第2話 『昔の君と今の君』


…は…?


分かっていた。今日一日中柚葉が俺に一度も話しかけてこないこと。単純だ、俺の事を覚えていないということでしかない。

分かっていたのに俺は『琴音とずっと話してたから話しかけずらかったんじゃないか?』や『久々に会って話すのが恥ずかしい』などと柚葉が思っていることに勝手にしていた。

――本当はそんな理由じゃなく俺の事を覚えていないだけだと分かっていたはずなのに…俺はそんな甘い希望を持っていた。


「えっと、俺だよ? 逸希だよ? 小学生の時一緒によく公園で遊んだじゃん…覚えてない?」


――諦めたくなかった。せっかくもう二度と会えないと思っていた好きな子と再び会うことができたんだ。何とかして思い出させようと…そんな事しか考えてなかった。


「ほ、本当に覚えてないんです…私あなたのこと知らないですし…その…小学生の頃の記憶とか曖昧なので…ごめんなさい…」


俺が知る柚葉じゃない。俺が知る…あの時の柚葉はもっと明るかった。今の柚葉は俺の事を不思議な目で見てくる。それも少し怖がっている目で。


「あ、あの…私もう帰らないと行けないので…帰ってもいいですか…?」


「え?あ、うん。いいよ。気をつけてね」


「はい…ありがとうございます…」


がっかりした。敬語の柚葉もあの態度も全部だ。確かにもう小学生の時の事だ。俺を覚えていなくてもおかしくはない。でも…少しだけでも…俺と一緒に公園で遊んでたことを思い出して欲しかった。もっとたくさん話したかった。

俺がぼーっと立っていると琴音が来た。


「お兄ちゃーん一緒帰ろー」


「…ああ」


「あれ、お兄ちゃんどうしたの? 元気ないね」


「実はさ…」


琴音に今の話を全て話した。琴音は話を遮ることもなく、ずっと頷きながら聞いてくれた。


「…そっか」


「ああ。長く話して悪い」


「お兄ちゃんはさ」


「?」


「お兄ちゃんはこれからどうしたいの? 柚葉ちゃんと」


「俺は…また思い出して欲しいんだ…」


「…あたしが逸希だったらこれから新しい関係をまた築いていく。過去には囚われないでいくよ。逸希の気持ちも分かるよ。思い出して欲しいってこと。でも今の話を聞いた限りではどんだけ過去の話をしても逸希を思い出してくれないと思う。だったらまた新しい関係を築いて行くのがいいと思うよ。―でもこれはあたしだったらそうするだけだから。お兄ちゃんがどうするかはお兄ちゃん次第だよ」


「…」


琴音は普段俺の事をたいていお兄ちゃんと呼ぶ。しかし真剣な話をする時やふざけていない時は俺の事を逸希と名前で呼んでいる。琴音の言う通りかもしれない。いくら過去のことを話しても柚葉が俺を思い出してくれることはほとんどない。だから琴音の言う通りに新しい関係を築いていこう。


「琴音、ありがとな。俺は…柚葉とまた新しい関係を築いていつもりだ。でも…俺はあの明るかった柚葉が対照的になってしまった理由も知りたい。もしかしたらそれが俺を思い出すカギになるかもしれないから」


「…うん。お兄ちゃんらしいよ。いいと思う。―――帰ろっか?お兄ちゃん」


「ああ、帰ろう」

________________________________________


家に帰りついた2人はすぐにお風呂に入り夕食を食べ終えた。


「あー美味しかった」


「だな」


「お兄ちゃん、アニメ見よー」


「ああ」


そう言うと琴音は当然のように俺の足に乗ってきた。

…暑いな


「おい、暑いって。ちょっと離れろよー」


「えー? いいじゃん別に。減るもんじゃないしー」


「はぁ…好きにしろよ…」


「はーい! お兄ちゃんは優しいなあ」


「褒めてもなんも出ねえぞ」


「あーまじかー」


「残念そうにすんなよ」


俺がクスッと笑うと琴音はチラッとこちらを見て腕を組んだ。


「えへへっ。やっぱお兄ちゃんは笑顔の方がいいよ」


「…はいはい、ありがとう…って痛えなおい!?」


「ほら笑顔笑顔ー」


琴音が俺の頬を両手で横に引っ張った。痛えよ妹。

________________________________________


朝早く2人は学校に着き教室に入る。すると―


「あっ」


朝早くから学校で勉強している柚葉の姿があった。柚葉は逸希に気づくとそそくさと机に向かって勉強を続けた。


「柚葉ちゃんおはよー」


「あ、おはよう。えっと…」


「琴音だよ。気軽に呼んでね」


「うん、ありがとう…琴音ちゃん」


「…おはよう、柚葉…」


「あ、うん、おはよう、逸希君?」


名前を呼ばれて俺は一瞬喜びが顔に出てしまった気がする。


「えっと…柚葉は朝から勉強?」


「う、うん、授業の予習しようかなって思って…」


「そうなんだ」


「うん…」


…続かん。もし琴音が居なかったらもっと早く会話が終わっていただろうな…


「えっと…」


「ん? どうしたの柚葉ちゃん?」


「その…2人は昨日ずっと一緒にいたけど…友達なの?」


「あれ? あたし達が兄妹ってこと知らなかった?」


「え? あ、兄妹なんだ…知らなかった…」


「まあ俺ら自己紹介で何も言ってなかったからな…苗字が同じの友達って思われてたのかな?」


「みんな最初はあたしたちが双子だってこと知ったら驚くんだよねーなんでだろ?」


「理由は分かりきってるだろ」


「え?」


俺と琴音は違うところが多い。性格、頭の良さ、運動能力などだ。

俺はほぼ全ての面で琴音に負けている。俺が勝てるとすればあまり病気にかかりにくいこの身体や顔の広さぐらいだ。

…だから俺は子供の頃琴音が嫌いだった。双子なのに…妹なのに…毎回俺を超えてくる琴音が嫌いだった。だから俺は琴音に冷たい態度を取りできるだけ関わらないようにしようとした。

それなのに…琴音は毎日俺に抱きついてきたり『優しい』、『大好き』などと言うことは絶対に変わらなかった。

あまりにも自分勝手な話だが、もし琴音が俺のことを好きじゃなかったら俺は今みたいに接することが出来ずに劣等感を抱き続けるだけになっていただろう。


「あ、あの…」


「ん? どうした」


「その…私まだお友達出来てなくて…もし良かったら友達なって欲しいなって…」


一瞬、俺と琴音は顔を見合わせた。こんなことを言われて答えはひとつしかない―


「いいよ! 友達なろ! 仲良くしようね!」


「ああ、友達なろう」


俺たちがそう答えると柚葉の顔がぱあっと明るくなった。―俺はその柚葉の顔にあの時のゆずちゃんの面影を感じた。

…出来れば俺を思い出して欲しい。でもそんなことが起こる可能性はほぼない。だから俺は…これからはあの時の『ゆずちゃん』ではなく『柚葉』として目の前の女の子と新しい関係を築いていこう。

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