盲目の少女と静かなお茶会

@sea-78

第1話

 私室にしては随分と立派な部屋であった。部屋の中は清潔に保たれており床に物が転がっているということもなく一見、客間のようだった。

 有り余るほど広い空間にシルクの絨毯。窓際のアンティークのティーテーブルは見ただけで良い木材を使っていることが分かる。大きな黒枠の窓からは広い庭園が見え、赤いレンガ造りの花壇に色とりどりの花が咲いていた。

 窓から入り込むそよ風に髪を靡かせながら、青年はティーポットと二つのティーカップを銀のトレーに乗せてテーブルへ運んだ。

 テーブルにはすでに一人、車椅子に乗った少女が席に着いていた。彼女の目は静かに閉じられているにも関わらず、何かを見つめるように窓の外へ向いていた。

 青年の微かな足音に気づいて少女は振り返り、申し訳なさそうな顔を浮かべて頭を下げる。


「すみません、本来は私がもてなすべきなのですが……」

「いや気にしなくていい」


 青年は笑って紅茶を淹れ、そっと少女の前に置いた。

 青年が向いの席に着くと「いただきます」と少女は手探りでティーカップの居場所を探してゆっくりと持ち上げる。

 立ち昇る香りにそっと頬を緩め、ひとくち、口に含み飲み込んだ。


「はぁ、美味しい。普段から紅茶は淹れるんですか?」

「まぁ、たまに。紅茶よりコーヒーを飲むことが多いかな」

「あら、そうなのですか? 最近よくお茶会なんかに誘われて飲むことが多いのですが、こんなに上手く淹れる方は少ないですよ」


 にこやかに笑う少女に、お世辞だろうなと思いつつ青年は「ありがとう。褒められたのは初めてだ」と返した。

 青年もまた庭園へと視線を向ける。青空の下に花々が生き生きと咲いていて心が洗われるようだった。


「こんなにいい場所で飲むと紅茶の味も変わる気がするね。単に良い茶葉と茶器を使ってるからかもしれないけど」

「ここからだと庭が一望できますからね。特に今日は快晴のようですし、いい眺めでしょう」


 庭園に咲く花はチューリップだけでも数種類。他にも白いユリやピンクの薔薇、黄色いマリゴールドなんかが遠くまで続いている。

 少女がゆっくりと読み聞かせるように語り始めた。


「幼いころ、まだ目が見えていた時はよく走り回って両親に怒られていました。ここは遊ぶ場所じゃなくてゆっくりと眺めて周る場所だって。その時の私は花なんて眺めて何が楽しいんだって思ってました」

「僕も子供のころなら同じことを思っただろうな」

「でも今になって後悔してます。もっと目に焼き付けておけばよかったなって」


 閉じた目でどこか遠くを見つめながら「まあ、花の香りだけでも十分楽しめるんですけどね」と少女は笑う。

 それからも暫く、たわいもない会話が続いた。

 ピアノの旋律を聞いただけでピアニストを特定できる話や、雷におびえなくなった話、海外からの客人と話すために英語を必死で覚えた話。どれも少女の話で青年は時折、相槌を打つ程度の反応だった。


「それにしても、すみませんでした。せっかく来ていただいたのに両親とも急用で出て行ってしまうなんて」

「いや、仕方ないよ。お二人とも政治家だし忙しくて当然だ」


 青年がこの屋敷を訪れたのは少女の両親と仕事の話があったからだという。尤も来て早々に二人とも席を外すことになり、帰ってくるまで少女と茶会でも開いて待つよう言われたようなのだが……。

 

「そういえばお兄さんは何の仕事をしているんですか?政治関係の方?」

「ああ。お二人の仕事を手伝っているんだ。秘書というか雑用係というか。今日はお二人と今後の仕事の打ち合わせがあったんだけどね」

 

 ペラペラとを語ると、少女は「そうですか……」と一言溢してスッと顔を上げる。そして青年と"目"を合わせた。

 

「私はてっきり、殺し屋のような仕事をしているのかと思いました」

 

 ぴたりとティーカップを持ち上げていた青年の手が止まった。青年はそっとカップをソーサーに下ろして「どうして?」

 

「目が見えない分、鼻が効くんです。……一階から血の匂いがします。両親は仕事柄、何かと恨まれることも多いと聞きます。最初はお兄さんが私怨で殺しにきたのかと思ったのですが、私とこうして冷静に話しているところを見ると誰かに依頼されて来たのかなと……」

 

 青年は答えず、笑みを浮かべたまま少女の言葉を聞くだけだった。

 数秒、間が空いて少女はいつの間にか緩くなった紅茶を飲んで青年に訊ねた。

 

「ひとつ聞いても?」

「どうぞ」

「何故こうして私と話をしているんでしょう? 普通なら私のことも殺すか、逃げるかだと思いますが」

「依頼されたのは君の両親だけだからね。目撃者がいたなら殺すつもりだったけど……君は"目撃者"じゃない。このお茶会は単なる気まぐれだよ」

「なるほど……目が見えなくて良かったと思えたのは今日が最初で最後かもしれません」


 少女もクスッと笑って、静かに茶会は閉じられた。




 後日、警察の事情聴取に少女は「何も見てません」とだけ答えたそうな。

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