第29話

 一面に緑の広がる平原の上を、一台のバイクが土煙をあげながら走っていた。運転手の魔力を燃料に加速するそのバイクは以前よりも速度を増し、エンジンの唸りを響かせている。

 つい先日、マリナーレを立つ直前に後ろに乗っているカノンが改造を施し、上昇した俺の魔力量に合わせて出力を調整してくれたのだ。おかげで、長距離の移動にかかる時間が以前よりも三割ほど短くなり、第三階層から第六階層までの道のりを移動も合わせて五日という速さで通過することができた。


 フィーナとリゼの行方を追い続け、各地の街で聞き込みをしてきたことをまとめると、彼女たちは既に第7階層の街へと出発しているらしい。しかも、驚いたことにそれまでの街のボスを全て討伐しているらしい。

 確かに、彼女たちには他のプレイヤー達が長い時間を掛けて作り上げた育成法をなぞらせていたため、実力は高い方だとは思っていた。しかし、たった二週間と少し程度の期間でここまで攻略を進めるとは...どうやら彼女たちの能力を誤解していたらしい。

 彼女たちと別れる前、あの夜に交わした言葉がトオルの脳裏によぎる。そうして、長いため息をつくと、後ろに乗っていたカノンがトオルの脇腹を突いて話しかける。


「気をつけろよ?エルリオとの闘いの後、魔力切れで気絶してそのまま倒れた事、忘れてないよな?バイクから投げ出されて危うく崖から落ちそうになったし、あの後お前をバイクに乗せて運ぶのも大変だったんだからな。疲れを感じたらすぐに休憩してくれよ」


「あぁ、わかってるよ。それ、帰ってるときにも散々言われたからな。とりあえずしばらくは大丈夫だし、この様子なら休憩を挟まずに次の街まで行けるだろ。今の時間は?」


 そう言うと、カノンはトオルの脇から時計を差し出して見せる。


「あー...もう少しスピードを上げるか。この調子だと、街についたとしても宿がとれるか分からないからな。しっかり掴まっておけよ?」


 腰に回された腕の力が強くなるのを確認すると、トオルは右ハンドルに籠める魔力量を上げる。生成される液体の量が増え、エンジンの許容量を超えたものがマフラーの上部からジェット機のように噴出される。

 あの山脈から採取した鉱石は、様々な魔法を行使する際に使用する魔石の原料の一つにもなっているらしい。そのおかげなのか、魔力の吸収量、伝達量ともに普通の金属を超えており、依然とは比にならないほど威力が向上していた。

 風を切る気持ちよさを感じながら運転をしていると、あっという間に目的地である街"ラウセス"へと辿り着いた。


 バイクを収納し、街の門を通過する。時間はすでに18時を過ぎ、沈みかけた夕日が街を赤く染めあげ、ぽつぽつと街灯の光が灯され始めていた。

 迷子にならないようにカノンの手を取り、大通りの道を歩いていく。


「お腹すいたなー。なぁ、トオル!今日は魚料理以外がいいぞ!」


 彼女は自分のおなかに手を置いて、空腹をアピールしながら訴えかける。


「はいはい、移動中はずっと魚ばかり食べてたもんな。ま、それより先に今日の宿を見つけることからだけど」


 街並みをよく観察し、薄れ掛けた記憶を呼び覚まそうと必死に考える。この階層は滞在時間が短かったため、あまり記憶に残ってはいないのだが。

 しばらく考えた後、聞いたほうが早いと思いはじめ、近くの通行人を捕まえて宿の場所を聞いた。礼を言った後、教えて貰った場所へと足を運ぶ。


「ここか」


 大通りの途中で足を止め、目の前の宿を見上げる。他の建物と比べてやや華美な装飾が施され、いかにも高級そうな見た目に、カノンが少したじろいでいた。



「オレ、こんなきれいな建物入ったことないぞ...」


 そんな彼女の姿を見て、トオルは笑いながら言う。


「ハハ、早いうちに慣れておきな。これからはこういった宿に泊まる機会が多くなるだろうから。緊張して満喫できませんでしたってなったら、後から後悔することになるぞ?」


 躊躇せずに入ってく彼の背を追って、カノンが中へと入る。トオルが受付へと向かい、部屋を取るまでの間、カノンは近くのソファに座って戻ってくるのを待つことにした。


「綺麗だなぁ...」


 屋内の装飾を見ながら、無意識に呟く。彼女の緊張は次第に好奇心へと変わり、床や壁、天井などの材質や装飾を興味津々で見渡していた。

 ふと、彼女が窓の外へ目をやると、大通りを歩く二人の少女の姿を発見した。そういえば、トオルの元パーティーメンバーも少女二人だったよな、と思い出しながらなんとなく彼女たちを見つめていると、そのうちの一人がこちらの視線に気づき、優しく笑って手を振った。しかし、何かに気づいたような表情をすると、もう一人の少女を連れてそそくさとどこかへ行ってしまった。


「どうしたんだ?」


 じっと窓の外を見つめるカノンの姿を不思議がり、背後からトオルが声をかける。


「今、窓の外に...。ううん、なんでもない」


 きっと気のせいだろうと思い、ソファから立ち上がると、彼と共に来ていた案内人へついていく。しばらく歩いていくと部屋の前まで到着し、案内人は部屋の鍵を渡して帰っていった。


「わぁ!ふかふかだ!」


 カノンは部屋の中に入った途端、近くのベットへと飛び込んだ。空気の抜けるような音と共に彼女の体は沈み込み、まるで空気に包まれているかのような感覚になる。ここまでの道中で他の宿にも泊まったが、ここまで気持ちのいいベットは初めてだった。


「ほら、ディナーの時間ギリギリだから、早くいくぞ」


「夕飯は何かな?魚以外が良いな!」


「お前...、野宿中はずっと魚ばかりだったからか?仕方ないだろ、元は三人で消費するはずの量を買ってたんだ。いつまでもアイテム欄を圧迫しとくわけにもい空かないし、食うしかないだろ?あまり文句を言うと、今度は刺身にして食わせるぞ」


「うぇ...生はもっと嫌だなぁ」


 夕食を取り、軽く街を散策してから部屋に戻ってくると、時刻は既に22時を越えていた。カノンは部屋のベットい潜り込み、すやすやと寝息を立てている。


「できれば明日中に見つかるといいんだが...。」


 彼女たちに会って、まず何から話すべきだろうか。とりあえず謝罪はするとして、その後は?もし、また一緒にパーティーを組むのなら、伝えなければならないことがある。でも、それを知った時、彼女たちが再び自分とパーティーを組んでくれるとは限らない。いや、全て話す必要はないか?必要なことを最小限で...。


「ずいぶんと考えこむのじゃな」


 その声に反応して視線を上げると、シエラが姿を現していた。俺が自分のために用意したはず紅茶を手に取り、優雅に飲みながらこちらを見下ろしている。


「おい、それ俺のだぞ」


「良いではないか、ケチめ。それより、あの女子らのことについて、ずいぶんと熱心に考えておったようじゃが、そんなに気になるものか?」


「仕方ないだろ、あんな別れ方した後なんだし...。それに、人とパーティーを組んだことなんてほとんどなかったから、そういったいざこざの収め方はよくわかんないんだよ」


 そう言うと、シエラは手を頭に当てて大きくため息をついた。


「お主...疑問なんじゃが、それでどうやってあのギルドを纏めておったのじゃ?」


「あの時は...優秀な側近が一人いて、そいつにほとんどまかせっきりだった。何か問題があれば、ほとんど力で解決できたし...あの頃の俺に求められていたのは、リーダーシップなんかよりも、悪としての恐怖とカリスマ、それと絶対的な力って感じで...」


「はぁ...よくそんなもので」


 そう言いかけて、シエラは言葉を止めた。自分は今、目の前の少年を何と比較して語ろうとしていたのか。いつの間にか、一人の大人と勘違いするようになっていたが、彼は今、15歳の子供なのだ。それも、正常な環境に恵まれず、大人として気丈に振舞うように求められた結果、精神と経験の乖離が起きている。それなのに、最善の判断を求める等、酷なものか。

 今は、本来得るはずだった経験を養う期間。ここは最低限のことだけを教え、成長を見守るのが良いだろう。かつて神殿の中で多くの大人たちの姿を見てきた私が、ありがたい言葉をくれてやろう。


「よいか?イクリス。いや、トオルよ。お主は仲間と言うものをなんだと思う?ただ守るべき存在か?それとも共に戦う存在か?」


「...それは後者だろ」


「ならば、その言葉の意味をもっとよく考えると良い。そして、自分のしたいようにしてみろ。妾が見てきた限り、お主の今の行動はその関係とは程遠いが...その本心はそれほど悪くない」


 彼女のその言葉に、トオルは声が出なかった。彼女の言う通り、どうするべきかを考えたことはあるが、自分がどうしたいかを考えたことはなかった。いや、いつの間にか考えることが怖くなっていたのだ。

 ただ、選ぶ。それだけならば、人の形を保てると思っていたから。

 しかし、そこ少しでも自分の感情を入れてしまえば、最後の一線を越えてしまう。


「今のお主は、あのお方と似ておる。他者が傷つくのを嫌い、自らが前に立ち、すべての戦いをたった一人で終わらせた、あの方と。...今、なぜそれが思いついたのかは分からぬが、それはきっと、お主の物語は既に終わっているということなのじゃろう。今あるのは、お主だけの物語ではない...お主等のもの...そういうことじゃ」


「...よくわかんないけど、どうすればいいのかは分かった」


 そういうトオルの顔は、悩んでいた時と比べて少し明るくなっていた。これでいい、そうシエラが思った時、彼がふいに口走る。


「前から思ってたんだけど、シエラってなんでそんな老人みたいに「のじゃ」ってつけるんだ?そもそも、今どきの高齢者だってそんな言葉づかいはしないぞ?」


「そうなのか?じゃが、昔の人間たちの中で、一番偉そうで「長老」とか呼ばれていた奴は、大体こんな話し方じゃったぞ?」


「それ何年前の話だよ!そもそもそんな前から...」


 トオルの頭の中に、一つの疑問が浮かび、言葉が詰まる。

 あれ、なんで言葉が同じなんだ?


「なんじゃ?何か言いたいことがあるなら、はっきりと言わんか」


「...何でもない、考えるのも疲れたし、今日はもう寝る。」


 トオルはそう言って、後ろで何かぼそぼそと呟いているシエラを無視し、布団の中へ潜り込む。難しいことを考えるのは後でいい。今はただ、ゆっくりと休むべきだ。

 そうして、少し軽くなった心と共に、トオルは眠りに着くのだった。

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