、急に生々しい夢…否「前世の記憶」を思い出した私にとって、目の前の光景は信じられない代物だった。

何度も瞬きを繰り返し、その姿を凝視する。

なんせ、この姿は…!


「な、なんで…えれっ…!?なにこれどうしよう!?わかんない!」


勢いに任せて、部屋を飛び出した。

この動揺を、ここでは消化できない。

人が多いここではなく、どこか別の…人がいないところへ。

今の私が、安心できる場所へ。


「おい、廊下は走ったら…ありゃ全然聞いてないな」


ワグナーお兄ちゃんの声なんて、今の私には聞こえない。

孤児院を飛び出し、彼女の元へ駆け出した。


◇◇


風と共に去る光景は、長閑な田舎町。

煙突がついた屋根。家の壁は煉瓦で構成されている。

走る地面はでこぼこ。道は作られているけれど、コンクリートで敷き詰められたそれを知る身としては、今の当たり前がこれなのに走りにくさを感じてしまう。


風景が変わる。

どこにでもある田舎の景色から、少しだけ…お金がかかっているような。そんな場所。

村に住んでいる貴族…ピステル家の屋敷を通り過ぎた先にある小さな丘の上。

彼女はそこに必ずいる。そういう仕様だから。

見慣れた白銀の長髪を風に靡かせつつ、慣れた手つきで花冠を作り続けていた。


「…だあれ?」


静かなこの場所で、私が息を切らす音はよく響いていたのだろう。

満月のようにくりっとした黄色い瞳を背後に向けた彼女は、私を視界に入れた瞬間…満面の笑みを浮かべてくれた。


「エレナだ。今日も来てくれたんだね」

「…シエット」


何度も、この姿を見た。

この優しい声に、何度も支えられた。

花冠を抱えて、年相応な表情をコロコロ変える姿を…私は正面ではなく、画面越しに見ていた事を思い出した。


否…思い出して、しまった。


同時に、自分が置かれている状況を理解してしまった。

赤茶の髪、紫色の瞳。

エレナにシエット。そしてワグナーお兄ちゃん。

まだまだ幼いけれど、私達が「ゲームの登場人物」として登場していた作品を、私はよく知っている。


「悠久都市の、アルシェ…」

「なあに、それ?本のタイトル?怖いの?」

「ううん。なんでもない。さっきの言葉は忘れて」

「う、うん…忘れるから安心して。でもどうしたの、エレナ。貴方がこんなに狼狽えている姿は初めて見たのだけど…何かあったの?」


流石に、前世の記憶を取り戻して…今後、降りかかる運命を知って震えが止まらないなんて、正直には言えない。


「こ、怖い夢を見たの」

「そうなの…。悪夢は怖いよね。よしよし…怖いの怖いの、飛んでいけ〜」

「あ、ありがとう、シエット」

「どういたしまして。でも、まだ表情が晴れないね…。まだ何かあるんじゃない?」


ご明察。彼女はエレナのことをよく見ている。

しかし本当のことは話せない。申し訳ないが、ここも彼女に嘘を吐かなければならない


「そ、その悪夢の内容が…その、将来餓死する夢だったんだよね…。将来食うに困る生活になるのかなって。そう考えたら、将来に不安を抱いちゃって…」

「なんだ。そんなこと。怖くないよ。大丈夫だよ、エレナ」

「そんなことって…」

「そんなことで不安になる必要なんてないんだよ。もしもの事があれば、私が命を懸けてでもどうにかするからね!」


眩い笑顔でとんでもないことを私に告げる彼女もまた六歳。

…彼女が私に命を懸けてもいいと言い出す理由には心当たりがちゃんとある。

そして同時に、彼女がその言葉を有言実行してくることも知っている。

彼女はその言葉通りに…命を懸けてでも、エレナの将来を作り上げてくれたのだから。


「ありがとう、シエット。貴方がいてくれたら、何よりも心強いわ」

「えへへ〜。私もだよ、エレナ」

「でも、命は懸けなくていいからね…」

「時と場合によるかな〜」


ふにゃんと笑う姿は、今もこれからも変わらない。

…彼女がいてくれたのは、この不幸の中で唯一の幸福と言えるだろう。

前世で非業の死を遂げて、馴染みのあるゲームの世界に転生した。

ただし、それがまともなゲームなら…多少は前向きに進めただろう。

これが「悠久都市のアルシェ」でなければ、手放しで喜んだ。


「…」

「どうしたの、エレナ。まだ不安が消えない?」

「…そんなところ」

「よく見たら顔が真っ白…。震えも出ているよ…本当に大丈夫?」

「…うん」

「本当は、悪夢なんて見ていないし…将来設計に不安も抱いていないでしょう?何年一緒にいると思っているの。嘘ぐらい見破れるんだから」

「…うっ」

「何があったか聞きたいけれど…話したくないんだよね。だから、今は何も言わないでいい。話したくなったら、話して。私はちゃんと話を聞くから」


優しい言葉で諭す彼女は、六歳にしてはしっかりしすぎている。

母親のように包み込んでくれる優しさに、もう会えない前世と今世のお母さんの事を思い出して泣きそうになるが…泣いてしまえばシエットを更に心配させてしまう。

必死に涙を堪えながら、彼女に伝えなければならない言葉を紡ぐため、声を絞り出した。


「ありがと…。それから、嘘吐いてごめんね」

「気にしないで。その代わり、私にできることを教えて」

「…側に、いて欲しい」

「じゃあ、落ち着くまでぎゅっ…てしているね」

「花冠はいいの?」


草原に置かれた作りかけのそれを一瞥した後、小さく首を振った。


「それはいつだって作れるから。私は、今しかできないことをしたい」

「…優しいね」

「も〜。エレナはいつも私の事をそういうよね。優しくなんてないよ〜?いつか、倍にして返して欲しいとか言いだすかも…」

「えっ」

「冗談だよ?」

「…びっくりした」

「でしょ?でも、そのおかげでエレナの表情がいつもに戻ったや。言ってみるものだね」


シエットの瞳に映る私は、確かに笑っていた。

それを安心しきった顔で見つめるシエットは、私を優しく抱きしめて…静かに背中を撫でてくれるの。

彼女の腕の中で心を落ち着かせつつ、前世の記憶を辿る。


まずは、自分自身の状況から整理しよう。


改めて、私は「エレナ・アルケー」

十八歳になれば「悠久都市のアルシェ」の主人公として、六人の攻略対象と巡り会うことになる…乙女ゲームのヒロイン。


普通なら好きなキャラに会えることに喜んだ。

ルートの情報を駆使して。穏やかな転生ライフを送ろうと考えた。

楽しい楽しい異世界転生ライフに!胸を躍らせただろう!


しかし非常に残念だが、この世界は「悠久都市のアルシェ」

不老不死文明と解明の鍵であるエレナを巡る乙女ゲーム…と、言い難い代物だ。


攻略対象は全員不老不死を死ぬ気で求めている狂人。

他者を陥れるのは基本。エレナをあの手この手で手に入れようと画策し、必要なら人殺しだって厭わない。

数々の名作を生み出したクリエイター陣、豪華声優陣、そして有名イラストレーターが描く顔がいい男達に釣られ…悠アルという名の地獄を駆け抜けた猛者達は、このゲームをこう表現した。


「乙女ゲームとは言いたくない乙女ゲーム」だと。


…よりにもよって、その渦中であるエレナに私は転生を果たしたらしい。

私が突き落とされた先は、よくある「楽しい異世界転生ライフ」ではなく…地獄の奥底だったようだ。


しかし、そんな場所でも光という名の希望は存在している。


悠久都市のアルシェにおいての希望は、彼女。

シエット・ピステル…彼女こそ、この地獄を抜け出す鍵なのだから。

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