65 冬

 十二月、俺たちはいつもの通り同じベッドで朝を迎える。

 そしてこないだいろんながことがあって……、俺たちは結局同じ部屋を使うことになった。俺はいいってすぐ断ったけど、瑠璃川家のマンションで俺の意見はすぐ無視されるから、こっちより大きい花美の部屋を使うことにした。


 ベッドはクイーンサイズになって、机も二人が使えるような大きいのを買ってさ。

 どう考えてもここは女の子の部屋だったから正直恥ずかしかった。

 でも、うちのお姫様はこういうのが好きだからお姫様に選ばれた俺は文句を言えない。そして俺たちの間にはもう何も残ってない。誤解は誤解だったから、今は小学生の時みたいに一緒に暮らしている。


 問題があるんだとしたら、やっぱり無防備な花美だな。

 すぐそばにいる花美。


「ううん……」


 いくら電気毛布をつけたとしても、今日は朝から寒いのに下着姿で寝ている。

 まあ、羽毛布団の中でくっついているから問題はないと思うけど、朝からこんな姿を見るといろいろやばいんだよ。そして花美はこんな俺の悩みを全然分かってくれない。むしろ、喜ぶかもしれないな。


「…………暑いな」


 そのまま体を起こして先に部屋を出ようとしたけど、花美の無防備な姿が視界に入ってきて収まらない。ずっとそれはダメって言ってあげても全然聞いてくれないから困る。どうやら、付き合うことになっても俺は花美より下かもしれない。


 いや、いつも下だった気がする。


「はあ……。寝る時はパジャマくらい着てくれぇ。花美」


 部屋から出てきて、こっそりため息をつく。


「何してんの? おもちゃくん」

「美波さん……! 俺、もう花美と一緒に寝れません! 助けてください!」

「そう? じゃあ、私と一緒に寝る?」

「…………」

「あはははっ、冗談だよ。冗談。なんで一緒に寝れないの?」

「いいえ、いいです。俺がなんとかします」


 美波さんに俺の苦労を話しても意味ないよな。それをうっかりしていた。

 この人、俺をからかうために生きているような気がするから。


「てか、それなんですか?」

「ああ、花美のスカート」

「スカート? いつも短いスカートしか履かない美波さんが花美のスカートを?」

「違う! 丈詰め! 花美のスカート長すぎるからね」

「えっ? そうなんですか? イメチェンみたいな」

「そう! 花美も可愛くなりたいって言ったから。この前にメイクも教えてあげたよ」

「へえ……」


 可愛い女の子が可愛くなりたいって言ったのか。

 それにあの花美がメイク……。美波さんみたいな濃いメイクより薄いメイクがもっと似合いそうだ。まあ、メイクした花美は可愛いからどっちもいいけど、イメチェンをするなんて少し気になるかも。


 てか、俺は毎朝素顔を見ているけど、見るたびに可愛いと思ってしまうから。

 そこでイメチェン……、想像できないな。


「何その顔、期待してるの?」

「なんで分かるんですか……?」

「見れば分かるよ、あはははっ」

「からかわないでください!」

「ふふっ」


 ……


「ううぅ……。やっぱり、冬は寒いね」


 そして先にエレベーターを待っていた俺の後ろから花美の声が聞こえてくる。

 振り向いた時、めっちゃ可愛い女の子がいた。

 マジで可愛くて何を言えばいいのか分からない。それほど可愛かった。


「…………」

「どうしたの? 似合わないのかな?」

「いや、可愛い。可愛いよ?」

「そう? 今日の私何点?」

「一億点」

「あはははっ、何それ。嬉しい〜」


 笑いながら背中を叩く花美がエレベーターに乗る。

 俺はその後ろ姿をじっと見つめていた。

 花美は今までずっと長いスカートを履いていたから知らなかったけど……、短いのもめっちゃ似合う。いや、そもそも似合わないわけないよな。それにタイツを履いている。なんか雰囲気がちょっと美波さんと似ているような気がするけど、薄いメイクをしたから花美って感じだった。


 その笑顔は誰も真似できないからさ。可愛い。

 なんか、めっちゃハグしたい気分だ。


「ううぅ……! 寒っ!」

「花美、マフラーは?」

「持ってないよ」

「えっ? そうか? 今日は風が強いからマフラーをしないと風邪ひくかもしれないよ? 俺の巻いてあげるからじっとして」

「はーい!」


 寒いからかな? 少し赤くなっている頬がすごく可愛かった。

 幼い頃には俺と違う世界に住む人だったから顔をちゃんと見なかったけど、メイクをした花美の破壊力はすごい。

 その大きい瞳に俺の姿が映っていた。じっとこっちを見ている。


「てか、そのスカート短くない? 大丈夫?」

「慣れてないけど、これがいい! ナナくんもこういうのがいいよね?」

「えっ? そう?」

「えっ? 嫌なの?」

「いや、花美は何を着ても似合うし、可愛いから……」

「そ、そんなことを言われたらドキドキしちゃう———っ!!!!!」

「うっ……!」


 そのまま頭突きをする花美だった。


 ……


「おおぉ! 花美ちゃん! イメチェンしたの!? 可愛い!!!」


 それを一番早く気づいたのはやっぱりひまり。

 めっちゃ嬉しそうな顔をしているけど、なんでこっちを見ているのかよく分からない。でも、あの変な表情は美波さんと一緒だったから不安を感じる。


「うふふっ、星七くんはいいね。彼女が可愛い美人で」

「その声気持ち悪いからやめてくれ。ひまり」

「ふふふっ」

「それに手を繋いで登校するなんて、ラブラブじゃん」

「蓮はどこに行ったんだよぉ!」

「あっ! そうだ。花美ちゃん、お菓子食べる?」

「うん! 食べる!」


 しかと!?

 そのまま持っていたチョコレートスティックを花美に食べさせるひまり。


「ん!」


 すると、こっちを見て目を閉じる花美。

 まさか、今くわえているお菓子を俺に食べさせるつもりか?

 そんなこと、そんなことが校内で許されるわけないだろ?!


「ん!」


 急かすなぁ!!! 花美。


「何してんだよ! 星七くん。早く食べなさいよ!」

「えっ? ああ、分かった!」


 そして手でお菓子を取ろうとした時、花美が反対側の手を握った。

 マジですか? 校内で、しかも廊下でこんなことをするんですか? 恥ずかしいとか、そう思わないのかよぉ!


「ん!」

「はいはい……。分かったよぉ!」


 仕方がなく口で食べようとした時、花美が顔を逸らして一気にそのお菓子を食べた。

 それを見ていたひまりがくすくすと笑う。


「くっ……。あはははっ」

「花美……」

「なんか、やってみたかった! ふふっ」

「そ、そうか……」


 花美はこんなことしないと思っていたのに、周りにいる人が美波さんとひまりだから無理だよな。くっそ、やられた! 花美だけは、花美だけはあの人たちみたいにならないでほしかったのにぃ……。


 やっぱり、女子は怖い。


「今! めっちゃ期待していたよね! 星七くん」

「からかうなぁ! ひまり」

「ナナくんは反応が可愛いからね〜。面白い! ふふっ♡」

「はいはい……」

「あっ、そうだ。私、ちょっと蓮くんのところに行ってくるね!」

「はいはい」


 ひまりが蓮のところに行った後、やっと平和が訪れた。

 とはいえ、すぐ前に花美が座っている。


「ねえ、怒ってる? ナナくん」

「怒ってないよ。俺、ちょっとジュース買ってくるから」

「一緒に行きたい!」

「一人で行くから教室で待ってくれ……」

「嫌です〜」


 そのまま自販機のところまでついてくる花美。

 さっきのことでめっちゃ傷ついたとは言えない俺はずっと花美から目を逸らしていた。

 なんか裏切られたような気がしてちょっと悲しかった。


「ねえ、なんでこっち見ないの? さっきから」

「べ、別に……?」

「まさか! ナナくん、拗ねたの!?」

「子供じゃあるまいし、そんなわけないだろ?」

「ええ……。キスしてほしかったの?」

「ひまりの前であんなことをしたらからかわれ———」


 話がまだ終わってないのに、さりげなく俺の腕を引っ張ってキスをする花美だった。

 悔しいけど、すごく嬉しい。そして馬鹿馬鹿しい。


「私と一緒にいる時は私を見て、ナナくん」

「はい……」

「ふふっ♡」

「拗ねたナナくんも可愛いね。キスしてほしかったの? うふふっ♡」

「う、うるさいよぉ!!!」

「えへへっ、好き!」

「好きだ。俺も!」

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