ババアもスマホデビューじゃあ!

「およよよ〜およよよ〜」


 朝起きたらハルさんがしくしく泣いてた。どしたん?


「ケータイがぁ〜動かんくなってしもうた〜」


 手にはボロボロの水色のガラケー。お守りが5、6個ついてる。僕が小学生になったころからずっと使ってたらしい年代物。

 充電してもどのボタンを押しても反応しない。さすがに寿命だね。


「こんな古いの動かなくて当然だよ。新しいの買ったら?」

「今どきのケータイ分からんもん〜イツキが選んでぇ〜」

「いいよ。スマホデビューしようね」


 というわけでハルさんのスマホ購入へ。



 近所のケータイキャリアショップ、『BABAU』。

 店には最新スマホがズラッと並ぶ。


「おぉ、イツキが使っとるやつとどれもそっくりじゃ。ど、どれも……同じに見える……」


 ハルさんの眉間にシワが寄る。


「そんな怖い顔しないでさ。リラックス、リラ〜ックス」


 とはいえ僕も正直違いが分からない。ましてやハルさんに合うやつだし。

 ここはその道のプロ、店員さんに聞こう。

 

「すみませ……」

「はいはい! 何をお探しですか?」


 おっと、言い切る前に店員さんが現れた。営業魂恐るべし。


「スマホを買いに来たんですけど、選べなくて。色々教えてください」

「かしこまりました、どんとお任せください! ささ、こちらへ!」


 促されてカウンターの相談口へ。

 2人並んで話を聞く。


「それで今回購入なさるのは……こちらの、息子さんのスマホですよね?」


 店員さんにはどうやら僕らが親子に見えるらしい。

 もう慣れたよ。2人でいるといつものことだ。ハルさんの若々しさと僕のちんちくりんさがそうさせるんだろうな。


「いやぁ〜親子に見えてしまうか〜そうか〜実はのう、儂らは親子じゃのうて、夫婦「孫です。今日はこっちのおばあちゃんのスマホを買いに来ました」」

「えっ、あっ、お孫さん? それでこっちがおばあさま……んん?」


 許嫁とか夫婦とか言うと余計に混乱させる。親子とか言って名字が違うのをツッコまれるのも面倒だ。だから経験上、孫を名乗るのが1番無難。

 どこからか恨めしそうな視線を感じるけど、気にしない気にしない~


 ――2分後、店員さん復活。


「失礼しました。おばあさま……のスマホですね?」

「そ〜じゃあ〜?」

「いつまで不貞腐れてるのさ。何かオススメはありますか?」

「でしたらこちら、最新の『iBone56』はいかがでしょう? カメラが綺麗に撮れますし、処理速度も桁違いですよ」

「ちょっと触ってみたら?」

「こ、これか? うむ……」


 ハルさんはスマホをギュッと握りしめて……そのまま固まった。


「ボタン……ボタンが無い……? どこをどう動かすんじゃ……?」

「いやいや、ボタンじゃなくて画面をこう、指でなぞるんだよ」

「こう? あぁ、こうか! はぇ〜すごい世の中になったのぅ」


 初めてのスワイプ操作に感動を隠せない様子。


「それで、電話はどこじゃ?」

「左下のアプリだよ」

「『あぷり』? 電話じゃないのか?」


 こんな感じで、そもそも『スマホ』というものを教えるうちに20分は経った。その間ハルさんは頑張って覚えようとしてたけど、


「ほぇ? 勝手に動いたぞ? な、何じゃこの画面?」

「ケ、ケータイがしゃべったぁ?! こんにちはぁ?!」

「これどうやるんじゃった? もっかい、もっかい教えてくれぇ〜!」


 とまぁ大苦戦。昔のガラケーからいきなり最新スマホは無理があったか。

 店員さんに向き直って、


「もっとこう、お年寄り向けのらくらくフォンみたいなのありませんか?」


 いったんそういうので慣れさせた方がいいのかも。


「ございますよ。例えば……こちら『熟熟安心安全フォン』。画面の下に電話、ホーム、メールのボタンがついたスマホですね」

「ハルさん、これはどう?」

「う……お、おぉ? おぉ♡」


 手にした時の反応が明らかに違う。ボタンがあって安心できるみたい。ワンタッチで電話とメールができるし、変な画面に飛んでもすぐ戻ってこれる。それに文字もアイコンも大きくて老眼に優しい。


「電話ができる、メールができるぞぉ! これじゃあ、この感覚ぅ〜! いぃやっほぉぉぉ〜!」


 ガッツポーズとともに店内に響く歓喜の声。

 子どもみたいにはしゃいじゃって、可愛いんだから。


「で、これにする?」

「これにするぅ〜!」


 目がランランと輝いてる。決まりだね。他の使い方は僕が教えてあげればいいか。


「じゃあこれください」

「ありがとうございます! えっと、お支払いはどちらが……」

「儂に決まっておろう!」

「そ、そうですよね。失礼しました」


 というわけで『熟熟安心安全フォン』お買い上げ。すぐ使えるように通信契約もして、スマホケースと保護フィルムも買った。



 帰宅後、ハルさんのテンションはまだまだ高い。新しいおもちゃを買ってもらったみたい。


「イツキに電話かけるんじゃあ〜! 離れて離れてぇ〜!」

「はいはい」


 自分の部屋に戻って電話を待つ。

 これを機にスマホを使いこなしてほしいな。意外とゲームにはまっちゃうかも。でも課金が心配だな、見守り設定とかできないかな?

 想像は尽きない。


 ――5分後、まだかかってこない。

 あ、あのスマホで何に手こずってるんだ? 不安に思ってると、部屋のドア前までドタバタと駆けてくる音が。


「……イツキィ〜! イツキの番号何じゃったぁ〜?!」


 あ、そっか。登録してた電話番号とかの連絡先、全部消えちゃってるんだ。


「ごめんごめん、考えてなかった。親戚の人たちも登録し直そうね」

「およよよ〜スマホ、面倒なんじゃあ〜!」

「よしよし、僕が手取り足取り教えるから、ね?」


 スマホマスターの道は長そうだ。でもこのくらいの方が楽しいよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る