第一話 クロエとサティ

 朽ちた【塔】の中では、崩れ落ちた都市施設の残骸が横たわっていた。管理を逃れた植物達が鬱蒼と茂い、廃墟を覆っている。


 地上はかつての大戦で汚染された。呼吸も満足にできず、有毒の〝雨〟が降り注ぐ、地獄へと変貌したのだ。先祖達はやむなく大地を棄てて空へと逃れた。地表に残された国や都市を土台にして、その上に無理やり建てられた円柱形の巨大構造物。筒状の生活空間は密閉され、上層に行くにつれ細くなっていく。【塔】は互いが霞むほどの距離を持って七本存在していた。


【塔】の名はエルゼノア。

 セイレム。

 ハンウェム。

 ヤーズフェト。

 エムクレイグ。

 セレ・ティア。

 アールディアン。

 ……今となっては、エルゼノア以外には生き残っている人間はもう誰も居ないであった。

 


 

 薄暗く鉄と石材の臭いが立ちこめる廃墟の中を、若い金髪の女が懐中電灯を片手に、注意深く足を降ろして進んでいく。じり、という砂利を踏みしめる音が鈍く響いた。傍らで、女の顔と同じくらいの大きさをした随行支援用の無人機が飛行して随行していた。やや平べったい楕円形をしている。

『クロエ様、崩落の危険がありますので、注意してください』

「あいよ。落ちても浮き上がれるけどな」

『怪我します』

「それは有り得る」

 金髪の女は白い肌に蒼眼を持ち若々しい見目をしているが、発した声は低く男性のものだった。服装はウインドブレーカーと太股までのショートパンツという数十年前に流行っていたレトロカジュアルで、見た目のわりに古風な趣味である。いっそう奇妙であるのが靴で、スケート靴のような形状をしているがエッジがなく、代わりに踵側面近くで小さなエンジンのような燃焼機関が備わっていた。

 女の外見から発せられる男の声。若さに対して時代遅れの服装。奇妙に先進的な機構を持つ靴。

 あらゆる要素がどれとして噛み合っていない。まるで歴史から放り出されてきた異物のような人物だった。

 

「サティ、事前情報」

『はい。セイレムの【塔】は、一三五年前に定期連絡が途絶えました。当時は我々の【塔】エルゼノアと同じ水準の技術を持つ民主主義国でした。エルドリウムに関する研究を進めていた記録がありますが、成果は定かでありません。以上です』

 無人機の報告が終わるとクロエは黙り込んだ。それから不満そうにじとりとした目線を向ける。

『? 何でしょう、クロエ様。ご不明点でも』

「……十三号サティはそんなに素直で健気なヤツじゃあなかったよ」

 にはどうしようもないと判ってはいても、文句が口をついて出てしまった。悪い癖である。


 自分をここへ派遣した発明家、マッドサイエンティスト、政府のトップ、悪友……のヴァンテという男が、昔仕えてくれていた「サティ」という少年の人格をコピーして学習させたのが、目の前の無人機だ。声音や喋り方はそっくりなのだが、やはり人工知能という性質上、本人の生意気さとはかけ離れた態度を取ってくるので、クロエはこの無人機が苦手だった。だが彼がいなければ【塔】の間の移動もままならない。致し方なく同行させている。

『それは大変失礼しました』

「いい。オレが悪い」

 素っ気なく応えて、クロエは懐中電灯の明かりを道行く先に照らす。


 クロエ達の生活するエルゼノア以外の【塔】は、少なくとも百年前には連絡がつかなくなって、滅亡したと認識されている。だがエルゼノアの体制が落ち着いた今、直接調査に出向く必要が出てきて、白羽の矢が立ったというわけだ。

 自分でもいい加減整理を付けるべきとは思うのだ。十三号は何十年も前に亡くなっているし、世話になった人達も、……心から愛していた妻も、皆死んでいる。別に何か良からぬ悲劇が起きたわけではない、天寿を全うしただけのことだ。だというのに、ずいぶん時間が経ってなお未練に囚われている。抜け殻みたいに過ごしている姿を見かねた悪友が、今回の【塔】の調査を頼んできた。

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