・・・ここまでにしよう。 また来れば良いさ

最時

第1話 冬期北岳

1月、国内第二位の高峰、北岳へ至る池山吊り尾根に張ったテントで寝ていると登山者の足音が聞こえた。

時計を見ると4時だ。

早いなと思いつつも、天気予報では遅くなるほどに悪くなる事を思い出す。

今回は登頂できなくてもいい、とテントを出たのは5時半だった。


森林限界を超えて稜線上に出ると風はあるが、日が出るとモルゲンロートの北岳が見られた。

これだけでもここまで来た価値はあったと思った。


難所、八本歯のコル(鞍部)に着くとこちらの方へ降りてくる登山者が見えた。

それが正解なのだろう。

早出早着が登山の基本だ。

コルは強風が吹き抜けており、風が弱まった隙にナイフリッジを通過する。

これ以上強くなったら通過は困難だなと。


北岳裏側に入ると風はさらに強くなって巻き上げられる氷の粒が睫毛について視界を悪くする。

ゴーグルにするべきだったなと。

そんな中登れる斜面を見つけて、北岳稜線を目指す。

斜面は砕けた氷が積もっている感じで良くはない。

帰りはこれを降りるのかと嫌な感じがした。

稜線に上がって少し行くと、八本歯ほどではないが両側切れ落ちている。

先を見るとたまにガスが薄くなり山頂らしきものが見えた。

しかしこの強風でここを行くのは気を遣う。

往復30分以上掛かるんじゃないか。

天候は悪化する一方だ。


・・・ここまでにしよう。

山は逃げない。

また来れば良いさ。

さて、視界が悪くて下が見えないけど、どこ登ってきたかな。

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