33 二人で寒中水泳
「それで、この寒くなってきた時期に川で遊泳していた理由を聞こうか」
「好きで泳いでたわけじゃ……ックシュ!」
ケンジに
彼女が翌日発見されたのは、町の近くを通っている川岸であった。
どうやら一晩中気絶していたようで、今は風邪気味で熱の出た身体を毛布にくるみ、暖炉に当たっている。
「もう、どうして私がこんな目に……」
「ボクを置いて、こそこそとやってるからだよ。こうなったら何があったのか、教えてもらうからね」
「……私はまだ諦めてないわよ」
「だから、何を」
「詳細を教えるのは、私の体調が回復してからよ! 私はもう一回挑戦するんだから!」
トーメントを使用して記憶を少し窺うと言う手もあるが、それは最後の手段か。
マリナの言葉を信用するなら、ちゃんと話してくれるらしいし、それを待っても良いだろう。
何せ今は特にやることがない。
「じゃあ、ちゃんとお医者さんの言うことを聞いて、暖かくしてるんだぞ」
「私を何だと思ってるのよ……ッ!」
ケンジを睨みつけるマリナだが、それにも覇気がないように感じられた。
体調不良のマリナもたまには良いかもしれない。
****
「マリナが何か隠し事を……?」
「ええ、フィーナさんは何か知りませんか?」
庁舎に出向いたケンジは、それとなくフィーナに尋ねてみたのだが、彼女も首をかしげる。
「確かにレデニアン・グリムを持ち出すのにちょっと協力はしましたけど、内容に関してはあまり詳細を聞かなかったんです。何せ、私は魔法のことには詳しくないので」
「そうですか……」
フィーナには魔術の才能は全くない。
そんな彼女がレデニアン・グリムの魔術的価値に興味を示さないのも無理もないか。
「ですが、手がかりになりそうなことなら一つ」
「え? なんですか、教えてください!」
「確か昨日、マリナは居住区の中で何度も見かけられているって話です」
「居住区ならいつもいるじゃないですか」
「そうなんですけど、あの娘があまり行かない場所で目撃されているんですよ」
「それって、どのあたりなんです?」
「ケンジさんも行ったことのある辺りですよ」
****
フィーナから話を聞かされて、ケンジがやって来たのは居住区でも人通りの少ない路地。
以前、人攫い事件があった時にやってきた場所であった。
「ここには確か、地下通路への入り口があったな」
ケンジはしゃがんで地面の石畳を撫でる。
良く見ないとわからないが、この辺りに地下通路への入り口があるのだ。
「マリナがここに来ていたって事は、地下通路に何か関係があるんじゃないかと思うんだけど……」
思い返してみれば、地下通路へ入ってすぐの時、マリナは地下通路の壁が気になるようなことを言っていた気がする。
それを確かめるために、また地下通路へと入ったのだとしたら……。
「レデニアン・グリムはこの町を作ったレデンが書いた魔術書だって言うし、そこに書かれてあった古代文字が暗号か何かで、地下通路から秘密の財宝へ至る道筋が……?」
レデンがレデニアの成り立ちから関わっていたことは疑いようもない。
英雄でもあった人物が地下に秘密の財宝を隠していてもおかしくはないだろう。
それに、古代文字の内容は『私の半分を遥か地下に、その結晶たる片腕を』とそれっぽいものであった。
これは宝探しの匂いがぷんぷんする。
しかし、ケンジは何度も石畳を撫でて思う。
「やっぱり、何の取っ掛かりもないな」
道具もなしにケンジが地下通路へ入る手段はない。
マリナのように魔法が使えたなら石畳を浮かせて、そこから入り込むことは出来るだろうが、残念ながらケンジには魔法の才能が乏しい。
全く使えないと言うわけではないが、細やかな出力調整などは出来ない。
石畳を傷つけずに魔法を使うのはまず無理だろう。
レデニアの地下通路はトップシークレットだ。その入り口にわかりやすい目印をつけてしまいかねないのだ。
ならば、別の手段を講じた方が良い。
「入り口がダメなら、出口から逆走するか」
出口はレデニアから少し離れた場所にあるが、それしか手段も思いつかなかった。
****
レデニアの南にあるエストの森、その中にぽつんと存在している洞窟の入り口。
自然に出来た洞窟に見えて、その実態はレデニアからの地下通路の出口である。
「たしか、この辺りに……」
ケンジは洞窟の中にあった隠しレバーを操作し、入り口を開ける。
行き止まりに思えた場所に、ぽっかりと穴が開き、そこから続く地下通路が現れたのだった。
「しかし、疑問だ」
以前に地下通路を通った時にはスルーしてしまったが、最近はとても気になる。
この隠し扉の動力源は一体何なのか。
以前までは何か、魔術的なアレで動いているのかと思っていたが、魔力を感知できるようになった今ならわかる。
ここに魔力の流れはほとんどない。隠し扉の動力は魔法ではないのだ。
しかも、この隠し扉だけではない。
レデニアの居住区や、他の場所にも点在している『水場』。
アレは地下から水をくみ上げているようなのだが、完全自動でくみ上げが行われている。
しかし、あの水場にも魔力の流れは感じられない。
だとしたらどうやってくみ上げているのだろうか?
「まさか、財宝とはその動力源的なヤツなのでは!? 過去のオーパーツ的な!?」
遥か昔に栄えた古代文明の遺産、などというのはかなりありえる話だ。
実は遥か昔には空を飛ぶ船があったり、謎のサイボーグが
地下に
空飛ぶ船が今やその力を失い、地中深くに埋められているなど、ちょっと皮肉が利いている。
もし埋まっているのが空飛ぶ船ではなかったとしても、古来より宝探しの基本と言えば掘削だ。過去の遺産は何せ地中に埋まりたがる。
もしかしたら金銀財宝の可能性もあるだろう。レデニアの近くには鉄鉱石のある坑道があるのだから、他の金属が出てきても良いのでは?
それが貴金属だったりした日には、レデニアの金庫も潤うって寸法だ。
図らずもケンジの探究心がビシビシと刺激されてしまう。
これは確かめずにはいられない。
「マリナ、すまんがボクはどうやっても真実を確かめたくなってしまったぞ」
口元をゆがめ、ケンジは地下通路を行くのだった。
しばらくした後、件の居住区の地下付近にたどり着いた。
「……なるほど、マリナが気になったのもわかるな」
壁の一部に強力な魔力の流れを感じる。
魔術師が通れば一発でわかりそうな結界だ。
「しかし、これを開ける術が今までわからなかった、と」
結界は強力である。
恐らく、ちょっとやそっとでは破れないものだろう。力ずくで破ろうものなら、逆に弾き返されて怪我をする可能性まである。
だが、ケンジはこの結界を開けるキーワードに心当たりがあった。
「ええと、確か……『私の半分はこの本に、もう半分は遥か地下に。その結晶たる我が片腕をそこに』だったかな」
それはレデニアン・グリムに書かれてあった古代語。
それを聞いたマリナは、翌日に川岸で発見されたのだ。
きっとこれがいわゆる『開けゴマ』の役割を果たすのだろう。
思惑通り、ケンジの目の前の壁は、グラグラと音を立てて左右に分かれる。
壁の奥に現れたのは、さらに地下へと続く階段。左右の壁には不思議な明かりが灯り、足元もバッチリ確認が出来る。
「至れり尽くせりだな。盗掘の恐れとかは考えなかったのか……」
もしかしたらこの結界、地下通路を作った人間――恐らくレデン――は、誰かにここが見つかるなどと考えなかったのかもしれない。
この地下通路自体、トップシークレットであったし、壁は結界に閉ざされ、それを開けるにはレデニアン・グリムの一節をそらんじなければならない。
そこまでセキュリティを強固にしておけば、あとはレデン以外はここを通ることはあるまい、と言う考えはわからなくもない。
「しかし、ボクというとレジャーハンターが来ることは予期できなかったらしいな! 英雄レデン、敗れたり! はっはっはっは!!」
調子に乗ったケンジは一つ高笑いをし、意気揚々と階段へ一歩踏み出す。
……のだが。
「……あ、あれ?」
急に身体が浮遊感に襲われる。
階段のステップに預けたはずの体重が、支えを失って宙に浮かぶ。いや、浮かんだのではなく落ちているのだ。
「ど、どうして……うああああああああああ!!」
確かにステップに足をついたと思ったのだが、しかしそこは落とし穴であった。
ケンジは急に体重を戻すことも出来ず、そのまま重力に引っ張られて落下してしまった。
しばらくの浮遊感の後、風の音がうるさい耳に、水音が届いてくる。
「……これって、まさか!?」
眼下に広がるのはのたうつ激流。恐らくレデニアがくみ上げている地下水脈であろう。
ケンジはその流れに向かって落っこちるのをとめることも出来ず、そのまま激流に飲まれた。
****
しばらくした後、ケンジはレデニアの近くを流れる川に流れ着き、発見されて救助されるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます