天使の羽根~《戯曲》真実と偽りの輪舞曲(ロンド)~
風雅ありす@『宝石獣』カクコン参加中💎
第1話 夜会
「クィントゥス、私をここから出しなさい」
人の身丈よりも背の高い、黄金色に輝く鳥籠の中、炎の鳥――ではなく、人の形をした美しい女が
そして、彼女の背中に生えた、一対の純白の翼は、窮屈な鳥籠の中で閉じたり開いたりを繰り返していた。それは、まるで音のない鼓動のように女の生きている証でもあった。
女は、まるで炎の化身のような天使であった。陽の光を閉じ込めたかのような瞳には、怒りと憐憫の色が浮かんでいる。それが向かう視線の先には、砂色の髪を持つ一人の青年の真剣な横顔があった。
「あぁ、怒った君も美しい」
クィントゥスと呼ばれた青年は、目の前にある画架に立て掛けられたキャンバスから視線を外すことなく答えた。彼の右手には、長い絵筆が握られ、先端に塗られた血のように赤い絵の具がキャンバスの上を撫ぜるように優しく舞う。
「まだだよ……まだ……」
キャンバスに描かれていたのは、黄金の鳥籠の中に捉われた、美しい炎の天使。まるで絵の中で生きているかの如く、写実的に描かれている。
しかし、クィントゥスは、更にそこへ自身の魂すら塗り込もうとするかのように、無心で筆を動かし続けた。
†††
大広間で煌びやかな衣装に身を包んだ紳士淑女たちが注目する中、灰色の立派な顎髭を蓄えた一人の紳士が手にしていたグラスを宙に掲げた。
「皆様、今宵は、我がフェリクス家の夜会にお越しくださり、誠にありがとうございます。先の戦では、我々も多くの犠牲を払うことになりましたが、こうして見事、領土を奪還できたこと、誠に喜ばしいことと存じます。これも、ひとえに皆様方のお力があってこそのおかげでございますれば、今後も、我がフェリクス家は、皆様と心を一つにし、共に戦って参る所存であります。
それでは、皆さまの益々のご健勝と、この国の未来と繁栄を祝って、乾杯致しましょう」
乾杯、という掛け声と共に、フェリクス伯爵家の当主アリウスは、傾けたグラスに口をつけた。広間にいる紳士淑女らもそれに倣い、場が一斉に華やぐ。演奏家たちが軽やかな音楽を奏でる中、ダンスを踊る者もいれば、用意されている食事に手を付ける者、歓談に花を咲かす者もいた。
アリウスは、招待客の一人一人に声を掛け、笑顔で握手して回った。誰もが居心地の良い笑顔でそれに答えると、二言三言、言葉を交わす。時折、笑い声すら上がり、場は、和やかな雰囲気に包まれていた。
しかし、その様子を少し離れた場所から、苦々し気に見つめる者がある。
「……ふん、やってられないな。父上は、何故ああも他人に媚びへつらうんだ。
フェリクス家は、由緒正しい王家の血筋を継いでいるというのに……っ!」
壁に背をやったまま、広間の中心へ視線を向ける青年は、肩までかかる黒髪を
「僕は、部屋に戻るよ。ここに居ても、つまらないし」
少年は、手にしていたグラスを傍にあるテーブルへと置いた。振動で、グラスの中身に残った琥珀色の液体がゆらゆらと揺れる。その度に、隣にある蝋燭の火を反射して、きらきらと宝石のように煌いた。少年からは、甘い果実の香りが漂い、黒髪の青年が鼻で笑う。
「お前は、相変わらずだな。まだあのつまらん絵とかいうものを描いているのか。
絵など、全くの無駄だ。何の価値もない」
「兄さんにとっては、ね」
「お前も、もう十三だろう。そろそろ世事に関心をもったらどうだ」
「興味ないよ。僕は、三男だし。跡を継ぐのは、アウネリウス兄さんだ」
「あんな
「短気なスピウス兄さんには、無理だと思うよ」
「なんだとっ? お前……」
ほら、と言わんばかりに渇いた笑みを浮かべる弟の顔が、スピウスに、彼の胸倉を掴む手を引っ込めさせた。
「ちっ、たった数年早く生まれたというだけで、あんな腰抜けが兄とはな。
クィンもそう思うだろ?」
(ああ、本当に。僕も、同じ言葉を兄さんに返すよ)
クィンと呼ばれた少年――フェリクス家の三男クィントゥスは、そう心の中だけで呟いた。それを口にしたところで、何も変わらないと分かっているからだ。
「俺は、絶対こんなところで終わらないからな。
いつかきっと、親父を超えて……俺が〝王〟になってやる」
フェリクス家の次男スピウスは、狡猾そうな表情で広間の中央を睨み付けた。その野心に燃える瞳には、当主アリウスの背後で隠れるように付いて歩く長男アウネリウスの姿が映っている。アリウスと言葉を交わしていた相手から話題を振られ、アウネリウスのおどおどとする様子が見て分かる。スピウスは、胸中に沸き上がる行き場のない熱の塊を、グラスに半分残っていた果実酒と共に飲み干した。
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