幼馴染がゾンビ化して「家に帰れない」と泣きついてきた話
霧切酢 隼人
沙月の訪問
「どうしよう、私ゾンビになっちゃった! これじゃ、家に帰れないから助けて!」
「……は?」
肌が緑色に変色した異様な様子の幼馴染は、玄関先で俺に助けを求めたのだった。
***
「どうしたんだよ、高校にいた時は何ともなかったじゃねえか」
リビングのソファですっかりくつろいでいる様子の彼女は、難しそうに顎を抑える。
「それがね、下校してる時にどんどん肌の色が変わっていったの。すれ違う人にもびっくりされちゃった」
沙月は肩をすくめる。深刻な状況だというのに、彼女のテンションはいつも通りだった。
彼女の名前は沙月。俺と同じ高校二年生、隣の家に住む幼馴染だ。幼稚園から高校までずっと一緒、いわゆる腐れ縁というやつである。
沙月は話を続ける。
「もしこのまま家に帰ったらさ、ゾンビってウイルスだろうから弟にうつしちゃうかなって。それは絶対嫌だから、紘の家に来たってわけ」
「俺にはうつして良いのかよ」
「だって、紘なんて今まで生きてきて風邪とか引いたことないでしょ? 大丈夫だって。それに比べてうちの空のは本当に病弱なんだから、ちょっと会ったらおしまいだって」
「まあ……そうだな」
彼女の言葉に俺は納得してしまう。
沙月の弟、空は生まれつき病弱で、家からほとんど出たことがない。その変わりギフテッドと言えるほどの頭の良さを持っており、通信教育によって齢16でありながらアメリカの大学を飛び級で卒業している。今は自宅で向精神薬の研究をしているらしいが、正直もう凄すぎてバカな俺は何も分からない。幸いなことに彼は俺と知能レベルを合わせて話してくれるので、小さいころから仲良くできている。そんな彼にリスクのあることをするわけにもいかなかった。
「分かった、とりあえずは俺の家に居てくれ。でも、解決策は探さねえとな」
「うん……」
沙月は弱った返事をすると、俺の腕を掴んでくる。決して強い力ではないが、彼女はゾンビ化しているのだ。冷や汗が首を伝う。
「おい。俺のこと、食べたくなったか?」
「! 違う、違うよ! ただ……」
沙月は俺の腕を抱きしめ、潤んだ上目遣いで俺を見上げる。
「何にも分かんないから不安なの。紘、近くに居てよ」
いつもは見せない弱った姿に、心臓がギュッと締め付けられる。
さっきまで沙月の態度が普通だったから分からなかったけど、やっぱり不安だよな。意味が分からないことだから。
「ごめん。近くに居ていいからな」
「うん、ありがとう」
沙月は頷いて、俺の腕に回す力を強くする。
彼女の頭は右肩にあり、柔らかな体が密着している。
やばい。何年も片思いしてる相手にこんなことをされたら、理性がぶっ飛びそうになる。彼女が恋愛感情ではなく、親愛による信頼によってこのような行動を取っていることが嘆かわしい。
俺は火照る顔をごまかしながら、沙月に安心させるための言葉をかけたのだった。
***
それにしても。たとえ沙月が可愛いからと言って、いつまでも家に置いておくわけにもいかない。そもそも、訳も分からずゾンビ化して彼女も困っているのだ。解決策を探すしかない。
「沙月、空に相談してみない? 俺たちじゃどう治したらいいか考えもつかないし。頭良いやつに相談するべきだと思うんだけど」
「駄目。弟には心配かけたくない」
「うーん、じゃあお前がゾンビ化したってことは伏せて聞いてみるのは?」
「まあ、それなら……」
沙月が渋々ながら頷いてくれたので、俺は空に電話をかける。
数回のコールの後、電話は繋がった。
『もしもし?』
「もしもし。空、久しぶりだな」
すぐに相手が出てくれたことに安堵する。
『紘兄が電話かけてくるなんて珍しいね、どうしたの?』
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってさ……」
沙月が強い眼差しで俺の瞳を睨んでくる。絶対に自分がゾンビ化したことを言うなという強い感情が伝わってきた。
一呼吸置いて、電話越しの相手に質問する。
「もしこの世界でゾンビ化した人が居たら、どうやって治せば良いと思う?」
数秒の静寂。固唾を飲んで返事を待ち、聞こえてきたのは笑い声だった。
『はは、なーんだ。急に電話がかかってきて何事かと思ったら。ゾンビ映画でも見てて気になっちゃった?』
「いや、こっちは……うん。映画見てる時に気になってさ」
こっちは真剣だと反論しようとしたが、良い言い訳ではあるのでそのまま質問を続ける。
『うーん。ゾンビを治すって、普通に生きてた頃に戻すって解釈で良いよね?』
「うん、そのつもり」
『じゃあ、難しいんじゃない? ゾンビは死体が生きてるって状態だから、完全な死者蘇生ができないとだし……。あ、でもそれが【まるでゾンビみたいになるウイルス】とかなら、体の免疫が頑張ったり、特効薬ができれば治せるんじゃないかな』
「なるほど……」
沙月は小声で「死んだ覚えはない」と伝えてきた。記憶が無くなっているのならどうしようもないが、多分彼女はゾンビのようでゾンビではないのだろう。
しかし、具体的な解決案は得ることができなかった。やはり、沙月を直接彼に診せるのが手っ取り早いのではないだろうか。
『ところで紘兄、今そっちに姉さん居たりしない?』
「!」
予想だにしない質問に、背筋がピンと張る。沙月は首を横に振って「絶対に言うな」と訴えてきたが、電話口の俺の反応に空は確信を得たようだ。
『その反応は居そうだね』
「いやぁ、まあ……。何で沙月が居ると思ったの?」
『姉弟の勘かな。なんとなくだよ』
空がケラケラと笑う声が聞こえる。沙月からは睨まれる。
彼は電話口から、沙月には聞こえないぐらいの小さな声で聞いてくる。
『今日の姉さんさ、紘兄から見て結構可愛かったりしない?』
腕には、俺を睨みつつも不安からか体を震わせ瞳を潤ませている可愛らしい彼女が。
「そんなわけあるか! 俺たちは幼馴染なんだから——」
『自分に正直にならないと、誰かに取られちゃうかもよ?』
空は一方的に俺をからかって、ブツッと電話を切った。
「紘。私最後の方あんまり聞こえなかったんだけど、空と何話してたの?」
「ち、ちょっとね。それより、喉渇いたりお腹空いたりしてるだろ? 俺、お前が好きな紅茶とお菓子持ってくるから、ここで待ってろ」
「あ、ちょっと!」
沙月の手をほどき、俺はソファから立ち上がる。
沙月には申し訳ないけど、これはからかった空が悪いんだ。今は可愛いなんて言ってる状況じゃないし。飲み物とお菓子が必要なのも事実だし。
俺は心の中で言い訳をして、逃げるようにキッチンに向かった。
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