ババアクライシス!

益荒男 正

ババアも嫁になれるからぁ!

 僕は雨晴あまはらしイツキ。

 ちょっと背が低いことと許嫁がいること以外は普通の高校1年生。

 庭付き一軒家で許嫁と2人で住んでる。


 さて、平日の朝。学校に行かなきゃ。

 制服を着てカバンを持って靴を履いて……準備オッケー。


「行ってきま〜す」


 するとバタバタと忙しない足音が。

 ――く、来る。


「待て待て、待ってぇ〜! マイスイ〜トラブリ〜ダ〜リ〜ン♡ いってらっしゃいの、ちゅ〜〜〜♡」


 人影がガバチョと飛びかかってくる。

 つ、捕まる……寸前でスッと体をひく。


「〜〜〜おおお?! うげっ、ぐっげぇぇぇ!」


 僕を捕まえ損ねた人影はそのまま靴入れに頭からダイブ。


「うぉぉぉ……ぐぁぁぁ……」


 悶絶する人影、もとい彼女。僕はちょっと微笑んで、


「ハルさん、朝から元気だね」

「いちち……な、何でじゃあ〜! 何で避けるんじゃあ〜!」

「そんな勢いつけないでって。痛いんだもん」

「むぅ〜! だって我慢できんのじゃあ〜!」


 彼女はヨロヨロと立ち上がり、僕を見下ろす。

 僕よりずっと身長が高い。悔しい。

 スラッと伸びた手足にピンと張った背筋。

 きらめく長い銀髪……もとい白髪。

 ツルツルお肌に目元のシワとほうれい線が映える。

 黒縁の老眼鏡がチャームポイント。

 たわわなお胸とお尻、細いくびれ……はかっぽう着の裏に隠れちゃってる。


 美しさと年齢を感じさせる人。僕の許嫁、瑞龍寺ずいりゅうじハルさん。

 年齢は教えてくれないけど(秘密じゃ!)多分還暦前。僕とは3回り以上年の差がある。


「もう学校行くんだから、どいてよ」

「待つんじゃって! ほら、んちゅ〜♡」


 懲りないんだから、もう。

 顔を近づけ、唇を重ねる……ふりをしてほっぺに、ちゅ♡


「あっ♡ もう、そっちじゃないぞ♡ ここじゃ、こ〜こ♡ この恥ずかしがり屋さんめ、ツンツン♡」


 まぁまぁご機嫌になった。よかったよかった。

 今度こそドアを開けて家を出る。

 これが僕の日常。



 学校帰り、おやつタイム。大好きなショートケーキ。


「ほれイツキ、あ〜ん♡」

「あ〜……んっ、むにゅむにゅ」

「どうじゃ、おいしいか?」

「んむんむ……おいいよ」

「ん〜♡ 食べてる姿が可愛いの〜♡ よ〜ちよちよち〜♡」


 ハルさんの膝上で抱えられながらケーキをあ〜んされてる。

 こんなことされなくても1人で食べられるけどさ、本人がしたがるんだもの。

 

 でもこの年の差はマズいよね……あむっ、おいしい。

 一線越えないようにしてるけど犯罪級のカップルだし……むぐっ、おいしい。

 許嫁の関係、改めるべきかも……あ、イチゴ。んまんま。

 まぁ今後のことはゆっくり考えよっと。


「ぷふぅ〜ごちそうさま」

「はいはい、お粗末様♡」


 ケーキを食べ終わって食器を片付ける最中、


「のうイツキ」

「うん?」

「儂のこと、本当に好きか?」


 ピンと空気が張り詰める。


「好きだよ。急にどうしたの?」

「だってだって……儂はとっくに準備できとるのに、ちっとも襲ってくれんじゃないかぁ〜! およよよ〜」


 わざとらしく泣いてみせる。

 そんなウブな女の子みたいな年じゃないでしょ。


「僕まだ16だからさ、早いよ」

「イツキはそうでも、儂には遅いんじゃあ〜! 毎日老化に怯えながらアンチエイジングに努めとるというのに……」


 ハルさんは美容やら何やらを頑張ってる。せっせと髪や肌の手入れしてるし、家事の合間を縫ってジムやエステにも通ってる。栄養管理のトレーナーもつけてるらしい。


「そんな苦労のかいあって、やっと手にしたんじゃ! このボンキュッボンボデー!」


 腰をくねくねさせてセクシィポーズを取ってくる。見てるだけでやかましい。


「どうじゃどうじゃ! 40、いや30代にも劣らん締まり具合! それでいて胸や尻はたわわに実って! 瑞龍寺ハル、熟れた果実、今が1番の盛りどきぃ!」

「へ〜」


 『白髪と老眼には抗えなかったね』というのは黙っておく。


「そ、それに生理だってまだ来ておるから、赤ちゃんだって……ポッ♡」


 頬を染めてそんなこと言われましても。


「昔イツキに『子どもは何人欲しい〜?』って聞いたら、『サッカーできるくらい!』と言ったんじゃぞ」

「子どもの冗談だし、本気にしないでよ」

「じゃ、じゃからハッスルして……に、22人♡」

 

 試合までする気?


「年齢考えてって。両チーム分出産なんて危ないでしょ」

「安心せい、世界じゃ80歳で産んだ例もある。愛を覚えたババアは無敵なんじゃ♡」


 何言ったって聞きやしない。このままじゃ本当に子作りすることになっちゃう。

 僕とハルさんの家庭……想像してみると……


◆◆◆


「ババ〜!」

「こ〜りゃ。『ババ』じゃなくて『ママ』じゃろう」

「だってママ、みんなのママよりずっと年取ってるもん!」

「そんなこと言わないの」

「あ、パパ!」

「年なんて関係無いよ。ママはママなんだから。ね?」

「せじゃ。今お腹にいるこの子は儂をママと呼んでくれるかのぅ?」

「大丈夫だよ。次もその次も、ね」

「イ、イツキ……♡」


◆◆◆


 マズいよなぁ、かなり。


「さぁたぎる性欲、余すことなくぶつけるがよい♡ チラチラ♡」


 胸元をめくって見せてくる。お餅みたいなお胸とブラジャーがこんにちは。

 ――黒のレース、か。


 期待と欲情でソワソワなハルさんを無視して通り過ぎ、自分の部屋へ。


「もう、いけずぅ〜! 据え膳若様、草食系王子〜!」


 しばらくやんややんやと嘆いていたけど、少ししたら静かになった。


 やれやれ、ようやく1人になれた。

 ベッドに倒れ込んで天井を仰ぐ。


「……ふ〜っ、はぁ〜っ、ふぅ〜っ」


 心臓がドクドク響き、呼吸が荒くなり、顔から火が出そうなくらい熱くなる。

 結構さ、すました感じでハルさんをいなしてたけどさ、


「めっちゃ我慢してるんだから」


 キラキラな笑顔、ぷるぷるの唇、ぐいぐい密着してくる体。それとふわっと香る不思議な匂い。フローラルなお花と線香と仏壇をかき混ぜたような。

 どれもこれも扇情的。しんどい、本当にしんどい。力いっぱい抱き締めて噛みついて、全部自分のものにしたいよ。


「理性もさ、限界があるんだ。分かってよ……」


 脚をモゾモゾさせながら布団を被った。

 同棲はまだまだ続く。

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