第23話 期待しててください
「……だめだ、決まらない」
パソコンの画面を眺め、はあ、と溜息を吐く。今までこんなに悩んだことはなかったのに、どうしても題材が決まらない。
「翡翠さん、まだネタ、決まらないんですか?」
ひょいっ、と有栖川が覗き込んできたから、とっさにパソコンの画面を閉じた。
ネタ出し段階のメモ帳だって、人に見られるのは恥ずかしすぎる。
「私はあんまり、小説のこととか分かんないですけど……翡翠さんが一番書きたい話とか、ジャンルでいいんじゃないですか? 調べてみたら、いろんな賞があるみたいですし」
風呂上がりの有栖川からは、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いがする。有栖川に勧められて買った、ちょっと高めのやつだ。
ドラックストアで販売している安い物と比べると質がよくて、最近は私も髪の毛の艶が増した気がする。
「とりあえず、翡翠さんもお風呂どうぞ。いい気分転換になるかもしれませんよ。それとも、一緒に入ります?」
「有栖川はもう入ったでしょ。それに、うちの風呂は二人で入るには狭すぎるから」
不満げな顔をした有栖川をリビングに残し、風呂場へ移動する。有栖川の言う通り、いい気分転換になるかもしれない。
◆
湯船に浸かり、有栖川の言葉を何度か頭の中で繰り返す。
私の一番書きたい話。一番書きたいジャンル。
それって、なんなんだろう。
いろんな物語を書いてきただけに、単純にそう聞かれるとすぐ答えられなかった。だけど、有栖川の言う通り、好きな話を書けばいい気がする。
「……久しぶりに書くわけだしね」
目を閉じて、いくつかのネタを広げてみる。どれもわくわくするけれど、いまいちピンとこない。
「ストーリーじゃなくて、キャラから考えてみるのもありかも」
うん、いい考えだ。キャラクターが決まれば、物語も動きやすくなるし。
せっかくなら、主人公は可愛い女の子がいい。明るくて元気な子がいいかも。ちょっと馬鹿なくらいが、主人公にはぴったりだよね。
でも、主人公の視点の話なら、あまりにも馬鹿だと書きにくい。馬鹿そうに見えて、意外と考えはしっかりしてる子……。
「……って、有栖川じゃん」
どうやら、私の頭の中は今、有栖川に支配されてしまっているらしい。これ以上風呂場で考えても、いいアイディアは浮かばない気がした。
◆
「そうだ、翡翠さん。今度、ライブ見にきてくれませんか?」
風呂を上がると、保湿ケア中の有栖川にそう言われた。
有栖川はかなり長風呂だが、風呂から上がった後の髪や肌のケアにもかなり時間をかけているのだ。
「ライブ? サークルの?」
「はい。といっても今度は文化祭みたいに全員が出るんじゃなくて、サークルの同級生二人と出ることになったやつなんですけど」
言いながら、有栖川はスマホを見せてきた。画面に映っていたのは、アイドルのコピーダンスイベントを開催しているというSNSのアカウントだ。
「今度、近くのライブハウスでイベントがあって。1組あたり15分くらいの出番なんですけど」
コピーダンスのイベントなんてあるのか。知らなかったけれど、文化祭時の盛り上がりを考えれば納得だ。
「いつ?」
「来週の土曜日です。実は結構急に決まったんですよ。出演枠に空きができたとかで」
「へえ」
有栖川のスマホを借り、イベントのホームページを見てみる。開催場所は大塚にあるライブハウスらしい。
ライブハウスって、どんな感じなんだろう。
1ドリンク制って書いてあるけど、ライブを見ながらドリンク飲むの?
「もしかして、なにか用事とかありました?」
不安そうな顔で有栖川が聞いてきた。ううん、と首を横に振る。土日に用事なんてあるわけない。
「行くよ」
有栖川は毎日のようにダンスの練習をしているらしいけれど、私が有栖川のダンスを見るのは文化祭以来だ。
あの時私は、有栖川のことを知らなかった。そんな私にも、ステージに立つ有栖川はきらきらして見えた。
今の私の目には、ステージで踊る有栖川がどんな風に映るんだろう。
「有栖川のダンス、楽しみにしてる」
「はい。頑張って練習するので、期待しててくださいね!」
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